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  • フィリピン刑事訴訟における証拠不十分による棄却と二重処罰の禁止:あなたの権利を理解する

    証拠不十分による棄却は確定判決であり、原則として覆すことはできません。

    PEOPLE OF THE PHILIPPINES, PETITIONER, VS. HON. SANDIGANBAYAN (THIRD DIVISION) AND MANUEL G. BARCENAS, RESPONDENTS. G.R. No. 174504, March 21, 2011

    刑事裁判において、被告人が一度無罪となった場合、たとえ裁判所の判断に誤りがあったとしても、二重処罰の禁止原則によって再び同じ罪で裁かれることはありません。これは、民主主義国家における個人の自由と権利を保護するための重要な原則です。しかし、証拠不十分による棄却(Demurrer to Evidence)が認められた場合、検察は常にその判断を受け入れなければならないのでしょうか?

    今回取り上げる最高裁判所の判決は、証拠不十分による棄却と二重処罰の禁止原則の適用範囲について重要な判断を示しています。この判決を通して、フィリピンの刑事訴訟における証拠不十分による棄却の効果、そして検察が取りうる法的措置について深く掘り下げていきましょう。

    証拠不十分による棄却(Demurrer to Evidence)とは?

    フィリピンの刑事訴訟規則119条23項には、証拠不十分による棄却(Demurrer to Evidence)が規定されています。これは、検察側の証拠調べが終了した後、被告人が「検察官の提出した証拠は、有罪判決を維持するには不十分である」と主張し、裁判所に対して訴訟の却下を求める手続きです。裁判所がこの申し立てを認めると、訴訟は棄却され、被告人は無罪となります。

    重要なのは、証拠不十分による棄却が認められた場合、それは実質的に無罪判決と同等の効果を持つということです。原則として、検察はこれに対して控訴することはできません。なぜなら、控訴は二重処罰の禁止原則に抵触する可能性があるからです。二重処罰の禁止とは、憲法で保障された基本的人権の一つであり、同一の犯罪について二度裁判を受けさせないという原則です。

    ただし、例外的に、証拠不十分による棄却の判断に「重大な裁量権の濫用(grave abuse of discretion)」があったと認められる場合には、検察は certiorari という特別な訴訟手続きを通じて、最高裁判所に判断の再検討を求めることができます。「重大な裁量権の濫用」とは、裁判所がその権限を著しく逸脱し、正義を著しく損なうような行為を指します。例えば、検察に証拠提出の機会を全く与えなかった場合や、裁判が形式的なものであった場合などが該当します。

    今回の最高裁判所の判決は、まさにこの「重大な裁量権の濫用」の有無が争点となりました。サンディガンバヤン(汚職事件専門裁判所)が証拠不十分による棄却を認めた判断に、重大な裁量権の濫用があったのか? それとも、単なる法律解釈の誤りに過ぎないのか? 最高裁判所は、この問いに対して明確な答えを示しました。

    事件の経緯:副市長の現金前払い未精算事件

    事件の舞台は、セブ州トレド市。主人公は、当時の副市長マヌエル・G・バルセナス氏です。バルセナス氏は、1995年12月19日頃、トレド市から合計61,765ペソの現金前払いを受けました。この現金前払いは、公的資金の不正支出を防止するための大統領令1445号89条に違反する疑いがあるとして、サンディガンバヤンに起訴されました。

    起訴状によると、バルセナス副市長は、その職務に関連して現金前払いを受けたにもかかわらず、法で定められた期間内に精算を行いませんでした。検察側は、バルセナス副市長が意図的に精算を怠り、政府に損害を与えたと主張しました。

    裁判はサンディガンバヤン第三部で審理されることになり、バルセナス氏は罪状認否で無罪を主張しました。検察側は唯一の証人として、監査委員会の監査官マノロ・トゥリバオ・ビラッド氏を証人として申請しました。ビラッド監査官は、バルセナス副市長が現金前払いを精算していないことを証言しました。その後、検察側は証拠を正式に提出し、立証を終えました。

    しかし、バルセナス副市長側は、ここで証拠不十分による棄却(Demurrer to Evidence)を申し立てます。サンディガンバヤンは、この申し立てを認め、訴訟を棄却する決定を下しました。サンディガンバヤンは、その理由として「検察側の証人であるビラッド監査官の証言は、むしろ被告が現金前払いを精算したことを認めるものであり、検察側の訴えを弱めるものだった。事件が裁判所に提訴された時点で、被告はすでに問題の現金前払いを全額精算していた。したがって、本件には損害の要素が欠けている」と述べました。

    最高裁判所の判断:サンディガンバヤンの判断は「法律解釈の誤り」だが…

    このサンディガンバヤンの決定に対して、検察側は certiorari を提起し、最高裁判所に判断を仰ぎました。検察側は、PD 1445号89条の違反は、現金前払いの不精算自体が犯罪であり、政府に実際の損害が発生したかどうかは関係ないと主張しました。つまり、バルセナス副市長が後に精算したとしても、犯罪はすでに成立しているという理屈です。

    最高裁判所は、サンディガンバヤンの判断は「法律解釈の誤り」であると認めました。最高裁判所は、PD 1445号89条とそれを実施するCOA Circular No. 90-331の規定を詳細に検討し、現金前払いの不精算罪は、政府に実際の損害が発生したかどうかを要件としていないと解釈しました。つまり、期限内に精算しなかった時点で犯罪は成立し、その後の精算は量刑の軽減事由にはなりえても、無罪の理由にはならないということです。

    最高裁判所は判決の中で、以下の条文を引用し、その解釈を示しました。

    SECTION 89. Limitations on Cash Advance. — No cash advance shall be given unless for a legally authorized specific purpose. A cash advance shall be reported on and liquidated as soon as the purpose for which it was given has been served. No additional cash advance shall be allowed to any official or employee unless the previous cash advance given to him is first settled or a proper accounting thereof is made.

    SECTION 128. Penal Provision. — Any violation of the provisions of Sections 67, 68, 89, 106, and 108 of this Code or any regulation issued by the Commission [on Audit] implementing these sections, shall be punished by a fine not exceeding one thousand pesos or by imprisonment not exceeding six (6) months, or both such fine and imprisonment in the discretion of the court. (Emphasis supplied.)

    9.7 If 30 days have elapsed after the demand letter is served and no liquidation or explanation is received, or the explanation received is not satisfactory, the Auditor shall advise the head of the agency to cause or order the withholding of the payment of any money due the AO.  The amount withheld shall be applied to his (AO’s) accountability. The AO shall likewise be held criminally liable for failure to settle his accounts.[15] (Emphasis supplied.)

    最高裁判所は、これらの条文とCOA Circular No. 90-331の規定から、不精算罪の本質は、政府への損害ではなく、説明責任を負う公務員が職務上受け取った資金の会計処理を迅速に行うことを強制することにあると結論付けました。つまり、サンディガンバヤンが「損害がない」ことを理由に証拠不十分による棄却を認めたのは、法律解釈を誤った判断であると言えます。

    しかし、最高裁判所は、サンディガンバヤンの判断が法律解釈の誤りであったとしても、 certiorari を認めることはできないと判断しました。なぜなら、証拠不十分による棄却は、実質的に無罪判決と同等の効果を持ち、検察が控訴することは二重処罰の禁止原則に抵触するからです。そして、 certiorari が認められるためには、「重大な裁量権の濫用」があったことが必要ですが、本件ではそのような濫用は認められないと判断しました。

    最高裁判所は判決の中で、次のように述べています。

    Nonetheless, even if the Sandiganbayan proceeded from an erroneous interpretation of the law and its implementing rules, the error committed was an error of judgment and not of jurisdiction. Petitioner failed to establish that the dismissal order was tainted with grave abuse of discretion such as the denial of the prosecution’s right to due process or the conduct of a sham trial. In fine, the error committed by the Sandiganbayan is of such a nature that can no longer be rectified on appeal by the prosecution because it would place the accused in double jeopardy.

    つまり、サンディガンバヤンの判断は「法律解釈の誤り」という「判断の誤り(error of judgment)」に過ぎず、「管轄権の逸脱(error of jurisdiction)」を伴う「重大な裁量権の濫用」には当たらないと判断されたのです。したがって、たとえ裁判所の判断が誤っていたとしても、二重処罰の禁止原則によって、もはや覆すことはできないという結論になりました。

    実務上の教訓:証拠不十分による棄却と検察の戦略

    この最高裁判所の判決は、証拠不十分による棄却が認められた場合、それが確定判決となり、原則として覆すことができないということを改めて明確にしました。検察側としては、証拠不十分による棄却を回避するために、以下の点に留意する必要があります。

    • 十分な証拠の収集と提出: 裁判所に有罪判決を確信させるだけの十分な証拠を、検察側の立証段階でしっかりと提出することが重要です。特に、主要な証拠となる証人尋問や書証の準備は入念に行う必要があります。
    • 証拠の関連性の明確化: 提出する証拠が、罪状のどの要素を立証するものであるのかを明確に示す必要があります。証拠と罪状の関連性が不明確な場合、裁判官に証拠の価値を正しく評価してもらえない可能性があります。
    • 法律解釈の正確性: 検察官は、事件に適用される法律や規則を正確に理解し、裁判所に適切に説明する責任があります。法律解釈の誤りは、裁判所の判断を誤らせ、証拠不十分による棄却につながる可能性があります。

    一方、被告人側としては、証拠不十分による棄却は非常に強力な防御手段となります。検察側の証拠が不十分であると判断した場合、積極的に証拠不十分による棄却を申し立てることを検討すべきでしょう。ただし、証拠不十分による棄却が認められるかどうかは、裁判官の裁量に委ねられています。そのため、弁護士と十分に協議し、戦略的に申し立てを行うことが重要です。

    重要なポイント

    • 証拠不十分による棄却が認められると、それは実質的に無罪判決となり、原則として覆すことはできません。
    • 検察が certiorari を提起できるのは、証拠不十分による棄却の判断に「重大な裁量権の濫用」があった場合に限られます。
    • 「法律解釈の誤り」は「判断の誤り」であり、「重大な裁量権の濫用」には該当しないと解釈される傾向にあります。
    • 検察は、証拠不十分による棄却を回避するために、十分な証拠の収集と提出、証拠の関連性の明確化、法律解釈の正確性を心がける必要があります。
    • 被告人側は、証拠不十分による棄却を戦略的な防御手段として活用することができます。

    よくある質問(FAQ)

    Q1: 証拠不十分による棄却(Demurrer to Evidence)は、どのようなタイミングで申し立てるのですか?

    A1: 検察側の証拠調べがすべて終了した後、被告人側が申し立てることができます。

    Q2: 証拠不十分による棄却が認められると、必ず無罪になるのですか?

    A2: はい、証拠不十分による棄却が認められると、訴訟は棄却され、被告人は無罪となります。そして、原則として、再び同じ罪で裁かれることはありません。

    Q3: 検察は、証拠不十分による棄却の決定に対して、どのような法的手段を取ることができますか?

    A3: 原則として控訴はできませんが、例外的に certiorari という特別な訴訟手続きを通じて、最高裁判所に判断の再検討を求めることができます。ただし、 certiorari が認められるのは、「重大な裁量権の濫用」があった場合に限られます。

    Q4: 「重大な裁量権の濫用」とは、具体的にどのようなケースを指しますか?

    A4: 例えば、検察に証拠提出の機会を全く与えなかった場合や、裁判が形式的なものであった場合などが該当します。単なる法律解釈の誤りは、「重大な裁量権の濫用」には当たらないと解釈される傾向にあります。

    Q5: 証拠不十分による棄却と、通常の無罪判決の違いは何ですか?

    A5: 実質的な効果はほぼ同じで、どちらも被告人を無罪にする効果があります。手続き上の違いとしては、証拠不十分による棄却は検察側の証拠調べ終了後に申し立てられるのに対し、通常の無罪判決は裁判全体の審理が終わった後に下されるという点があります。

    Q6: もし証拠不十分による棄却の判断が誤っていた場合でも、覆すことはできないのですか?

    A6: はい、原則として覆すことはできません。二重処罰の禁止原則が優先されるため、たとえ裁判所の判断に誤りがあったとしても、検察が控訴して再び裁判を行うことは許されません。


    ASG Lawは、フィリピン法、特に刑事訴訟手続きに関する豊富な知識と経験を有する法律事務所です。証拠不十分による棄却、二重処罰の禁止原則、その他の刑事事件に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。専門の弁護士が、お客様の権利を守り、最善の結果を導くために尽力いたします。

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  • Mistake or Negligence: Philippine Supreme Court Clarifies Verification Requirements and Evidence Presentation in Criminal Cases

    The Supreme Court ruled that while minor lapses in verification can be excused due to honest mistake, failure to comply with court rules regarding the submission of necessary documents cannot be overlooked. Furthermore, the Court clarified that granting a demurrer to evidence in criminal cases is equivalent to acquittal, thereby invoking protection against double jeopardy.

    Inadvertent Omission or Fatal Error? A Case of Disputed Court Orders and the Right to Evidence

    This case revolves around a petition filed by Hun Hyung Park against Eung Won Choi. At the heart of the matter is whether the petitioner’s failure to properly verify his petition and attach pertinent court orders should be excused. The petitioner argued an honest mistake in omitting required phrases during verification and claimed that he was not required to attach certain lower court orders. This brings to the forefront the tension between strict procedural compliance and the interest of substantial justice.

    The Supreme Court addressed the petitioner’s initial failure to include the words “or based on authentic records” in verifying the petition. While previously insistent that his verification was based solely on personal knowledge, the petitioner later claimed this omission was an oversight. The Court, recognizing the humble submission, accepted this explanation of honest mistake regarding the verification lapse. Even so, the court emphasized the necessity of following procedural rules. While flexibility can be allowed, fundamental requirements like attaching necessary documents must be met to ensure the judicial process’s integrity.

    A significant issue in this case concerns the attachment of the MeTC (Metropolitan Trial Court) Orders. The petitioner tried to argue that he was not questioning the orders, implying he didn’t need to include them. However, the Supreme Court referred to Rule 42, which requires attaching certified copies of lower courts’ judgments. An exception exists when the MeTC Order favors the petitioner, in which case a plain copy suffices. Here, the February 27, 2003, MeTC Order, which dismissed the entire case, was adverse to the petitioner, necessitating its inclusion. The failure to attach this order was a violation of established procedure.

    The petitioner further asserted that the respondent waived his right to present evidence. This assertion stems from the intricacies of Rule 119, Section 23, concerning demurrer to evidence. Demurrer to evidence is an application requesting the court to dismiss a case based on insufficient evidence from the opposing party. A crucial element is the provision’s silence on situations where the MeTC grants the demurrer but the RTC reverses it on appeal. The Supreme Court emphasized that granting a demurrer in criminal cases amounts to acquittal. Therefore, reversing such a grant on appeal would violate the principle of double jeopardy, where an individual cannot be tried twice for the same crime. As such, there could be no waiver since an acquittal cannot be overturned on appeal.

    The Court elaborated on the RTC’s decision, noting it primarily addressed the MeTC’s dismissal of the civil aspect of the case without determining whether the act giving rise to civil liability existed. Since both parties agreed on the existence of the act, dismissing the civil aspect was unjustified. A demurrer filed with the court’s permission shouldn’t prompt immediate judgment; the court shouldn’t end proceedings before adequately evaluating the merits. The Supreme Court highlighted that even if evidence doesn’t meet the threshold for criminal conviction, it can still be sufficient to establish civil liability. It reiterated that the MeTC erroneously dismissed the civil aspect without a proper foundation and that the RTC prematurely adjudicated the civil matter’s merits in its initial decision.

    In summary, the Supreme Court’s resolution emphasized the importance of adhering to procedural rules. While it acknowledges that simple inadvertence can sometimes justify the relaxation of certain requirements, the basic necessities of due process and adequate documentation remain paramount. In the specific context of the case, the motion for reconsideration was denied.

    FAQs

    What was the key issue in this case? The main issues were the petitioner’s failure to properly verify the petition, the failure to attach relevant court orders, and the effect of granting a demurrer to evidence in a criminal case.
    Can a defectively verified petition be excused? Yes, the Supreme Court acknowledged that an honest mistake can justify overlooking a minor defect in the verification of a petition. However, this does not excuse the complete disregard of verification requirements.
    Why was it important to attach the MeTC Orders? Rule 42 mandates that judgments or final orders of lower courts must be attached to the petition to facilitate appellate review, unless an exception applies. Since the Order in question was adverse to the petitioner, a certified copy was required.
    What is a demurrer to evidence? A demurrer to evidence is a motion made by the defendant after the plaintiff rests their case, arguing that the plaintiff has not presented sufficient evidence to warrant a judgment in their favor.
    What is the effect of granting a demurrer to evidence in a criminal case? Granting a demurrer to evidence in a criminal case is tantamount to an acquittal. Thus, the accused can no longer be tried again for the same offense, according to the principle of double jeopardy.
    What did the RTC decide regarding the civil aspect of the case? The RTC initially made a premature adjudication on the merits of the civil aspect. The Supreme Court later stated this action to be in error and needed revision on the part of the RTC in the initial decision.
    What happens if the MeTC dismisses the civil aspect of the case? The dismissal of the civil aspect must be based on valid grounds. Specifically, the court must establish that the act or omission from which civil liability may arise did not exist. If not properly reasoned, it is an erroneous judgment.
    Can a criminal case’s acquittal on demurrer be appealed? No, an acquittal resulting from a demurrer to evidence in a criminal case cannot be reversed on appeal without violating the constitutional right against double jeopardy.
    What was the final ruling of the Supreme Court in this case? The Supreme Court denied the petitioner’s Motion for Reconsideration, thereby upholding the previous ruling that addressed both procedural errors and legal principles in the case.

    In conclusion, this case emphasizes the need to observe court procedures and understand key legal concepts. It is also a stark reminder that due diligence must be observed when attesting to the validity of submitted documents.

    For inquiries regarding the application of this ruling to specific circumstances, please contact ASG Law through contact or via email at frontdesk@asglawpartners.com.

    Disclaimer: This analysis is provided for informational purposes only and does not constitute legal advice. For specific legal guidance tailored to your situation, please consult with a qualified attorney.
    Source: Hun Hyung Park v. Eung Won Choi, G.R. No. 165496, June 29, 2007

  • 証拠不十分を理由とする却下申立て:違法証拠と刑事事件における重要な教訓

    違法な証拠に基づく起訴は認められない:証拠の適格性と却下申立ての重要性

    G.R. No. 140904, 2000年10月9日

    刑事裁判において、検察官は被告の有罪を合理的な疑いを超えて証明する責任を負います。しかし、検察官が提示する証拠が不適格であったり、証拠として認められない場合、裁判所は被告の有罪を認定することはできません。今回取り上げるフィリピン最高裁判所の判決は、まさにそのような状況下で、裁判所が証拠の適格性を厳格に審査し、不適格な証拠のみに基づいて有罪を認定することの誤りを明確にした事例です。この判決は、刑事事件における証拠の重要性と、被告人を不当な訴追から守るための「却下申立て(Demurrer to Evidence)」という手続きの意義を改めて示しています。

    事件の概要

    本件は、紙袋製造機の購入契約を巡る詐欺罪(Estafa)の刑事事件です。原告ゼニー・アルフォンソ氏は、ソリッド・セメント社から紙袋製造機を購入しましたが、実際には機械が既に抵当に入っており、引き渡しを受けることができませんでした。アルフォンソ氏は、ソリッド・セメント社の役員である被告らを詐欺罪で告訴しました。第一審裁判所は、検察側の証拠が不十分であるとして被告側の「却下申立て」を認めませんでしたが、控訴裁判所はこれを覆し、被告側の訴えを認めました。最高裁判所は、控訴裁判所の判断を支持し、第一審裁判所の決定を重大な裁量権の濫用であると判断しました。

    フィリピンの証拠法と却下申立て

    フィリピンの証拠法は、証拠の適格性に関して厳格なルールを定めています。特に、文書証拠については、原本主義が原則であり、コピーは原則として証拠能力が認められません。また、私文書については、その真正性(署名や作成者の同一性)が証明されなければ証拠として採用されません。

    「改正裁判所規則」第132条第20項は、私文書の証拠能力について次のように規定しています。

    「私文書が真正なものとして証拠に採用される前に、その正当な作成と真正性は、以下のいずれかの方法で証明されなければならない。
    (a) 文書の作成または筆記を見た者による証明。
    (b) 作成者の署名または筆跡の真正性の証拠による証明。」

    この規則は、私文書が証拠として認められるためには、その信頼性を担保するための手続きが必要であることを示しています。単なるコピーや、誰が作成したか不明な文書は、原則として証拠能力を欠くと解釈されます。

    一方、「却下申立て」とは、刑事事件において、検察側の証拠調べが終わった段階で、被告側が「検察側の証拠は有罪を立証するのに不十分である」として、裁判所に対し訴訟の打ち切りを求める手続きです。これは、被告人が不十分な証拠に基づいて不当に裁判を受け続けることを防ぐための重要な権利です。裁判所は、却下申立てがなされた場合、検察側の証拠を慎重に審査し、有罪を合理的に推認できるだけの証拠が揃っているかどうかを判断します。もし、証拠が不十分であると判断されれば、裁判所は訴訟を打ち切る判決を下すことができます。この判決は、確定判決と同等の効力を持ち、検察側は控訴することができません(二重の危険の禁止原則)。

    最高裁判所の判断

    最高裁判所は、本件において、第一審裁判所が検察側の証拠を十分に検討せずに却下申立てを認めなかったことは、「重大な裁量権の濫用」にあたると判断しました。最高裁判所は、検察側が提出した証拠書類が、ほとんどがコピーであり、原本が提出されておらず、また私文書の真正性を証明する手続きも行われていない点を重視しました。

    判決の中で、最高裁判所は次のように述べています。

    「本件において、起訴事実を裏付ける有能かつ十分な証拠は存在しない。申立人が指摘するように、私的告訴人が提出したすべての文書証拠は、特定の文書の未認証のコピーであり、その署名は未確認または認証されていない。」

    「文書証拠の正当な作成と真正性が証明されておらず、これらは単なるコピーであり、その原本の紛失が事前に立証されていないため、これらは明らかに証拠として不適格である。証拠として不適格であるため、検察が申立人の有罪を証明するために頼ることができる唯一の証拠は、私的告訴人の唯一の証言となるであろう。他の証拠によって裏付けられていない場合、上記の証言は有罪の認定を裏付けるには不十分である。」

    最高裁判所は、検察側の証拠が証拠能力を欠くコピー文書のみであり、原告の証言だけでは有罪を立証するには不十分であると判断しました。したがって、第一審裁判所がこれらの証拠に基づいて有罪を認定しようとしたことは、重大な誤りであると結論付けました。そして、控訴裁判所が第一審裁判所の決定を覆し、却下申立てを認めた判断を支持しました。

    さらに、最高裁判所は、控訴裁判所が第一審裁判所の決定を「重大な裁量権の濫用」と判断したことについても、正当であると認めました。重大な裁量権の濫用があった場合、控訴裁判所は第一審裁判所の決定を覆す権限を有します。本件では、第一審裁判所が証拠の適格性に関する基本的なルールを無視し、不適格な証拠に基づいて訴訟を継続しようとしたため、控訴裁判所が介入することは正当であると判断されました。

    この判決により、刑事事件は打ち切りとなり、被告人らは無罪となりました。また、最高裁判所は、二重の危険の禁止原則により、本件について再度起訴することは許されないことを明確にしました。

    実務上の意義と教訓

    本判決は、フィリピンの刑事訴訟において、証拠の適格性が極めて重要であることを改めて強調しています。特に、文書証拠については、原本主義が原則であり、コピーを証拠として提出する場合には、原本の提出が困難であることや、コピーが原本と同一であることを証明する必要があります。また、私文書については、その真正性を証明するための手続きを怠ると、証拠能力が否定される可能性があります。

    企業や個人は、法的紛争に巻き込まれた場合に備え、証拠となりうる文書を適切に保管・管理し、必要に応じて原本を提出できるようにしておくことが重要です。また、弁護士に相談し、証拠の収集・保全や、証拠の適格性に関するアドバイスを受けることも不可欠です。

    本判決から得られる主な教訓は以下の通りです。

    • 刑事事件においては、検察官は適格な証拠によって被告の有罪を立証する責任を負う。
    • 文書証拠は原本主義が原則であり、コピーは原則として証拠能力が認められない。
    • 私文書は、その真正性が証明されなければ証拠として採用されない。
    • 「却下申立て」は、不十分な証拠に基づく不当な訴追から被告人を守るための重要な手続きである。
    • 裁判所は、証拠の適格性を厳格に審査し、不適格な証拠のみに基づいて有罪を認定することは許されない。

    よくある質問(FAQ)

    Q1. 却下申立て(Demurrer to Evidence)はどのような場合に認められますか?

    A1. 検察側の証拠調べが終わった段階で、検察側の証拠が被告の有罪を合理的に疑う余地なく証明するのに不十分であると裁判所が判断した場合に認められます。証拠が不適格である場合や、証拠の信用性が低い場合も、却下申立てが認められる可能性があります。

    Q2. コピー文書は絶対に証拠として認められないのですか?

    A2. 原則としてコピー文書は証拠能力が低いとされますが、例外的に証拠として認められる場合があります。例えば、原本が紛失・焼失した場合や、原本の提出が困難な場合、コピーが原本と同一であることを証明できた場合などです。ただし、これらの例外的な場合でも、裁判所の判断は厳格です。

    Q3. 私文書の真正性を証明するにはどうすればよいですか?

    A3. 私文書の真正性は、文書の作成者本人または作成の場に立ち会った人の証言、筆跡鑑定、文書の内容や状況証拠などによって証明することができます。具体的な証明方法は、文書の種類や状況によって異なりますので、弁護士に相談することをお勧めします。

    Q4. 刑事事件で不当に訴追されたと感じた場合、どうすればよいですか?

    A4. まずは弁護士に相談し、事件の状況を詳しく説明してください。弁護士は、証拠の収集・保全、法的戦略の立案、裁判所との交渉など、様々な面でサポートしてくれます。不当な訴追から身を守るためには、早期に弁護士に相談することが重要です。

    Q5. 本判決は、今後の刑事事件にどのような影響を与えますか?

    A5. 本判決は、フィリピンの裁判所に対し、刑事事件における証拠の適格性審査をより厳格に行うよう促す効果を持つと考えられます。特に、コピー文書や真正性が疑われる私文書については、証拠能力を慎重に判断することが求められるでしょう。また、弁護士は、本判決を根拠に、証拠不十分な事件における却下申立てを積極的に行うことが考えられます。


    本記事は情報提供のみを目的としており、法的助言ではありません。具体的な法的問題については、必ず専門の弁護士にご相談ください。

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  • 証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)の否認における重大な裁量権の濫用:Resoso v. Sandiganbayan事件の分析

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    証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)は安易に認められるべきではない:Resoso v. Sandiganbayan事件

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    G.R. No. 124140, 1999年11月25日

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    フィリピンの刑事訴訟において、被告人は検察側の証拠が有罪を合理的な疑いを超えて証明するには不十分であると判断した場合、「証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)」を裁判所に提出することができます。この申し立てが認められると、被告人は無罪となります。しかし、裁判所が証拠不十分の申し立てを安易に認めるべきではないという原則を確立したのが、Resoso v. Sandiganbayan事件です。本稿では、この最高裁判所の判決を分析し、その教訓と実務上の意義を解説します。

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    本件の概要と争点

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    Resoso事件は、国家食肉検査委員会(NMIC)の幹部であったベルナルド・B・レソソ氏が、公文書偽造罪で起訴された事件です。レソソ氏は、輸入許可証(Veterinary Quarantine Clearances to Import:VOC)の品質、数量、原産国などを改ざんしたとして告発されました。第一審のサンドゥガンバヤン(Sandiganbayan:背任裁判所)において、検察側証拠調べ終了後、レソソ氏は証拠不十分の申し立てをしましたが、これは否認されました。この否認決定を不服として、レソソ氏は certiorari, prohibition, mandamus の申立てを最高裁判所に行ったのが本件です。本件の主な争点は、サンドゥガンバヤンがレソソ氏の証拠不十分の申し立てを否認したことが、重大な裁量権の濫用にあたるかどうかでした。

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    証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)とは

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    証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)は、フィリピン規則裁判所規則119条17項に規定されています。これは、刑事事件において、検察官が証拠を提示した後、被告人が裁判所に対し、検察官が提示した証拠だけでは有罪判決を下すのに十分ではないと主張するものです。裁判所がこの申し立てを認めると、被告人は無罪となります。証拠不十分の申し立ては、被告人が自己の証拠を提示する前に、裁判を早期に終結させるための重要な防御手段です。

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    規則119条17項は以下のように規定しています。

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    「第17条 証拠不十分の申し立て。u{20}検察官が証拠を完了した後、裁判所が職権で、または被告人の申し立てにより、提示された証拠が有罪判決を支持するのに不十分であると認めた場合、裁判所は事件を却下することができる。被告人が自己の証拠を提示する権利を放棄することなく申し立てを行った場合、申し立てが否認されたとしても、被告人は引き続き自己の弁護を行うことができる。」

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    証拠不十分の申し立てが認められるためには、検察側の証拠が「有罪を合理的な疑いを超えて証明する」という刑事訴訟における立証責任を果たしていないことが明白である必要があります。単に証拠が弱いというだけでは足りず、証拠が全くない、または明らかに有罪を証明できない場合に限られます。裁判所は、証拠を最も被告人に有利なように解釈する義務はなく、証拠全体を総合的に判断して、申し立てを認めるかどうかを決定します。

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    Resoso事件の事実経過

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    レソソ氏は、7件の公文書偽造罪で起訴されました。起訴状によると、レソソ氏はNMICの幹部としての地位を利用し、輸入許可証の内容を改ざんし、公共の利益を損なったとされています。具体的には、輸入される食肉製品の品質、数量、原産国などを許可証上で変更したとされています。

    n

    第一審のサンドゥガンバヤンでは、検察側が4人の証人を尋問し、証拠書類を提出しました。検察側の証人としては、NMICの記録係、農務省動物産業局長、NMICの広報担当官、元農務長官などが証言しました。検察側の証拠調べ終了後、レソソ氏は証拠不十分の申し立てを提出しました。レソソ氏は、検察側の証拠自体から、自身の有罪が合理的な疑いを超えて証明されていないと主張しました。しかし、サンドゥガンバヤンは、1996年2月2日の決議でこの申し立てを否認しました。サンドゥガンバヤンは、否認理由として、「現段階では、被告人の善意という弁護は明らかではない」と指摘しました。さらに、文書の改ざんは、許可されていない行為を許可するように文書の内容を変更するものであり、公共文書の完全性に対する侵害であると判断しました。

    n

    レソソ氏は、再考の申し立てを行いましたが、これも1996年3月12日の決議で否認されました。サンドゥガンバヤンは、再考の申し立てを否認する理由として、検察側の証拠から、当時の農務長官が改ざんを許可したという事実は認められないと指摘しました。レソソ氏は、サンドゥガンバヤンのこれらの決定を不服として、最高裁判所に certiorari, prohibition, mandamus の申立てを行ったのが本件です。

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    最高裁判所の判断

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    最高裁判所は、サンドゥガンバヤンの決定を支持し、レソソ氏の申立てを棄却しました。最高裁判所は、 certiorari, prohibition, mandamus の申立ては、裁判官の事実認定や法的結論の誤りを正すためのものではないと指摘しました。証拠不十分の申し立ての否認決定に判断の誤りがあったとしても、それは重大な裁量権の濫用とは言えず、 certiorari の対象とはならないと判断しました。

    n

    最高裁判所は、判決の中で以下の重要な点を強調しました。

    n

    「証拠不十分の申し立ての否認に判断の誤りがあったとしても、これは certiorari によって是正されるべき重大な裁量権の濫用とは見なされない。(中略)そのような不利な中間命令が下された場合、救済策は certiorari や prohibition に頼ることではなく、適正な手続きに従って訴訟を継続し、不利な判決が下された場合に、法律で認められた方法で上訴することである。」

    n

    最高裁判所は、サンドゥガンバヤンの事実認定が、恣意的、推測的、または事実誤認に基づいているとは認められないと判断しました。したがって、サンドゥガンバヤンが証拠不十分の申し立てを否認したことは、裁量権の範囲内であり、違法ではないと結論付けました。

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    実務上の意義と教訓

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    Resoso v. Sandiganbayan事件は、証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)の基準と、 certiorari の範囲に関する重要な判例です。この判決から得られる実務上の教訓は以下の通りです。

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    1. 証拠不十分の申し立ては、検察側の証拠が明らかに有罪を証明できない場合に限られる。単に証拠が弱いというだけでは認められません。被告人は、検察側の証拠が「有罪を合理的な疑いを超えて証明する」という立証責任を果たしていないことを明確に示す必要があります。
    2. n

    3. 裁判所は、証拠不十分の申し立てを安易に認めるべきではない。裁判所は、証拠全体を総合的に判断し、慎重に検討する必要があります。特に、事実認定に関する判断は、 certiorari の対象とはなりにくいことを理解しておく必要があります。
    4. n

    5. 証拠不十分の申し立てが否認された場合、 certiorari ではなく、通常の訴訟手続きに従って上訴すべきである。 certiorari は、重大な裁量権の濫用があった場合に限られ、単なる判断の誤りを正すためのものではありません。
    6. n

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    今後の実務への影響

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    Resoso事件の判決は、その後の多くの判例で引用されており、証拠不十分の申し立てに関する重要な基準となっています。弁護士は、証拠不十分の申し立てを検討する際、本判決の原則を念頭に置き、申し立てが認められる可能性を慎重に評価する必要があります。また、検察官は、証拠調べの段階で、有罪を合理的な疑いを超えて証明できる十分な証拠を提示する責任を改めて認識する必要があります。

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    よくある質問(FAQ)

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    Q1. 証拠不十分の申し立て(Demurrer to Evidence)は、どのような場合に提出できますか?

    n

    A1. 検察官が証拠調べを完了した後、検察側の証拠だけでは有罪判決を下すのに十分ではないと判断した場合に提出できます。証拠が明らかに有罪を証明できない場合に限られます。

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    Q2. 証拠不十分の申し立てが認められると、どうなりますか?

    n

    A2. 裁判所が申し立てを認めると、被告人は無罪となります。裁判はそこで終了し、被告人はそれ以上の弁護を行う必要はありません。

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    Q3. 証拠不十分の申し立てが否認された場合、どうすればよいですか?

    n

    A3. 証拠不十分の申し立てが否認されても、被告人は引き続き自己の弁護を行うことができます。否認決定を不服として certiorari を申し立てることは適切ではなく、通常の訴訟手続きに従って上訴すべきです。

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    Q4. certiorari は、どのような場合に利用できますか?

    n

    A4. certiorari は、下級裁判所が重大な裁量権の濫用を行った場合に、その決定を審査し、是正するための特別な訴訟手続きです。単なる判断の誤りを正すためのものではありません。

    nn

    Q5. 証拠不十分の申し立てを成功させるためのポイントは何ですか?

    n

    A5. 検察側の証拠を詳細に分析し、証拠が有罪を合理的な疑いを超えて証明していない点を具体的に指摘することが重要です。また、裁判所に対し、証拠を最も被告人に有利なように解釈する義務はないことを理解させる必要があります。

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    Q6. Resoso事件は、弁護士にとってどのような教訓を与えてくれますか?

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    A6. 弁護士は、証拠不十分の申し立てを安易に考えるべきではなく、申し立てが認められるためには、検察側の証拠が明らかに不十分であることを示す必要があることを理解する必要があります。また、 certiorari は万能の救済手段ではないことを認識し、通常の訴訟手続きを適切に利用することが重要です。

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    ASG Lawは、フィリピン法に関する専門知識と豊富な経験を持つ法律事務所です。証拠不十分の申し立てを含む刑事訴訟に関するご相談は、ぜひkonnichiwa@asglawpartners.comまでご連絡ください。また、お問い合わせページからもお気軽にお問い合わせいただけます。刑事事件でお困りの際は、ASG Lawにお任せください。

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  • 選挙異議申立における証拠の異議申立:権利放棄と手続き

    選挙異議申立における証拠の異議申立は、弁論権の放棄を意味する

    G.R. No. 129938, 1997年12月12日

    導入

    選挙は民主主義の根幹であり、その正当性は国民の信頼によって支えられています。しかし、選挙結果に異議がある場合、公正な手続きを通じて争われる必要があります。フィリピンでは、選挙異議申立制度が設けられていますが、その手続きは複雑であり、些細な手続き上の判断が、当事者の権利に大きな影響を与えることがあります。特に、「証拠の異議申立」(Demurrer to Evidence)は、その典型的な例と言えるでしょう。本稿では、最高裁判所が下したエノハス対COMELEC事件(Enojas, Jr. v. Commission on Elections and Rodriguez)の判決を分析し、選挙異議申立における証拠の異議申立の法的意味と実務上の注意点について解説します。この判決は、選挙の迅速性と公正性を両立させるための重要な指針を示すとともに、手続き上の誤りが重大な結果を招く可能性を示唆しています。

    法的背景:証拠の異議申立とは

    証拠の異議申立とは、民事訴訟において、原告の提出した証拠が不十分であるとして、被告が裁判所に対して訴えの却下を求める手続きです。フィリピンの民事訴訟規則では、原告が証拠調べを終えた後、被告は証拠の異議申立をすることができます。裁判所が異議申立を認めた場合、訴えは却下され、被告は弁論を続ける必要はありません。しかし、異議申立が認められなかった場合、被告は自身の証拠を提出し、弁論を継続することができます。ただし、通常の民事訴訟とは異なり、選挙異議申立においては、証拠の異議申立は特別な意味を持ちます。最高裁判所は、デメトリオ対ロペス事件(Demetrio v. Lopez, 50 Phil. 45)以来、選挙異議申立における証拠の異議申立は、申立人が自身の弁論権を放棄することを意味すると解釈してきました。これは、選挙事件の迅速な解決を優先し、長期化による混乱を防ぐための政策的な判断に基づいています。選挙は国民の代表を選ぶ重要なプロセスであり、その結果は速やかに確定されるべきです。証拠の異議申立を弁論権放棄と解釈することで、裁判所は迅速な審理を促し、選挙結果の早期確定を図っています。

    事件の概要:エノハス対COMELEC事件

    エノハス対COMELEC事件は、1995年のパラワン州ロハス町長選挙をめぐる選挙異議申立事件です。原告エノハス氏と被告ロドリゲス氏は町長候補として争いましたが、ロドリゲス氏がわずかな差で当選しました。エノハス氏は選挙結果に異議を申し立て、地方裁判所に選挙異議申立を提起しました。裁判所での証拠調べの結果、エノハス氏は自身の証拠提出を終えましたが、ロドリゲス氏は証拠を提出する前に、「訴えの却下申立」(Motion to Dismiss)を裁判所に提出しました。この申立の理由は、裁判所の管轄権の問題や、訴えに根拠がないことなど、多岐にわたりました。地方裁判所は当初、管轄権の問題を理由にロドリゲス氏の申立を認め、訴えを却下しましたが、COMELEC(選挙管理委員会)はこれを覆し、事件を地方裁判所に差し戻しました。その後、地方裁判所はロドリゲス氏の証拠調べを認めない決定を下し、エノハス氏を当選者とする判決を下しました。ロドリゲス氏はこれを不服として、COMELECに上訴しました。COMELECは地方裁判所の決定を覆し、ロドリゲス氏の証拠調べを認める決定を下しましたが、最高裁判所はCOMELECの決定を再度覆し、地方裁判所の判決を支持しました。最高裁判所は、ロドリゲス氏が地方裁判所に提出した「訴えの却下申立」は、実質的には「証拠の異議申立」であり、選挙異議申立においては、証拠の異議申立は弁論権の放棄を意味するという従来の判例に従い、ロドリゲス氏は証拠を提出する権利を放棄したと判断しました。

    最高裁判所の判断:実質的な証拠の異議申立

    最高裁判所は、ロドリゲス氏が提出した申立の名称が「訴えの却下申立」であっても、その内容と提出時期から判断して、実質的には「証拠の異議申立」であると判断しました。裁判所は、以下の点を重視しました。

    • ロドリゲス氏の申立は、エノハス氏が証拠提出を終えた後に提出されたこと。
    • 申立の理由の一つに、「訴えに根拠がない」(lack of cause of action)ことが含まれていたこと。これは、エノハス氏の提出した証拠が、訴えを立証するのに不十分であるという主張であり、まさに証拠の異議申立の本質です。

    最高裁判所は判決の中で、次のように述べています。「申立の名称ではなく、申立の内容、提出時期、そして申立人の主要な目的が、申立の性質を決定する。裁判所が申立を判断する際に選択した理由や根拠は、申立の性質を変更するものではない。」裁判所は、ロドリゲス氏が管轄権の問題も申立の理由としていたとしても、それは申立の本質を「証拠の異議申立」から変えるものではないとしました。もし、形式的な名称や付随的な理由によって、証拠の異議申立の効果を回避できるとすれば、選挙事件の迅速な解決という趣旨が損なわれることになります。最高裁判所は、そのような事態を避けるために、実質的な判断を重視したのです。

    実務上の教訓:選挙異議申立における注意点

    エノハス対COMELEC事件の判決は、選挙異議申立の実務において、重要な教訓を示しています。特に、被告(被異議申立人)は、原告(異議申立人)が証拠提出を終えた後に、どのような申立をするかについて、慎重に検討する必要があります。もし、原告の証拠が不十分であると考える場合でも、安易に「訴えの却下申立」を提出すると、それが「証拠の異議申立」と解釈され、自身の弁論権を失う可能性があります。選挙異議申立においては、迅速な審理が求められるため、裁判所は手続きを厳格に運用する傾向があります。被告は、証拠の異議申立を検討する前に、弁護士と十分に相談し、戦略を練る必要があります。特に、以下の点に注意すべきです。

    • 申立の名称ではなく、実質的な内容が重要である。名称が「訴えの却下申立」であっても、内容が原告の証拠の不十分性を指摘するものであれば、「証拠の異議申立」と解釈される可能性がある。
    • 申立の提出時期が重要である。原告が証拠提出を終えた後に提出された申立は、「証拠の異議申立」と解釈される可能性が高い。
    • 弁論権放棄のリスクを理解する。選挙異議申立における「証拠の異議申立」は、原則として弁論権放棄を意味する。

    主な教訓

    • 選挙異議申立において、原告の証拠が不十分であると感じても、安易に「訴えの却下申立」を提出することは避けるべきである。
    • 証拠の異議申立を検討する前に、弁護士と十分に相談し、戦略を練る必要がある。
    • 選挙異議申立の手続きは厳格であり、些細な手続き上の判断が、重大な結果を招く可能性があることを理解しておくべきである。

    よくある質問(FAQ)

    1. 質問:選挙異議申立における「証拠の異議申立」は、通常の民事訴訟における「証拠の異議申立」と何が違うのですか?
      回答:通常の民事訴訟では、証拠の異議申立が認められなかった場合、被告は自身の証拠を提出する権利を失いません。しかし、選挙異議申立においては、証拠の異議申立は、原則として被告(被異議申立人)が自身の弁論権を放棄することを意味します。これは、選挙事件の迅速な解決を優先するための方針です。
    2. 質問:「訴えの却下申立」と「証拠の異議申立」は、どのように区別されるのですか?
      回答:形式的な名称ではなく、申立の内容と提出時期によって区別されます。「訴えの却下申立」は、通常、訴状の不備や管轄権の問題など、訴えの提起の初期段階で提出されるものです。一方、「証拠の異議申立」は、原告が証拠提出を終えた後に、原告の証拠が不十分であることを理由に提出されるものです。選挙異議申立においては、後者の場合、「証拠の異議申立」と解釈される可能性が高くなります。
    3. 質問:もし、誤って「証拠の異議申立」とみなされる申立をしてしまった場合、どうすればよいですか?
      回答:速やかに弁護士に相談し、裁判所に対して釈明を求めるなどの対応を検討する必要があります。ただし、裁判所の判断は厳格であり、弁論権を回復できる可能性は低いと考えられます。
    4. 質問:選挙異議申立において、被告はどのように自身の権利を守るべきですか?
      回答:原告の証拠を慎重に検討し、証拠が不十分であると考える場合でも、安易に「訴えの却下申立」を提出するのではなく、弁護士と相談の上、適切な戦略を立てるべきです。場合によっては、証拠の異議申立ではなく、反論となる証拠を提出し、積極的に争う方が有利となることもあります。
    5. 質問:エノハス対COMELEC事件の判決は、今後の選挙異議申立にどのような影響を与えますか?
      回答:この判決は、選挙異議申立における「証拠の異議申立」の法的意味を再確認し、裁判所が手続きを厳格に運用する姿勢を明確にしたものです。今後の選挙異議申立においても、被告は手続き上の判断に細心の注意を払う必要があり、弁護士との連携がますます重要になるでしょう。


    Source: Supreme Court E-Library
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  • 証拠不十分による訴訟却下申立て(Demurrer to Evidence)と証拠提出の権利放棄:ベルナルド対控訴裁判所事件

    証拠不十分による訴訟却下申立て(Demurrer to Evidence)を行う際、事前の許可を得なかった場合、証拠提出の権利を放棄することになる

    [G.R. No. 119010, 1997年9月5日] パス・T・ベルナルド対控訴裁判所、オスカー・L・レビステ裁判官、フロリタ・ロンキージョ・コンセプション事件

    刑事訴訟における秩序ある手続きのために、裁判所規則は、第119条第3項に基づき、検察と弁護側が証拠を提示する順序を規定しており、その後、提示された証拠を評価し、裁判所は無罪または有罪の判決を下します。同規則第15条に基づき、検察側が立証を終えた後、裁判所は、検察に意見を述べる機会を与えた上で職権で、または被告の申立てにより、裁判所の事前の許可を得て、証拠不十分を理由に訴訟を却下することができます。裁判所が訴訟却下申立てを認めない場合、被告は弁護側の証拠を提出することができます。

    被告が裁判所の明示的な許可なしに訴訟却下申立てを行った場合、被告は証拠を提出する権利を放棄し、検察側の証拠に基づいて判決を受けることに同意したものとみなされます。

    証拠開示請求に関する新規則は、1985年の刑事訴訟規則に初めて組み込まれ、証拠不十分による訴訟却下申立てが却下された場合、被告は弁護側の証拠を提出する権利を有するという「ピープル対ママコル事件[1]」および「アブリオル対ホメレス事件[2]」の判決を大きく変更しました。以前の規則では、検察側が立証を終えた後、被告が証拠不十分を理由に訴訟却下申立てを行った場合、被告は証拠を提出する権利を放棄し、検察側の証拠に基づいて判決を受けることに同意したものとみなされていました[3]。規則は1988年にさらに修正され、被告が裁判所の明示的な許可なしに証拠開示請求または訴訟却下申立てを行った場合に限り、被告は証拠を提出する権利を放棄したものとみなされ、訴訟は検察側の証拠に基づいて判決を受けるものとみなされることになりました。被告が裁判所の事前の許可を得ていた場合、訴訟却下申立てが却下された場合でも、被告は弁護側の証拠を提出する権利を保持します。裁判所はまた、職権で証拠不十分を理由に訴訟を却下することもできますが、その前に、検察に意見を述べる機会を与え、申立てに反対する機会を与える必要があります[4]

    私たちは今、証拠開示請求に関する新規則を適用するよう求められています。

    パス・T・ベルナルドは当初、ケソン市の地方裁判所において、B.P. Blg. 22違反の4つの罪状で起訴され、刑事事件番号Q-93-46792-95として登録されました。その後、私的告訴人である被告訴人のフロリタ・ロンキージョ・コンセプションは告訴取下書を作成し、これが刑事事件番号Q-93-46794およびQ-93-46795の却下につながり、刑事事件番号Q-93-46792およびQ-93-46793は裁判所の処分に委ねられることになりました。

    1994年5月20日、検察側が最後の証人を提示した後、立証を終え、正式に証拠を申し出ました。その期日は、裁判所のカレンダーに反映されているように、検察側の証拠の受領を継続するために同日の午前8時30分に設定されました[5]。検察側が正式に証拠を申し出た後、公廷で次のことが起こりました –

    裁判所:

    わかりました。検察側の立証が終わったので、弁護側は証拠を提出してください。続けてください。

    ミラビテ弁護士:

    裁判長、恐縮ながら、期日変更をお願いし、証拠開示請求の申立てを提出する許可を裁判所にお願いいたします(下線部筆者)。

    裁判所:

    理由は?

    ミラビテ弁護士:

    理由は、検察が小切手が発行された場所と実際に不渡りになった場所を明らかにしなかったからです。これは、裁判管轄を決定する上で重要なことです。また、裁判長、検察側が提出した証拠に対する私たちのコメントで述べたように、被告に対する当該小切手の不渡り通知は有効ではありませんでした。したがって、これらの理由に基づき、検察は被告に対する訴訟を正当に立証できておらず、これらは被告に対する訴訟の却下には十分であると考えます。

    裁判所:

    記録を見直す手間を省くために、小切手が発行された場所と不渡りになった場所の証拠がないことを認めますか?

    私選弁護人:

    いいえ、それは認めません、裁判長。実際にはマニラで不渡りになりましたが、小切手はケソン市のPAR CREDIT ENTERPRISESの銀行に預けられ、当然ながらフィリピンナショナルバンクに転送され、そこでケソン市のPAR CREDIT ENTERPRISESの銀行に返却されました。

    裁判所:

    それはどこに記載されていますか?

    私選弁護人:

    Exhibit Aの裏面に記載されています、裁判長。

    裁判所:

    マークされていますか?

    私選弁護人:

    裁判長、ここには、フィリピンナショナルバンク、ウェストアベニュー、ケソンシティに預金されたと記載されており、Exhibit A-4としてマークされた小切手に記載されています。

    裁判所:

    それでは、それは判例となります。要件はケソンシティで発生しました。

    私選弁護人:

    はい、裁判長。

    ミラビテ弁護士:

    弁護士が読んだメモは証拠としてマークされていません、裁判長。マークされたのは小切手の裏面に記載されているB-4であり、不渡り、イニシャル、日付のみに関するものです。事実に関するものは何も提示されていません。もしそうだとすれば、それは実際にウェストアベニュー、ケソンシティに預金されたことになります。

    私選弁護人:

    あります、裁判長。PNB、ケソンシティ、ウェストアベニューの出納部門が受け取ったスタンプがあります。

    裁判所:

    とにかく、その文書の申し出はありましたか?

    私選弁護人:

    はい、Exhibit A-4の申し出がありました、裁判長。記録には、Exhibit B-4がDAIFと読み取れる銀行のスタンプであり、その上に他のスタンプがあることを明らかにしていることが示されています。

    裁判所:

    あなたは、DAIFという単語が裏面にマークされ、不渡りの証拠として申し出られ、場所が証拠であると言っているのですか?

    私選弁護人:

    はい、裁判長、DAIFという単語のすぐ上にあります。

    裁判所:

    これらが現金化され、不渡りになったという証言証拠はありますか?

    私選弁護人:

    はい、裁判長、この証人の証言は非常に明確であり、小切手が預金され、銀行によって不渡りになったと述べています。

    裁判所:

    不渡り通知がなかったことを認めますか?

    私選弁護人:

    認めません、裁判長。実際、請求に関する手書きの承認があります。

    裁判所:

    これらの小切手が現在まで支払われていないという証拠は提示されていますか?

    私選弁護人:

    はい、裁判長。まず、証人の口頭証言、つまり支払われていないという証言です。次に、証拠1と1-1、つまり証人の告訴状です。

    裁判所:

    わかりました。異議申し立てと私選弁護人の弁明を考慮し、弁護側の訴訟却下申立ての理由は十分に認められないため、却下します(下線部筆者)。今から証拠を提出してください。

    ミラビテ弁護士:

    裁判長、恐縮ながら、再考をお願いできますでしょうか(下線部筆者)?

    裁判所:

    もしあなたが証拠を提出する権利を放棄するならば、裁判所はあなたに証拠開示請求を提出する期間を与えます。そして、もしあなたが今証拠を提出しないならば、あなたは証拠を提出する権利を放棄したものとみなされます(下線部筆者)。

    xxxx

    ミラビテ弁護士:

    裁判長、恐縮ながら、証拠開示請求を提出する申立てを再度申し上げます(下線部筆者)?

    裁判所:

    しかし、あなたはすでに口頭でその証拠開示請求を行い、それは却下されました(下線部筆者)。

    ミラビテ弁護士:

    その場合、裁判長、もし裁判所の許可がないのであれば、私たちは証拠開示請求を提出することになります、裁判長(下線部筆者)。

    裁判所:

    それはこの訴訟を延期することと同義です(原文ママ)。裁判所はその申立てを遅延行為とみなします(下線部筆者)。

    ミラビテ弁護士:

    裁判長、当事者が救済措置を講じることは選択肢の範囲内であり、現時点では、私たちは被告を提示したり、証人を提示したりする代わりに、証拠開示請求を申し立てることを優先したいと考えています(下線部筆者)。

    裁判所:

    あなたはそれを再審請求に含めることができます。わかりました。検察側の立証が終わり、弁護側が証拠を提出する権利を放棄したものとみなされたため、本件は判決のために提出されたものとみなします。本件の判決期日を1994年6月6日午前8時30分に設定します(下線部筆者)[6]

    原告は、上記の裁判官命令に対し、職権濫用を理由として、差止命令および職務執行令状を求めて控訴裁判所に異議を申し立てました。原告は、裁判所が証拠開示請求の申立てを提出する許可の申立てを却下した後、原告が証拠を提出する権利を放棄したとみなしたのは重大な職権濫用であると主張しました。

    1994年9月30日、控訴裁判所は、ケソン市RTC-Br. 97の1994年5月20日の問題の命令の一部である「弁護側が証拠を提出する権利を放棄したものとみなされたため、本件は判決のために提出されたものとみなします[7]」という部分を事実上修正する判決を下し、刑事事件番号Q-93-46792およびQ-93-46793[8]を「原告の証拠受領のための審理」[9]のために設定するよう裁判所に指示しました。原告は控訴裁判所の判決の再審理を申し立てましたが、その申立ては1995年2月7日に却下されました。

    原告ベルナルドは、控訴裁判所が原告に証拠開示請求をすることを認めなかったとき、控訴裁判所が本件を法律および本最高裁判所の適用可能な判決に従って判断しなかったという理由で、控訴裁判所の判決に対する上告許可の嘆願を提起しました[10]。原告は、弁護士が1994年5月20日に証拠開示請求を提出する許可を申し立てたことは、広範な調査とそれを裏付ける適切な権威に基づいて書面による証拠開示請求を行う意図があったことを意味すると主張しています。裁判所が申立てを却下したのは、事実上、証拠開示請求を提出する許可の申立てのみの却下であり、証拠開示請求そのものではないため、原告が証拠を提示することを認めた控訴裁判所の命令は時期尚早であったと主張しています。原告はさらに、最初に証拠開示請求を提出する機会を与えられ、裁判所に証拠を提示するよう指示される前に、その却下が最終的に確定するのを待つべきであると主張しています[11]

    私たちは原告を支持することはできません。裁判所が観察したように、弁護士を通じて表明された原告の行動は、単なる「遅延行為」でした[12]。しかし、証拠開示請求を提出する許可の申立てが却下された後、弁護側の証拠を受理するよう裁判所に指示した控訴裁判所の判決を肯定することもできません。それは、裁判所規則第119条第15項の文言と精神に反しています。

    被告が証拠開示請求を提出する前に事前の許可を得ることの意味と結果は、規則改正委員会によって1997年2月18日の議事録に反映されています。委員会の共同委員長であるホセ・Y・フェリア裁判官は、次のように説明しました –

    新規則に対して、被告にとって不利であるという異議が提起されました。したがって、現在の修正条項が採用されました。被告が裁判所の明示的な許可なしにそのような訴訟却下申立てを行った場合にのみ、被告は証拠を提出する権利を放棄し、検察側の証拠に基づいて判決を受けることに同意するものとみなされます x x x x [13]

    委員会の委員長であるアンドレス・R・ナルバサ長官は、次のように示唆しました –

    x x x 証拠が明らかに不十分な場合もあれば、裁判所が疑念を抱く場合もあります x x x x 裁判所が訴訟開示請求を提出すべきかどうかを決定するのは裁判所であり、両当事者の意見を聞いた後に行われます x x x x 被告が裁判所の許可を求め、裁判所がそれを支持する場合、それは良いことです。しかし、x x x 裁判所が申立てを遅延行為と判断した場合、裁判所はそれを却下します。しかし、x x x 訴訟開示請求が裁判所の許可を得ている場合、権利放棄があってはなりません。なぜなら、裁判所自体が訴訟を却下したい場合があるからです x x x x 許可が却下され、被告がそれでも訴訟開示請求を提出した場合、権利放棄があります(下線部筆者)[14]

    委員会は最終的に、長官の次の提案を承認しました。(a)裁判所は、検察に事前通知を行った上で、職権で訴訟を却下することができます。(b)被告は、裁判所の事前の許可を得た場合にのみ、証拠開示請求を提出することができます。(c)許可の申立てまたは証拠開示請求が却下された場合、被告は証拠を提出することができ、権利放棄はありません。そして、(d)被告が許可なしに証拠開示請求を提出した場合、証拠を提出する権利は放棄されます[15]

    要するに、証拠開示請求に関する新規則の下では、被告は検察側が立証を終えた後、証拠開示請求を提出する権利を有します。被告が証拠開示請求を提出する前に裁判所の事前の許可を得ていた場合、証拠開示請求が却下されても、証拠を提示することができます。しかし、裁判所の事前の許可なしに、または許可の申立てが却下された後に証拠開示請求を行った場合、証拠を提示する権利を放棄し、検察側の証拠に基づいて判決を受けることに同意したものとみなされます。被告に証拠開示請求を提出する許可を与える権限は、裁判所の健全な裁量に委ねられています。その目的は、被告が証拠開示請求を提出することが単に訴訟手続きを遅らせるためであるかどうかを判断することです[16]

    本件において、原告は、1994年5月20日の審理で、裁判所が証拠開示請求を提出する許可の申立てを却下したことを認めています。そのような場合、証拠開示請求を提出する許可が却下された後、原告が裁判所規則第119条第15項に基づき有する唯一の権利は、弁護側の証拠を提出することです。しかし、裁判所の明示的な許可がなくても、いや、許可の申立てが却下された後でも、原告は弁護側の証拠を提示する代わりに、証拠開示請求を提出することを主張しました。

    証拠開示請求を提出する事前の許可を与える司法行為は、裁判所の裁量に委ねられています。しかし、証拠開示請求を提出する事前の許可が却下された後、被告に証拠を提示することを認めることは裁量ではありません。事前の許可が却下され、被告が依然として証拠開示請求または訴訟却下申立てを提出した場合、裁判所はもはや被告に証拠を提示することを許可する裁量権を有しません。裁判所に残された唯一の手段は、検察側が提示した証拠に基づいて訴訟を判決することです。そして、本件には存在しない、管轄権の欠如または逸脱に相当する重大な職権濫用がない限り、証拠開示請求または訴訟却下申立てを提出する事前の許可を却下した裁判所の決定は、覆されるべきではありません[17]。ただし、裁判所の有罪判決は、依然として被告によって控訴裁判所に上訴することができます[18]

    したがって、原告に証拠開示請求を提出することを許可する嘆願は却下されます。裁判所が裁判所に被告の証拠を審理するよう指示した控訴裁判所の判決は破棄されます。ケソン市地方裁判所は、残りの刑事事件番号Q-93-46792およびQ-93-46793を、検察側がすでに提出した証拠に基づいて判決するよう指示されます。
    SO ORDERED.

    Vitug、Kapunan、およびHermosisima, Jr.、JJ.、同意。


    [1] 81 Phil. 543 (1948)。

    [2] 84 Phil. 525 (1949)。

    [3] Ocampo v. Court of Appeals, G.R. No. 79060, 1989年12月8日、180 SCRA 27。

    [4] Herrera, Oscar M., Remedial Law, Vol. IV, Rules 110-127, 1995 Ed., pp. 510-511。

    [5] Rollo, p. 36。

    [6] TSN, 1994年5月20日, pp. 16-21.   

    [7] Rollo, pp. 29-40。

    [8] 刑事事件番号Q-93-47465-67ではありません。ケソン市RTC-Br. 97の記録、p. 60を参照してください。

    [9] CA-G.R. SP No. 34219における控訴裁判所の判決、1994年9月30日、p. 12。Rollo, p. 40。

    [10] Rollo, p. 20。

    [11] Id., pp. 20-26。

    [12] 注6を参照してください。

    [13] Gupit, Fortunato, Jr., The 1988 Amendments to the Rules on Criminal Procedure, 1989 Ed., p. 87, Feria, 1988 Amendments to the 1985 Rules on Criminal Procedure, Philippine Legal Studies, Series No. 3, p. 28を引用。

    [14] Gupit, op. cit., pp. 88-89。

    [15] Gupit, op. cit., pp. 2-3。

    [16] People v. Mahinay, G.R. No. 109613, 1995年7月17日、246 SCRA 451, 457。

    [17] People v. Mercado, No. L- 33492, 1988年3月30日、159 SCRA 453。

    [18] Cruz v. People, G.R. No. 67228, 1986年10月9日、144 SCRA 677。




    Source: Supreme Court E-Library
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