SECの管轄権と政府所有企業の取締役選任
[G.R. No. 131715, 1999年12月8日]
フィリピンの企業統治において、企業の取締役会を構成する役員の選任は、企業の健全性と透明性を維持するために不可欠です。しかし、政府が過半数の株式を所有する企業(GOCC)の場合、監督機関の管轄権と取締役の選任方法をめぐり複雑な問題が生じることがあります。この問題は、フィリピン最高裁判所が審理したフィリピン национална строителна корпорация 対 エルネスト・パビオン事件で明確に示されました。この判決は、証券取引委員会(SEC)が、政府が支配株主であっても、企業法に基づいて設立された企業に対して管轄権を行使できることを明確にしました。この判決は、フィリピンの企業法務に携わる弁護士、企業幹部、投資家にとって重要な意味を持ちます。
はじめに:株主総会開催命令をめぐる争い
この訴訟は、フィリピン национална строителна корпорация(PNCC)の株主であるエルネスト・パビオン氏とルエラ・ラミロ氏が、SECに対してPNCCの株主総会を開催し、取締役を選任するよう命じる訴えを起こしたことに端を発します。パビオン氏らは、1982年以降、PNCCが株主総会を開催しておらず、現取締役が任期を超えて職務を継続していると主張しました。PNCC側は、政府所有企業(GOCC)であり、大統領府の行政命令59号(AO 59)によって組織と管理が規定されており、取締役は大統領によって任命されるため、株主総会での選任は不要であると反論しました。
法的背景:SECの管轄権とGOCCの定義
この事件の中心的な争点は、SECがPNCCのようなGOCCに対して取締役選任のための株主総会開催を命じる権限を持つかどうか、そしてPNCCが本当にAO 59で定義されるGOCCに該当するかどうかでした。この問題を理解するためには、関連する法律と判例を概観する必要があります。
フィリピンの企業法は、主に企業法(旧会社法および新会社法)とSECが管轄権の根拠とする大統領令902-A号(PD 902-A)によって規定されています。PD 902-A第5条(b)は、SECに「企業内またはパートナーシップ関係から生じる紛争、株主、構成員、または準社員間、それらのいずれかまたはすべてと、それらが株主、構成員または準社員である企業、パートナーシップまたは協会との間、およびそのような企業、パートナーシップまたは協会と国家との間(個々のフランチャイズまたは法人格の存続に関する限り)」を聴取し決定する原管轄権および専属管轄権を付与しています。この条項は、SECが企業内部紛争、特に取締役選任に関連する紛争を裁定する権限を持つことを明確にしています。
一方、GOCCの定義は、行政命令59号(AO 59)と行政法典(EO 292)で異なっています。AO 59は、GOCCを「特別法によって設立された、または企業法に基づいて組織された企業で、政府が直接または間接的に資本の過半数を所有または議決権を支配している企業」と定義していますが、「債務の弁済のために政府機関、政府機関、または政府企業に譲渡された議決権または発行済株式を保有する私的所有の企業」である「取得資産企業」はGOCCとは見なさないと規定しています。EO 292は、GOCCをより広範に定義しており、取得資産企業の例外規定はありません。PNCCは、AO 59の取得資産企業の定義に該当するかどうかが重要なポイントとなります。
最高裁判所は過去の判例で、企業の性質は設立方法によって決定されると判示しています。つまり、特別法によって設立されたGOCCは、その特別法に準拠し、企業法の規定は補充的に適用されるに過ぎません。しかし、企業法に基づいて設立された企業は、政府が支配株主であっても、基本的に私企業と見なされ、SECの管轄権に服すると解釈されています。
事件の経緯:SEC、控訴院、そして最高裁へ
パビオン氏らはSECに訴状を提出し、PNCCはこれに対し、AO 59に基づくGOCCであり、取締役は大統領任命であると主張しました。SECの聴聞官は、PNCCがGOCCであるか否かの判断を保留し、当事者に管轄当局の意見を求めるよう指示しましたが、パビオン氏らはこれを不服としてSEC本委員会に上訴しました。SEC本委員会は、聴聞官の命令を裁量権の濫用であるとし、PNCCが企業法に基づいて設立された企業であり、取締役の選任は株主総会で行われるべきであると判断しました。SECはPNCCに対し、30日以内に株主総会を開催し、取締役を選任するよう命じました。
PNCCはSECの命令を不服として控訴院に上訴しましたが、控訴院はSECの判断を支持しました。控訴院は、PNCCが政府金融機関(GFI)によって過半数所有されているものの、私企業の性格を維持しており、企業法に基づき株主総会を開催し、取締役を選任する義務があると判断しました。控訴院は、AO 59が取得資産企業をGOCCとは見なさないと明記している点を重視し、PNCCが取得資産企業に該当すると結論付けました。
PNCCは控訴院の判決を不服として最高裁判所に上告しました。PNCCは、SECにはGOCCに対する管轄権がなく、取締役は大統領任命であると改めて主張しました。最高裁は、以下の争点を検討しました。
- SECはPNCCがGOCCであるか否かを判断する権限を持つか?
- SECはGOCCに対して管轄権を持つか?
- PNCCは取得資産企業に該当するか?
- SECは certiorari 訴訟において、聴聞官が証拠を受理する前に本案判決を下すことができるか?
最高裁は、SECがPNCCの企業形態を判断する権限を持つこと、企業法に基づいて設立されたGOCCに対してSECが管轄権を持つこと、そしてPNCCがAO 59の定義する取得資産企業に該当することを認め、PNCCの上告を棄却し、控訴院の判決を支持しました。
最高裁判決の重要なポイントを引用します。
「PNCCは、一般企業法に基づいて設立された企業であるため、SECの規制および管轄権に服する私企業であることは本質的に変わりません。政府がPD 1295によって課せられた債務の株式化を通じてPNCCに関与しているにもかかわらずです。」
「AO 59のセクション2(aおよびb)から切り出された例外にPNCCが該当し、取得資産企業をGOCCのカテゴリーから除外することに同意します。」
実務上の影響:企業統治とSECの役割
この最高裁判決は、フィリピンにおける企業統治とSECの役割に関して、重要な実務上の影響をもたらします。
第一に、SECの管轄権の明確化です。この判決は、SECが企業法に基づいて設立された企業、たとえ政府が支配株主であっても、に対して管轄権を行使できることを改めて確認しました。これにより、企業内部紛争、特に取締役選任に関する紛争において、SECが重要な役割を果たすことが明確になりました。
第二に、取得資産企業の地位の明確化です。この判決は、AO 59の取得資産企業の定義を詳細に検討し、PNCCがこれに該当すると判断しました。これにより、政府が債務の株式化などによって取得した企業は、一定の条件下でGOCCとは異なる扱いを受けることが明確になりました。取得資産企業は、民営化または解散の対象となることが示唆されており、そのガバナンスは通常のGOCCとは異なる可能性があります。
第三に、企業に対する実務上のアドバイスです。企業、特に政府が関与する企業は、自社の法的地位(GOCCか否か、取得資産企業か否か)を正確に把握し、適用される規制を遵守する必要があります。取締役の選任方法、株主総会の開催義務、SECへの報告義務など、企業法および関連法規を遵守することが重要です。違反した場合、SECによる是正措置や法的制裁を受ける可能性があります。
主な教訓
- 企業法に基づいて設立された企業は、政府が支配株主であっても、SECの管轄権に服する。
- AO 59の定義する「取得資産企業」は、GOCCとは異なる扱いを受ける可能性がある。
- 企業は自社の法的地位を正確に把握し、適用される規制を遵守する必要がある。
- 取締役の選任は、企業法および定款・ bylaws に定められた手続きに従って行う必要がある。
- SECは、企業法および関連法規の遵守を監督する重要な役割を担う。
よくある質問(FAQ)
Q1: 政府所有企業(GOCC)はすべてSECの管轄外ですか?
A1: いいえ、そうではありません。特別法によって設立されたGOCCは、その特別法に主に準拠し、SECの直接的な管轄外となる場合があります。しかし、企業法に基づいて設立されたGOCCは、政府が支配株主であっても、原則としてSECの管轄下にあります。
Q2: 「取得資産企業」とは何ですか?
A2: AO 59で定義される「取得資産企業」とは、債務の弁済のために政府機関が株式を取得した私企業、または政府金融機関が取得した資産を管理するために設立された政府系企業のことを指します。これらの企業は、民営化または解散の対象となることが予定されています。
Q3: なぜPNCCは株主総会を開催する必要があるのですか?
A3: PNCCは企業法に基づいて設立された企業であり、その定款・ bylaws に取締役を株主総会で選任することが定められているためです。また、SECは企業法第50条に基づき、株主総会を開催する権限を持っています。
Q4: 取締役は大統領が任命することはできませんか?
A4: いいえ、PNCCはAO 59第16条(1)の対象となるGOCCではありません。PNCCは取得資産企業であり、取締役は大統領任命ではなく、株主総会で選任される必要があります。
Q5: この判決は他のGOCCにも適用されますか?
A5: はい、類似の状況にある企業、特に企業法に基づいて設立されたGOCCには適用される可能性があります。ただし、個々のGOCCの設立根拠法や定款・ bylaws 、関連法規などを総合的に検討する必要があります。
Q6: 企業がSECの命令に従わない場合、どうなりますか?
A6: SECは、企業に対して是正措置命令、罰金、法的制裁などを科すことができます。また、企業法違反として刑事責任を問われる可能性もあります。
企業の法的地位やSECの管轄権についてご不明な点があれば、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、フィリピン企業法務の専門家として、お客様のビジネスをサポートいたします。