共謀の立証責任と、殺人罪と故殺罪の境界線
G.R. No. 126914, 1998年10月1日
はじめに
犯罪は、単独で実行されるものもあれば、複数人が関与して実行されるものもあります。特に複数の人物が関与する犯罪においては、「共謀」の有無が重要な争点となります。共謀が認められる場合、直接手を下していない者も、実行行為者と同等の罪に問われる可能性があるからです。本稿では、フィリピン最高裁判所が示した判例(PEOPLE OF THE PHILIPPINES VS. ELISEO GOMEZ)を基に、共謀の認定要件、殺人罪と故殺罪の区別、そして実務上の注意点について解説します。この判例は、共謀の立証責任と、殺人罪の成立に不可欠な「背信性」や「計画性」といった要件の厳格な解釈を示しており、刑事事件における弁護活動において重要な指針となります。
法的背景:共謀、殺人罪、故殺罪とは
フィリピン刑法第8条は、共謀を「二人以上の者が重罪の実行について合意し、それを実行することを決定した場合」と定義しています。共謀が成立するためには、事前の明確な合意は必ずしも必要ではなく、犯行時の状況証拠から共同の目的と計画的な行動が推認されれば足りるとされています。重要なのは、各人の行為が単独ではなく、共通の犯罪目的達成のために相互に連携・協力していると認められることです。
殺人罪(Murder)は、刑法第248条に規定されており、人の生命を奪う罪の中でも、特に悪質な犯罪類型と位置づけられています。殺人罪が成立するためには、人の殺害に加えて、以下のいずれかの「酌量加重事由」が必要です。
- 背信性(Treachery):被害者が防御できない状況を利用した不意打ち
- 計画性(Evident Premeditation):事前に殺害計画を立て、冷静かつ熟慮の末に実行
- 報酬、約束、または贈与によるもの
- 公権力者による職権濫用
- 人身の危険または誘拐の手段を用いた場合
- 公共の安全を危うくする行為
これらの酌量加重事由が存在する場合、通常の殺人罪として重い刑罰が科されます。一方、これらの酌量加重事由がない場合は、故殺罪(Homicide)として、殺人罪よりも軽い刑罰が科されることになります。故殺罪は刑法第249条に規定され、単に人の生命を奪った行為を処罰するものです。
本件判例で争点となった「背信性」とは、攻撃の手段、方法、または態様が、被害者が防御や報復をする機会を奪い、加害者が危険を冒すことなく犯罪を実行できるように意図されたものである必要があります。また、「計画性」が認められるためには、犯罪を実行する意思決定、その意思を明確に示す行為、そして意思決定から実行までの間に、行為の結果を熟考するのに十分な時間的余裕があったことが立証されなければなりません。
最高裁判所の判断:事件の経緯と判決
本件は、エリセオ・ゴメス被告が、共犯者と共に被害者ヘクター・アヤラを射殺したとされる事件です。地方裁判所は、ゴメス被告に殺人罪を適用し、死刑判決を言い渡しました。しかし、最高裁判所は、地方裁判所の判決を一部変更し、ゴメス被告の罪状を殺人罪から故殺罪に修正しました。最高裁が殺人罪の成立を否定した主な理由は、背信性と計画性が十分に立証されていないと判断したためです。
事件の経緯は以下の通りです。
- 1995年1月27日午前1時30分頃、被害者ヘクター・アヤラとその妻イメルダは、犬の吠える声で目を覚ました。
- 家の外を確認すると、エリセオ・ゴメス被告がいた。
- アヤラがゴメスに用件を尋ねると、ゴメスは激怒し、アヤラを殴った。
- 喧嘩の後、ゴメスは逃走したが、ショルダーバッグを落とした。
- アヤラが隣人のルイス・レオナルにゴメスを捕まえるよう叫んだ。
- その後、ゴメスは5人の仲間(ノノイ・フェリックスとロメオ・サナオを含む)を連れて戻ってきた。フェリックスは拳銃、サナオはライフルを持っていた。
- ゴメスはアヤラを指差し「これだ」と言った。
- フェリックスがアヤラの頭部を銃撃し、アヤラは死亡。
- フェリックスはレオナルにも発砲し、負傷させた。
最高裁は、ゴメス被告が共犯者と共謀して犯行に及んだ事実は認めたものの、殺人罪の成立に不可欠な背信性と計画性については、以下のように判断しました。
「背信性は、攻撃を受けた者が防御の機会を全く与えられなかったり、反撃することができなかったりするような実行手段を用いる場合に認められる。(中略)本件では、被害者はゴメスとの間で口論があり、ゴメスが逃走する際にバッグを落としたという経緯から、ゴメスが何らかの形で戻ってくる可能性を予期できたはずである。したがって、不意打ちであったとは言えず、背信性は認められない。」
また、計画性についても、「ゴメスが逃走してから仲間を連れて戻ってくるまでの時間はごく短時間であり、冷静に熟考する時間があったとは認められない。」として、計画性の存在を否定しました。
ただし、最高裁は、犯行グループが銃器を所持し、人数的にも優位であった点を「優越的地位の濫用」という加重事由として認め、故殺罪の量刑に反映させました。結果として、ゴメス被告には、懲役10年1日~17年4月1日の不定刑が言い渡されました。これにより、一審の死刑判決は大幅に減刑されました。
実務上の教訓:共謀事件における弁護のポイント
本判例から得られる教訓は、共謀が成立する場合でも、殺人罪の成否は、背信性や計画性といった酌量加重事由の有無によって左右されるということです。弁護士としては、共謀の成立を争うだけでなく、たとえ共謀が認められる場合でも、殺人罪ではなく、より刑の軽い故殺罪の成立を目指す弁護活動が重要となります。具体的には、以下の点がポイントとなります。
- 背信性の不存在の立証:被害者が攻撃を予期できた状況、防御の機会があった状況などを具体的に主張・立証する。
- 計画性の不存在の立証:犯行に至るまでの時間経過、偶発的な犯行であること、冷静な熟慮がなかったことなどを主張・立証する。
- 優越的地位の濫用の成否:優越的地位の濫用が認められる場合でも、他の酌量加重事由がないことを主張し、量刑の減軽を目指す。
本判例は、共謀事件における殺人罪と故殺罪の区別を明確にし、弁護活動における重要な指針を示しています。刑事弁護においては、常に事実関係を詳細に分析し、法的な争点を的確に捉え、緻密な弁護戦略を立てることが不可欠です。
よくある質問(FAQ)
- Q: 共謀が成立すると、全員が同じ罪になるのですか?
A: はい、共謀が成立した場合、共謀者は実行行為者と同等の罪に問われる可能性があります。ただし、量刑は個々の関与の程度や情状によって異なります。 - Q: 殺人罪と故殺罪の違いは何ですか?
A: どちらも人の生命を奪う罪ですが、殺人罪は背信性や計画性などの酌量加重事由がある場合に成立し、刑罰が重くなります。故殺罪はこれらの酌量加重事由がない場合に成立し、刑罰は殺人罪よりも軽くなります。 - Q: 背信性とは具体的にどのような状況ですか?
A: 背信性とは、被害者が全く予期していない状況で、防御や抵抗の機会を与えずに一方的に攻撃を加えることです。例えば、背後から襲いかかる、睡眠中に襲撃する、などがあります。 - Q: 計画性はどのように立証されるのですか?
A: 計画性は、犯行前の言動、準備状況、犯行後の行動など、様々な状況証拠から総合的に判断されます。明確な殺害計画書などがなくても、状況証拠から計画性が推認されることがあります。 - Q: 優越的地位の濫用とはどのような意味ですか?
A: 優越的地位の濫用とは、犯人が人数、体力、武器などの点で被害者よりも優位な立場を利用して犯行を行うことです。本件のように、複数人で武器を持って襲撃する場合などが該当します。 - Q: もし共謀を疑われたら、どうすれば良いですか?
A: まずは弁護士に相談し、事件の経緯を正確に説明してください。弁護士は、共謀の成否、罪状、量刑などについて適切なアドバイスを行い、弁護活動を行います。
ASG Lawは、フィリピン法、特に刑事法分野において豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。本稿で解説した共謀や殺人・故殺事件に関するご相談はもちろん、刑事事件全般について、日本語と英語で親身に対応いたします。お気軽にご連絡ください。


Source: Supreme Court E-Library
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