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  • 海事労働紛争:船員の障害給付請求における医師の診断と第三者意見の重要性

    本判決は、船員の障害給付請求において、会社が指定した医師の診断が優先される場合と、第三者の医師の意見を求めるべき場合を明確にしました。船員が職務中に負傷または疾病を発症した場合、その障害の程度や給付の算定は、原則として会社指定の医師の診断に基づいて行われます。しかし、船員側の医師が異なる意見を提示した場合、紛争解決のためには第三者の医師による評価が不可欠となります。この手続きを遵守しない場合、会社指定医の診断が最終的な判断基準となることが確認されました。

    対立する医師の意見:船員の障害給付はどのように決定されるのか?

    2006年12月4日、ロメル・レネ・O・ジャレコ(以下、ジャレコ)は、マースク・フィリピナス・クルーイング社(以下、マースク)を通じて、外国の船舶会社であるA.P.モラー社(以下、モラー)の船舶「M/T Else Maersk」にAB(甲板員)として雇用されました。2007年2月にジャレコは左臀部から腰、そして左鼠径部にかけて断続的な痛みを感じるようになりました。同年4月13日にシンガポールで検査を受けましたが、X線検査の結果は正常であり、「椎間板ヘルニアの疑い」と診断されたものの、乗船可能と判断されました。

    同年4月29日には、ドバイで再度検査を受け、「左側坐骨神経痛を伴う急性腰痛」と診断されました。医師は腰椎MRI検査、神経外科の診察を勧め、1週間は重い物を持ち上げないように指示しました。そして、職務不適格と診断されました。5月1日にジャレコは本国に送還され、会社指定医であるナタリオ・アレグレ二世医師(以下、アレグレ医師)の診察を受けました。アレグレ医師はジャレコが「腰傍脊柱筋の痙攣と痛みに起因する運動制限」に苦しんでいることを確認し、投薬と週3回の理学療法を指示しました。しかし、症状は改善せず、MRI検査と硬膜外ステロイド注射が勧められました。

    2007年6月4日、アレグレ医師は、ジャレコが依然として左下肢に放散する腰痛を訴え、左足外側の痺れ、腰傍脊柱筋の痙攣が認められると診断しました。さらなる投薬、理学療法、硬膜外ステロイド注射が勧められました。ジャレコは同年6月13日から19日まで、そして7月24日から27日までセント・ルークス・メディカルセンターに入院し、6月16日には硬膜外ステロイド注射、筋電図・神経伝導速度検査を受けました。同年6月29日、脊椎外科医は、椎間板置換術の必要性を判断するために、挑発的椎間板造影検査を推奨しました。7月26日には挑発的椎間板造影検査を受けましたが、検査結果は患者の訴える痛みの部位とは一致しないというものでした。

    アレグレ医師は、客観的な検査結果と患者の訴えに矛盾があることから、心因性の可能性を考慮し、ミネソタ多面人格目録-2検査(MMPI-2)を推奨しました。同年8月15日、ジャレコはMMPI-2を受けました。その結果、ジャレコは検査項目に正直に回答せず、自分自身を良く見せようとしていることが示されました。彼は曖昧な身体的苦情を訴え、ストレス下で身体的な問題を発症させると報告しました。検査結果と面談に基づいて、アレグレ医師はジャレコが症状を誇張していると判断しました。

    2008年2月8日、ジャレコは独立した医師であるラモン・サントス-オカンポ医師の診察を受け、左仙腸関節炎とL5-S1両側関節症と診断されました。同年4月28日には、別の独立した医師であるアラン・レオナルド・R・ライムンド医師(整形外科医)の診察を受け、海員としての職務に戻ることは不可能であると判断され、職務不適格と診断されました。2009年10月8日には腰椎のMRI検査を再度受け、L5-S1レベルでの椎間板突出が認められました。10月12日、ライムンド医師はジャレコの状態を再評価し、以前より重症であると判断しましたが、脊椎骨折がないため、より重い等級の障害を認定することはできませんでした。双方の医師の意見が分かれたため、第三の医師の意見を求める手続きは行われませんでした。

    その後、ジャレコはマースクとジェローム・P・デロス・アンヘルス(マースクのゼネラルマネージャー)を相手取り、不当解雇、賃金未払い、その他の給付、障害給付、医療費、損害賠償、弁護士費用を請求する訴訟を労働委員会に提起しました。労働委員会は、ジャレコに障害給付と弁護士費用を支払うようマースクに命じました。しかし、全国労働関係委員会(NLRC)は、会社指定医の診断に基づき、ジャレコの障害等級を11級とし、弁護士費用の支払いを削除しました。ジャレコは控訴院に上訴し、控訴院は労働委員会の決定を覆し、ジャレコに6万米ドルの障害給付を支払うよう命じました。マースクは最高裁判所に上訴しました。

    最高裁判所は、会社指定医のアレグレ医師がジャレコの病状について明確な診断を下しており、さらにMMPI-2検査の結果から、ジャレコが病状を誇張している可能性が高いと判断しました。また、POEA標準雇用契約に基づき、双方の医師の意見が異なる場合には、第三者の医師の意見を求めるべきであるにもかかわらず、その手続きが履行されなかったことを指摘しました。したがって、会社指定医の診断を支持し、ジャレコの訴えを退けました。紛争解決手続きを無視した場合、請求は認められないという最高裁判所の判断は、今後の海事労働紛争において重要な判例となるでしょう。

    POEA標準雇用契約の第20条(B)(3)には、次のように規定されています:「医師の評価に船員が合意しない場合、雇用主と船員の間で合意された第三者の医師が選任される。第三者の医師の決定は、両当事者を拘束する。」

    本件における重要な教訓は、海事労働紛争においては、会社指定医の診断と第三者医師の意見が極めて重要であるということです。会社指定医は、船員の健康状態を評価し、障害の程度を判断する責任を負っています。一方、船員は、会社指定医の診断に同意できない場合、独立した医師の意見を求める権利を有します。しかし、これらの意見が対立する場合には、紛争解決のためには、第三者の医師による評価が不可欠となります。第三者の医師は、客観的な視点から船員の病状を評価し、最終的な判断を下す役割を担っています。

    FAQs

    この訴訟の主要な争点は何でしたか? 本件の主な争点は、船員の障害給付請求において、会社指定医の診断と船員が選任した医師の診断が異なる場合に、どちらの診断が優先されるべきかという点でした。最高裁判所は、POEA標準雇用契約に基づいて、第三者医師の意見を求める手続きを遵守する必要性を強調しました。
    会社指定医の役割は何ですか? 会社指定医は、船員の雇用契約に基づいて、船員の健康状態を評価し、職務への適合性を判断する責任を負っています。また、船員が職務中に負傷または疾病を発症した場合、その診断と治療を行う役割も担っています。
    船員は会社指定医の診断に同意できない場合、どうすればよいですか? 船員は会社指定医の診断に同意できない場合、独立した医師の意見を求める権利を有します。この場合、会社と船員は、第三者の医師を選任し、その医師の意見を最終的な判断基準とすることに合意する必要があります。
    第三者医師の役割は何ですか? 第三者医師は、会社指定医と船員が選任した医師の意見が異なる場合に、客観的な視点から船員の病状を評価し、最終的な判断を下す役割を担っています。第三者医師の意見は、会社と船員の両方を拘束します。
    本件で裁判所が下した判断の重要なポイントは何ですか? 最高裁判所は、POEA標準雇用契約に基づいて、会社指定医の診断を尊重し、第三者医師の意見を求める手続きを遵守する必要性を強調しました。裁判所は、船員がこれらの手続きを遵守しなかった場合、会社指定医の診断が最終的な判断基準となると判断しました。
    ミネソタ多面人格目録(MMPI-2)検査とは何ですか? ミネソタ多面人格目録(MMPI-2)検査は、個人の心理的な状態を評価するために使用される心理検査です。この検査は、虚偽、防衛、良い印象を与えようとする姿勢、悪い印象を与えようとする姿勢などを評価する9つの妥当性尺度を含んでいます。
    船員が症状を誇張していると疑われる場合、MMPI-2検査はどのように役立ちますか? MMPI-2検査は、船員が症状を誇張しているかどうかを判断するために役立ちます。妥当性尺度は、船員が検査項目に正直に回答しているかどうかを評価し、臨床尺度は、船員の心理的な状態を評価します。これらの情報は、医師が船員の症状を客観的に評価するのに役立ちます。
    今回の判決は、今後の海事労働紛争にどのような影響を与えますか? この判決は、海事労働紛争において、会社指定医の診断と第三者医師の意見の重要性を明確にし、今後の紛争解決において重要な判例となるでしょう。特に、第三者医師の意見を求める手続きの遵守は、紛争解決の公正さを確保するために不可欠であることが強調されました。
    本件で争点となったPOEA標準雇用契約とは何ですか? POEA標準雇用契約は、フィリピン海外雇用庁(POEA)が定める、海外で働くフィリピン人労働者の雇用条件に関する標準的な契約です。この契約は、労働者の権利を保護し、公正な労働条件を確保することを目的としています。

    本判決は、船員の障害給付請求において、医師の診断と第三者意見の重要性を改めて認識させるものです。船員は、自らの健康状態を適切に評価し、必要な場合には独立した医師の意見を求めることが重要です。また、会社は、会社指定医の診断を適切に行い、紛争解決のためには第三者意見を求める手続きを遵守することが求められます。

    本判決の具体的な状況への適用に関するお問い合わせは、ASG Law(お問い合わせ)または(frontdesk@asglawpartners.com)までご連絡ください。

    免責事項:この分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的指導については、資格のある弁護士にご相談ください。
    出典:MAERSK-FILIPINAS CREWING, INC./A.P. MOLLER A/S, VS. ROMMEL RENE O. JALECO, G.R. No. 201945, 2015年9月21日

  • Seafarer’s Right to Full Disability Benefits: Court Upholds CBA Over Partial Disability Assessment

    最高裁判所は、船員の労働能力喪失に対する保護の重要性を強調し、労働契約よりも船員組合と雇用者間の団体交渉協約(CBA)の規定を優先する判決を下しました。裁判所は、船員が団体交渉協約に基づいて50%以上の障害評価を受けた場合、部分的な障害評価にもかかわらず、完全な障害給付を受ける権利があると判示しました。この判決は、海事労働者の権利を擁護し、その権利と利益を確保する上で重要な役割を果たしています。

    海員疾病と航海の終わり:労働安全か部分賠償か?

    本件は、Joelson O. Iloreta(以下「原告」)がフィリピン・トランスマリン・キャリアーズ社(以下「被告」)に船員として雇用され、航海中に胸痛を発症し、狭心症と診断され、本国に送還されたことから始まりました。被告の指定医は原告が業務に復帰可能と診断しましたが、別の医師は原告が船員としての業務には不適格であると診断しました。第三者の医師の評価でも原告の障害が確認されたため、原告は完全な障害給付を請求しましたが、被告はこれを拒否しました。そこで、原告は国家労働関係委員会(NLRC)に訴訟を提起し、仲裁人は原告の主張を認めましたが、控訴裁判所は賠償額を減額しました。最高裁判所は、控訴裁判所の決定を覆し、労働者の権利保護の重要性を強調し、原告の完全な障害給付を認めました。

    本件における核心は、船員の障害給付の範囲を決定する際に、団体交渉協約(CBA)と標準的な雇用契約のどちらを優先すべきかという点にありました。原告は団体交渉協約に基づいて完全な障害給付を請求しましたが、被告は、第三者の医師による部分的な障害評価に基づいて、給付額を減額すべきだと主張しました。最高裁判所は、過去の判例と労働者の保護を目的とした憲法の規定に照らし、団体交渉協約を優先すべきだと判断しました。裁判所は、労働者の権利保護の原則を重視し、労働契約よりも労働者の権利をより良く保護する団体交渉協約の条項を尊重すべきだと強調しました。

    裁判所は、完全な障害の概念を検討し、船員が以前と同じ種類の仕事に従事できない状態、または自分の能力や達成度に見合った仕事ができない状態を指すと定義しました。重要なことは、完全に無力または麻痺している必要はなく、通常の業務を遂行し、収入を得ることができない状態であれば、完全な障害と見なされるということです。本件において、原告は送還されてから訴訟提起までの11か月間、就労できず、第三者の医師も業務に関連する心臓疾患を患っていると診断したため、完全な障害と判断されました。また、団体交渉協約の規定に基づき、障害評価が50%以上の場合、完全に業務不適格と見なされ、100%の給付を受ける資格があると明記されていることも考慮されました。

    この判決は、フィリピンの海事労働法において重要な意味を持ちます。海事労働者の権利を明確に保護し、雇用者に対して、団体交渉協約の規定を誠実に遵守するよう促す効果があります。また、団体交渉協約が労働者の権利保護において重要な役割を果たすことを再確認し、労働組合の重要性を強調するものです。今回の最高裁の判断により、海事労働者は自身の権利をより良く理解し、必要な場合には適切な法的措置を講じることができるようになります。具体的には、団体交渉協約に基づいてより多くの補償を求めることができるようになり、労働条件の改善につながる可能性もあります。

    しかし、この判決は、雇用者にも影響を与えます。雇用者は、団体交渉協約の遵守義務を再認識し、労働者の権利を尊重する必要があります。また、障害給付の請求があった場合には、誠実に対応し、適切な手続きを経て判断を下す必要があります。さらに、労働者の安全衛生に対する意識を高め、労働災害の防止に努めることが求められます。全体として、今回の判決は、海事労働者と雇用者の間のバランスを調整し、より公正な労働環境を構築するための重要な一歩と言えるでしょう。

    FAQs

    本件の重要な争点は何でしたか? 船員の障害給付額を決定する際に、団体交渉協約(CBA)と標準的な雇用契約のどちらを優先すべきかが争点でした。最高裁判所は、CBAを優先し、より多くの給付を船員に認めるべきだと判断しました。
    なぜ裁判所はCBAを優先したのですか? 裁判所は、労働者の権利保護の原則を重視し、CBAが労働者の権利をより良く保護すると判断したためです。
    完全な障害とは、具体的にどのような状態を指しますか? 以前と同じ種類の仕事に従事できない状態、または自分の能力や達成度に見合った仕事ができない状態を指します。
    第三者の医師による障害評価は、どのように扱われましたか? 裁判所は、第三者の医師による障害評価が部分的なものであっても、CBAの規定に基づき、完全な障害給付を受ける資格があると判断しました。
    本件の判決は、海事労働者にどのような影響を与えますか? 海事労働者は、自身の権利をより良く理解し、必要な場合には適切な法的措置を講じることができるようになります。団体交渉協約に基づいてより多くの補償を求めることができるようになり、労働条件の改善につながる可能性もあります。
    本件の判決は、雇用者にどのような影響を与えますか? 雇用者は、団体交渉協約の遵守義務を再認識し、労働者の権利を尊重する必要があります。また、障害給付の請求があった場合には、誠実に対応し、適切な手続きを経て判断を下す必要があります。
    弁護士費用はどのように扱われましたか? 裁判所は、原告が正当な請求を実現するために訴訟を提起する必要があったため、弁護士費用を認めるのが公正かつ公平であると判断しました。
    団体交渉協約とは何ですか? 団体交渉協約とは、労働組合と雇用者間の労働条件に関する合意のことです。

    今回の最高裁判所の判決は、海事労働者の権利保護における重要な一歩であり、団体交渉協約の遵守と労働者の福祉に対するコミットメントを明確にするものです。労働者は自身の権利を認識し、必要な場合には適切な法的措置を講じることが重要です。雇用者は団体交渉協約を尊重し、労働者の安全衛生に対する責任を果たすことが求められます。

    本判決の特定の状況への適用に関するお問い合わせは、ASG Lawまでお問い合わせいただくか、frontdesk@asglawpartners.comまでメールでご連絡ください。

    免責事項:本分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的ガイダンスについては、資格のある弁護士にご相談ください。
    出典:Short Title, G.R No., DATE

  • 船員の不当解雇:相互合意による解雇の適法性とその立証責任

    船員の解雇における「相互合意」の要件:書面による明確な合意の必要性

    G.R. No. 127195, August 25, 1999

    海外で働くフィリピン人船員の権利保護は、フィリピンの労働法において重要な課題です。本稿では、最高裁判所の判決 Marsaman Manning Agency, Inc. v. National Labor Relations Commission (G.R. No. 127195) を分析し、船員の不当解雇問題、特に「相互合意」による解雇の適法性について解説します。本判決は、船員の雇用契約を期間満了前に終了させる場合、単に口頭での合意だけでなく、書面による明確な合意が必要であることを明確にしました。この判例は、船員とその雇用主である船舶管理会社双方にとって、今後の労務管理において重要な指針となります。

    背景:不当解雇事件の概要

    本件は、Marsaman Manning Agency, Inc. (以下「Marsaman」) とその海外の取引先である Diamantides Maritime, Inc. (以下「Diamantides」) が、船員 Wilfredo T. Cajeras (以下「Cajeras」) を不当に解雇したとして訴えられた事件です。Cajeras は、Chief Cook Steward(首席調理士兼スチュワード)として10ヶ月の雇用契約で雇用されましたが、わずか2ヶ月足らずで「相互合意」による解雇として本国送還されました。Cajeras はこれを不当解雇であるとして、未払い賃金、残業代、損害賠償、弁護士費用を請求しました。

    法的根拠:海外雇用契約の基準と相互合意

    フィリピンの海外雇用法(Migrant Workers and Overseas Filipinos Act of 1995, RA 8042)および標準雇用契約は、海外で働くフィリピン人労働者を保護するために存在します。特に船員の場合、フィリピン海外雇用庁 (POEA) が承認した標準雇用契約が適用され、その中で雇用契約の早期終了に関する規定が設けられています。

    標準雇用契約の条項には、以下のように明記されています。

    1. 船員の雇用は、乗組員契約に示された契約期間の満了時に終了するものとする。ただし、船長と船員が書面による相互の合意により早期終了に合意する場合はこの限りではない。(下線筆者)

    この条項が示すように、船員の雇用契約を期間満了前に終了させるためには、(a) 船長と船員が相互に合意し、かつ (b) その合意を書面にすることが必要です。口頭での合意や、一方的な記録だけでは、法的に有効な「相互合意」とは認められません。これは、海外で働く船員が、言葉や文化の壁、雇用主との力関係など、不利な立場に置かれやすい状況を考慮し、より確実な保護を与えるための規定と言えるでしょう。

    最高裁判所の判断:証拠の検討と不当解雇の認定

    本件において、Marsaman と Diamantides は、Cajeras が船長に自ら解雇を申し出たと主張し、船長が作成した船舶日誌の記載を証拠として提出しました。しかし、最高裁判所は、この船舶日誌の記載を「相互合意」の証明として認めませんでした。その理由として、以下の点が挙げられます。

    • 船舶日誌の記載は、船長による一方的な行為であり、Cajeras の同意を示す書面ではない。
    • 標準雇用契約が求める「書面による相互合意」の要件を満たしていない。
    • Cajeras が船舶日誌の内容に同意したことを示す署名がない。

    また、Marsaman らは、Cajeras がオランダの医師から「パラノイアおよびその他の精神的問題」と診断された医療報告書を提出し、これが解雇の正当な理由であると主張しました。しかし、最高裁判所は、この医療報告書についても以下の理由から証拠としての価値を認めませんでした。

    • 医師の専門性(精神医学の専門医であること)が証明されていない。
    • 診断に至った経緯や病状の詳細な説明がない。
    • Cajeras の職務遂行能力に支障があったことを示す証拠がない。むしろ、職務評価は「非常に良好」であった。

    最高裁判所は、これらの点を総合的に判断し、Marsaman らが「相互合意」による解雇、または正当な理由による解雇を立証できなかったと結論付けました。その結果、Cajeras の解雇を不当解雇と認定し、未払い賃金(残りの契約期間分)、弁護士費用、および RA 8042 に基づく配置手数料の返還と利息の支払いを命じました。

    判決の中で、最高裁判所は重要な判断理由を以下のように述べています。

    「(前略)請願者らは、船員サービス記録簿にカヘラスが本国送還に同意する署名をしたと主張するが、NLRC は、請願者の主張は実際には真実ではないと判断した。なぜなら、記録簿には私的回答者の署名が見当たらないからである。

    ホエド医師が作成した「医療報告書」もまた、私的回答者が「パラノイア」や「その他の精神的問題」に苦しんでいるという、本国送還の正当な理由とされる説を裏付ける決定的な証拠とは考えられない。(後略)」

    また、RA 8042 の解釈に関して、最高裁判所は、不当解雇された海外契約労働者への補償額について、契約期間が1年未満の場合は、「未払い契約期間の給与」または「3ヶ月分の給与」のいずれか少ない方ではなく、「未払い契約期間の給与」全額を支払うべきであると解釈しました。これは、法律の文言を字句通りに解釈するのではなく、法律の趣旨(海外労働者の保護)を尊重した解釈と言えるでしょう。

    実務上の教訓:今後の労務管理に向けて

    本判決は、船舶管理会社および船員双方にとって、以下の重要な教訓を与えてくれます。

    船舶管理会社への教訓

    • 「相互合意」による解雇は、書面による明確な合意が必要である。口頭での合意や一方的な記録だけでは不十分であり、標準雇用契約の要件を遵守する必要がある。
    • 船員の解雇理由となる疾病に関する診断書は、専門医による詳細なものでなければならない。一般医の診断書や、診断の根拠が不明確なものは証拠として認められにくい。
    • 船員の権利を尊重し、不当解雇と判断されることのないよう、適切な労務管理を行う必要がある。

    船員への教訓

    • 雇用契約の内容、特に解雇に関する条項をよく理解しておく必要がある。
    • 「相互合意」による解雇に同意する場合は、必ず書面で合意内容を確認し、署名する前に内容を十分に検討する。
    • 不当解雇されたと感じた場合は、労働委員会 (NLRC) や弁護士に相談し、自身の権利を守るための行動を起こす。

    よくある質問 (FAQ)

    Q1: 「相互合意」による解雇とは具体的にどのようなものですか?

    A1: 「相互合意」による解雇とは、雇用主と船員が双方合意の上で、雇用契約を期間満了前に終了させることです。本判決では、この合意は口頭だけでなく、書面で行う必要があるとされました。書面には、解雇日、解雇理由、合意内容などが明確に記載されている必要があります。

    Q2: 船舶日誌の記載は、解雇理由の証拠として全く認められないのですか?

    A2: いいえ、船舶日誌は、船長の職務遂行の一環として作成される公的記録であり、原則として記載内容の真実性が推定されます(一次証拠力)。しかし、本判決では、船舶日誌の記載が一方的なものであり、船員の同意を示す書面ではないことから、「相互合意」の証明としては不十分と判断されました。他の客観的な証拠と合わせて検討される必要があります。

    Q3: 精神的な病気を理由に船員を解雇することはできますか?

    A3: はい、船員の精神的な病気が職務遂行に支障をきたす場合、正当な理由による解雇が認められる可能性があります。ただし、解雇を正当化するためには、専門医による診断書、病状の詳細な説明、職務遂行能力への影響など、客観的な証拠を十分に提出する必要があります。本判決では、提出された医療報告書が証拠として不十分であると判断されました。

    Q4: RA 8042 (海外雇用法) は、どのような場合に適用されますか?

    A4: RA 8042 は、海外で働くフィリピン人労働者全般を保護するための法律です。不当解雇、賃金未払い、労働災害など、海外雇用に関連する様々な問題に適用されます。本判決では、RA 8042 の解雇補償に関する条項が解釈され、不当解雇された船員の権利が改めて確認されました。

    Q5: 不当解雇された場合、どのような救済を受けることができますか?

    A5: 不当解雇と認定された場合、船員は以下の救済を受けることができます。

    • 未払い賃金(残りの契約期間分)の支払い
    • 配置手数料の返還と利息
    • 弁護士費用の支払い
    • 場合によっては、損害賠償

    Q6: 弁護士費用は必ず請求できますか?

    A6: いいえ、弁護士費用は、必ず請求できるわけではありません。労働法関連の訴訟においては、労働者が権利を守るために弁護士に依頼せざるを得なかった場合に、裁判所の判断で弁護士費用の支払いが命じられることがあります。本判決では、弁護士費用の請求が認められました。

    Q7: 契約期間が1年未満の場合、解雇補償は3ヶ月分だけですか?

    A7: いいえ、RA 8042 の条文は、契約期間が1年以上の場合は、「未払い契約期間の給与」または「3ヶ月分の給与」のいずれか少ない方を支払うと規定していますが、契約期間が1年未満の場合は、この規定は適用されず、「未払い契約期間の給与」全額が支払われるべきと解釈されています。本判決はこの解釈を支持しました。

    本稿では、Marsaman Manning Agency, Inc. v. NLRC 判決を基に、船員の不当解雇問題、特に「相互合意」の要件について解説しました。ASG Law は、フィリピンの労働法、特に海事労働法に精通しており、本判決のような不当解雇問題に関するご相談も承っております。もし、不当解雇や労働問題でお困りの際は、お気軽にご連絡ください。

    ご相談は、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ よりご連絡ください。ASG Law は、マカティと BGC にオフィスを構えるフィリピンの法律事務所です。日本語でも対応可能ですので、ご安心ください。