窃盗罪における「取得」の定義:一部領得でも全体に対する罪が成立
ベンジャミン・ベルトラン・ジュニアら 対 控訴裁判所、フィリピン国民 (G.R. No. 181355, 2011年3月30日)
イントロダクション
財産犯罪は、個人や地域社会に深刻な影響を与える可能性があります。例えば、農家が生活の糧であるトラクターを盗まれた場合、その影響は単なる経済的損失にとどまらず、家族の生活全体を揺るがす事態にもなりかねません。フィリピンの法律、特に改正刑法第308条は、窃盗罪を明確に定義し、不法に他人の財物を取得する行為を処罰しています。
本稿では、最高裁判所の判例、ベンジャミン・ベルトラン・ジュニア事件を取り上げ、窃盗罪の成立要件、特に「取得」の概念に焦点を当てて解説します。本判例は、窃盗犯が盗品の一部のみを領得した場合でも、全体に対する窃盗罪が成立することを再確認しました。この判例を通じて、窃盗罪の法的解釈と、実生活における財産保護の重要性について深く掘り下げていきましょう。
法的背景
フィリピン改正刑法第308条は、窃盗罪を次のように定義しています。
第308条 窃盗の責任者 – 窃盗は、暴行または脅迫を用いることなく、また物に対する有形力の行使を伴うことなく、不法な利益を得る意図をもって、他人の所有する動産を所有者の同意なく取得する者によって犯される。
この条文から、窃盗罪が成立するためには、以下の5つの要件が満たされる必要があります。
- 動産の取得があること
- その財産が他人所有であること
- 不法領得の意図(animus lucrandi)があること
- 所有者の同意がないこと
- 暴行・脅迫や有形力の行使がないこと
ここで重要なのは、3つ目の要件である「不法領得の意図」です。これは、単に物を移動させるだけでなく、それを自己の所有物として処分したり、利用したりする意図を意味します。また、「取得」とは、財物を物理的に占有下に置くことを指し、必ずしも完全に自分のものにする必要はありません。最高裁判所は、People v. Obillo事件などで、窃盗犯が盗品の一部のみを所持していた場合でも、窃盗罪は成立すると判示しています。
判例の概要
ベンジャミン・ベルトラン・ジュニアとバージリオ・ベルトラン兄弟は、共犯者と共に、ビセンテ・オヤネス氏所有の手押しトラクターを盗んだとして窃盗罪で起訴されました。事件は1998年1月20日、カマリネス・スール州のバランガイ・サンタエレナで発生しました。告訴状によると、ベルトラン兄弟らは、暴力や脅迫を用いることなく、オヤネス氏の手押しトラクター(29,000ペソ相当)を盗み、同氏に損害を与えたとされています。
地方裁判所は、検察側の証拠に基づき、ベルトラン兄弟に有罪判決を言い渡しました。主な争点は、被害者の証言の矛盾点と、被告らのアリバイの信憑性でした。一審判決では、検察側の証人である被害者、農場手伝い、バランガイ隊員の証言が重視され、被告らの否認とアリバイは退けられました。裁判所は、被告らが被害者の手押しトラクターを盗んだことを疑う余地なく立証できたと判断しました。
ベルトラン兄弟は、判決を不服として控訴裁判所に控訴しましたが、控訴裁判所も一審判決を支持し、刑罰を一部修正するにとどまりました。控訴審では、一審で提出された証拠の再検討に加え、量刑の妥当性が争点となりました。控訴裁判所は、被害者の証言の信用性を認め、被告らのアリバイを排斥しました。また、民事責任についても、損害賠償の支払いを命じました。
ベルトラン兄弟は、さらに最高裁判所に上告しました。上告審では、主に以下の点が争われました。
- 検察側の証拠は、窃盗罪の構成要件を満たすか
- 被害者の証言には矛盾があり、信用できないのではないか
- 民事責任の認定は、証拠に基づいているか
- 控訴裁判所の量刑は重すぎるのではないか
最高裁判所は、一、二審の判決を詳細に検討した結果、ベルトラン兄弟の上告を棄却し、有罪判決を支持しました。最高裁は、被害者の証言における細かな矛盾点は、窃盗罪の成立を左右するほど重大ではないと判断しました。また、被告らのアリバイは、客観的な証拠に欠け、信用性に乏しいとしました。重要な点として、最高裁は、窃盗罪における「取得」の概念を明確にし、手押しトラクター全体が盗まれたと認定しました。なぜなら、被告らは手押しトラクターを被害者の農場から移動させ、自分たちの支配下に置いた時点で、窃盗は完成していると判断したからです。たとえ、後にトラクターの車体部分が回収され、エンジンのみが持ち去られたとしても、窃盗罪の成立に影響はないとしました。
「…被告の占有で発見され、被告がそれを不正に取得しようとしたのは車輪だけであったとしても、それは問題ではない。所有者からの三輪車の不法な取得は既に完了していた。その上、被告は、車両全体が不法に取得された責任を負う可能性がある。たとえその一部のみが最終的に取得および/または不正使用され、残りの部分が放棄されたとしても同様である。」
さらに、最高裁は、民事責任については、エンジン部分の価値を証明する十分な証拠がないとして、一、二審で認められた損害賠償命令を取り消しました。しかし、手押しトラクターの車体部分については、回収されたため、損害賠償の対象とはなりませんでした。量刑については、窃盗の対象となった財物の価値に基づき、修正後の刑罰を科すことが妥当であると判断しました。
実務上の教訓
本判例から、窃盗罪における「取得」の解釈と、証拠の重要性について、以下の教訓が得られます。
- 窃盗罪の「取得」は、完全な所有権の取得を意味しない:財物を一時的にでも自己の支配下に置き、不法領得の意図が認められれば、窃盗罪は成立する。盗品の一部のみを領得した場合でも、全体に対する窃盗罪が成立しうる。
- アリバイは有力な弁護戦略とは言えない:アリバイが認められるためには、犯行時刻に被告が犯行現場にいなかったことを客観的な証拠によって証明する必要がある。曖昧な証言や自己に有利な証言だけでは、アリバイは成立しない。
- 損害賠償請求には証拠が不可欠:窃盗事件で損害賠償を請求する場合、損害額を具体的に証明する証拠(領収書、鑑定書など)を提出する必要がある。証拠がない場合、損害賠償請求は認められない可能性がある。
財産を保護するためには、日頃から防犯対策を講じることが重要です。例えば、農機具や車両には鍵をかけ、人通りの少ない場所に放置しない、防犯カメラを設置するなどの対策が考えられます。万が一、窃盗被害に遭ってしまった場合は、速やかに警察に通報し、被害状況を正確に記録することが重要です。法的紛争に発展した場合は、専門家である弁護士に相談することをお勧めします。
よくある質問 (FAQ)
- 窃盗罪で逮捕された場合、どのように対処すべきですか?
まずは冷静になり、弁護士に相談してください。弁護士は、あなたの権利を守り、適切な法的アドバイスを提供してくれます。警察の取り調べには慎重に対応し、不利な供述は避けるようにしましょう。 - 窃盗罪の刑罰はどのくらいですか?
窃盗の対象となった財物の価値によって刑罰は異なります。改正刑法第309条によると、窃盗額が12,000ペソを超える場合は、prision mayor(重懲役)が科せられる可能性があります。 - 盗まれた物が一部しか見つからなかった場合、窃盗罪はどうなりますか?
本判例が示すように、盗品の一部が回収されたとしても、窃盗罪の成立には影響しません。重要なのは、窃盗犯が財物を取得し、不法領得の意図を持っていたかどうかです。 - アリバイを証明するにはどうすればよいですか?
アリバイを証明するためには、客観的な証拠、例えば、防犯カメラの映像、交通機関の利用記録、第三者の証言などを提出する必要があります。単なる供述だけでは、アリバイとして認められないことが多いです。 - 窃盗被害に遭った場合、泣き寝入りするしかないのでしょうか?
いいえ、泣き寝入りする必要はありません。警察に被害届を提出し、犯人の逮捕と損害賠償を求めることができます。弁護士に相談すれば、法的な手続きや証拠収集のサポートを受けることができます。
窃盗事件でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、刑事事件に精通した弁護士が、お客様の権利擁護のために尽力いたします。konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からお気軽にご連絡ください。ASG Lawは、マカティ、BGCを拠点とする、フィリピン法に精通した法律事務所です。


Source: Supreme Court E-Library
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