一連の脅迫行為でも被害者ごとに重脅迫罪が成立:パエラ対フィリピン国事件
G.R. No. 181626, 2011年5月30日
はじめに
日常生活において、口論の末に感情的になって相手を脅してしまうことは、残念ながら起こり得ます。しかし、その脅迫行為が法的にどのような意味を持つのか、特に複数の人に向けられた場合、どのように解釈されるのかを理解しておくことは重要です。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、サンティアゴ・パエラ対フィリピン国事件を基に、一連の脅迫行為が複数の重脅迫罪を構成し得るという重要な法的原則を解説します。この事例は、単なる口論が深刻な法的責任に繋がる可能性を示唆しており、私たちに冷静な対応の重要性を教えてくれます。
事件の概要
本件は、バコン町マンパス地区の地区長であったサンティアゴ・パエラが、近隣住民のダロン一家に対し脅迫行為を行ったとして、重脅迫罪で起訴された事件です。パエラは、地区の共同水道の使用を制限する scheme を設けましたが、被害者であるインダレシオ・ダロンはこれに従わず、共同タンクから水を汲み続けました。口頭注意後もインダレシオが従わなかったため、パエラは水道管を切断。翌日、水漏れを発見したパエラが修理をしていたところ、インダレシオが現れました。ここから、パエラはインダレシオ、その妻、そして父親の3人に対し、相次いで殺害を予告する脅迫行為に及んだのです。一審、二審ともパエラの重脅迫罪を認めましたが、パエラは上訴。最高裁判所は、この事件を通じて、一連の脅迫行為が複数の罪に問われるのか、継続犯として単一の罪となるのか、という重要な法的判断を示しました。
法的背景:重脅迫罪とは
フィリピン改正刑法第282条は、重脅迫罪を以下のように定義しています。
「何人も、他人に対し、その者またはその家族の身上、名誉、財産に対して犯罪に相当する不正な行為を加える旨を脅迫した者は、重脅迫罪とする。」
この条文が示すように、重脅迫罪は、相手に犯罪行為を示唆する脅迫を行うことで成立します。ここで重要なのは、「犯罪に相当する不正な行為」とは、殺人や傷害などの刑法上の犯罪だけでなく、名誉毀損や財産侵害なども含まれるという点です。脅迫が成立するタイミングは、「脅迫が脅迫された者に認識された時点」とされています。つまり、脅迫の言葉が相手に伝わった瞬間に犯罪が成立するのです。例えば、相手に聞こえるように「殺してやる!」と叫んだ場合、その瞬間に重脅迫罪が成立し得ます。
過去の判例では、脅迫の内容、状況、そして脅迫者の意図などが総合的に考慮され、重脅迫罪の成否が判断されています。単なる口論の延長線上での発言なのか、それとも具体的な危害を加える意図を持った脅迫なのか、裁判所は慎重に事実認定を行います。しかし、本件のように、殺害予告という重大な脅迫が複数の被害者に対して行われた場合、その法的評価はより厳格になる傾向があります。
最高裁判所の判断:なぜ複数の重脅迫罪が成立したのか
最高裁判所は、パエラの行為が3つの重脅迫罪に該当すると判断しました。その理由は、以下の3点に集約されます。
- 脅迫は被害者ごとに成立する:重脅迫罪は、脅迫が被害者に認識された時点で成立します。パエラは、インダレシオ、ディオセテア、ビセンテの3人に対し、それぞれ異なるタイミングで脅迫を行いました。インダレシオには「殺してやる!」、ディオセテアには「女でも容赦しない、殺してやる!」、ビセンテには「年寄りでも頭を割ってやる!」と叫んだと認定されました。これらの脅迫は、それぞれ被害者に認識された時点で独立した重脅迫罪を構成します。
- 継続犯の理論は適用されない:パエラは、一連の脅迫行為は「単一の犯罪意図に基づく継続犯」であると主張しました。継続犯とは、単一の犯罪意図に基づき、反復継続して行われる行為を指し、全体として一つの犯罪とみなされる法理論です。しかし、最高裁判所は、パエラのケースには継続犯の理論は適用されないと判断しました。なぜなら、パエラは事前にダロン一家が現場にいることを知っていたわけではなく、偶発的に出会った状況で個別に脅迫を行ったと認定されたからです。
- 複合犯罪の理論も適用されない:パエラは、刑法第48条の複合犯罪の規定を援用し、最も重い罪の刑罰を上限とすべきだと主張しました。複合犯罪とは、一個の行為が複数の罪名に触れる場合、または、ある犯罪の手段として別の犯罪が行われる場合を指します。しかし、最高裁判所は、パエラの行為は複合犯罪には該当しないと判断しました。なぜなら、パエラは単一の行為で複数の罪を犯したわけでも、ある犯罪の手段として別の犯罪を行ったわけでもないと認定されたからです。
最高裁判所は、過去の判例であるガンボア対控訴裁判所事件を引用し、継続犯の成立には「事前に特定の事実を認識していたこと」が必要であると指摘しました。ガンボア事件は、銀行員が預金を横領した事件でしたが、最高裁は、銀行員は預金者がいつ預金するかを事前に知ることはできないため、預金ごとの横領行為はそれぞれ独立した犯罪であると判断しました。本件も同様に、パエラはダロン一家がいつ、どこにいるかを事前に知っていたわけではないため、脅迫行為は個別に評価されるべきだと結論付けられました。
実務上の教訓:脅迫行為がもたらす法的リスク
本判決は、私たちに重要な教訓を与えてくれます。それは、感情的な対立の場面でも、決して脅迫行為に及んではならないということです。特に、複数の人に向けた脅迫は、その人数分の罪に問われる可能性があることを、本判決は明確に示しました。事業を行う上で、従業員や顧客との間でトラブルが発生することは避けられないかもしれません。しかし、そのような状況においても、決して感情的にならず、冷静に対応することが重要です。脅迫行為は、刑事責任を問われるだけでなく、民事上の損害賠償責任を負う可能性もあります。また、企業の社会的信用を大きく損なうことにも繋がりかねません。
事業者や個人が留意すべき点
- 冷静なコミュニケーション:従業員、顧客、取引先など、あらゆる関係者とのコミュニケーションにおいて、常に冷静さを保ち、感情的な言葉遣いを避けるように心がけましょう。
- アンガーマネジメント:怒りの感情をコントロールするためのトレーニングや、カウンセリングなどを活用し、感情的な言動を抑制する方法を身につけましょう。
- 法的アドバイス:万が一、脅迫行為をしてしまった場合、または脅迫被害に遭ってしまった場合は、速やかに弁護士に相談し、適切な法的アドバイスを受けるようにしましょう。
- 社内研修の実施:企業としては、従業員向けに、ハラスメント防止研修や、コンプライアンス研修などを定期的に実施し、脅迫行為のリスクと法的責任について周知徹底を図ることが重要です。
キーポイント
- 一連の脅迫行為でも、被害者ごとに重脅迫罪が成立する。
- 継続犯の理論は、事前に脅迫対象を認識していた場合に限定的に適用される。
- 感情的な対立の場面でも、決して脅迫行為に及んではならない。
- 脅迫行為は、刑事責任だけでなく、民事責任や社会的信用失墜にも繋がる。
- 冷静なコミュニケーションと、法的アドバイスの活用が重要。
よくある質問 (FAQ)
- Q: 口喧嘩で「馬鹿野郎!」と言うのは脅迫罪になりますか?
A: いいえ、一般的にはなりません。「馬鹿野郎!」などの侮辱的な言葉は、名誉毀損罪に該当する可能性はありますが、相手に危害を加えることを示唆するものではないため、重脅迫罪には該当しないと考えられます。ただし、発言の状況や文脈によっては、脅迫とみなされる可能性もゼロではありません。 - Q: 冗談のつもりで「殺すぞ」と言ってしまった場合でも罪になりますか?
A: 冗談であっても、相手が脅迫と感じた場合、重脅迫罪が成立する可能性があります。特に、相手との関係性や状況によっては、冗談と受け取られない場合もありますので、注意が必要です。 - Q: 会社の同僚にパワハラ発言をしてしまいました。脅迫罪になる可能性はありますか?
A: パワハラ発言の内容によります。単なる嫌味や侮辱にとどまる場合は、脅迫罪には該当しないと考えられますが、「言うことを聞かないと解雇するぞ」など、不利益を示唆する発言は、強要罪や脅迫罪に該当する可能性があります。 - Q: SNSで匿名で脅迫コメントを書き込んだ場合でも罪になりますか?
A: はい、匿名であっても、発信者が特定されれば、脅迫罪に問われる可能性があります。IPアドレスの開示請求などを通じて、発信者を特定することが可能です。 - Q: 脅迫された場合、どのように対処すれば良いですか?
A: まずは冷静になり、脅迫の内容、日時、場所などを記録しましょう。可能であれば、録音やスクリーンショットなどの証拠を保全することも有効です。その後、速やかに警察に相談し、被害届を提出することを検討してください。弁護士に相談することもおすすめです。 - Q: 脅迫罪で逮捕された場合、どのような弁護活動が期待できますか?
A: 弁護士は、まず事実関係を詳細に確認し、本当に脅迫罪が成立するのか、否認または減刑の余地がないか検討します。被害者との示談交渉や、情状酌量を求める弁護活動などを行います。
重脅迫罪に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。当事務所は、フィリピン法に精通した弁護士が、皆様の法的問題を親身にサポートいたします。お気軽にご連絡ください。
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Source: Supreme Court E-Library
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