逮捕状なしの逮捕は、厳格な要件を満たさなければ違法となり、証拠として認められない
G.R. No. 240126, April 12, 2023
違法薬物所持事件において、逮捕状なしの逮捕(現行犯逮捕)の有効性と、証拠の連鎖(Chain of Custody)の重要性は、被告人の有罪・無罪を左右する極めて重要な要素です。本記事では、フィリピン最高裁判所の判例を基に、これらの法的原則を分かりやすく解説します。
はじめに
ある日、トロイ・ガルマという男性が自宅に泥棒が入ったと警察に通報しました。彼は、盗まれたラップトップの位置をGPSで追跡できると主張しました。警察はGPSの追跡を頼りに、シーザー・マーティン・パスクアという人物の家にたどり着きました。パスクアは、ラップトップのパスワード解除と再フォーマットのために、ジャメル・M・アドーマという人物から依頼されたと証言しました。この事件は、逮捕状なしの逮捕の適法性、および押収された薬物の証拠としての有効性をめぐる法的議論に発展しました。
法的背景:逮捕状なしの逮捕と証拠の連鎖
フィリピン法では、逮捕状なしの逮捕は、厳格な条件下でのみ認められています。刑事訴訟規則第113条第5項によれば、警察官または一般市民は、以下のいずれかに該当する場合に限り、逮捕状なしで逮捕することができます。
- 現に犯罪が行われている、または行われたばかりの場合
- 犯罪が行われたと信じるに足る相当な理由があり、かつ逮捕しようとする者がその犯罪を行ったと信じるに足る相当な理由がある場合
- 逃亡中の受刑者がいる場合
特に、現行犯逮捕の場合、警察官は、逮捕しようとする者が現に犯罪を行っている、または行われたばかりであることを、自身の観察に基づいて知っている必要があります。また、犯罪の発生から逮捕までの間に、時間的な即時性が求められます。これらの要件が満たされない場合、逮捕は違法となり、その結果として得られた証拠は、憲法上の排除法則により、裁判で証拠として認められません。
さらに、違法薬物事件においては、押収された薬物の証拠としての信頼性を確保するために、「証拠の連鎖(Chain of Custody)」が厳格に遵守されなければなりません。これは、薬物の押収から鑑定、裁判での提出に至るまで、その薬物が常に管理下に置かれ、同一性が保たれていることを証明する手続きです。共和国法第9165号(包括的危険薬物法)第21条は、この証拠の連鎖に関する詳細な規定を設けています。
同法によれば、逮捕チームは、薬物を押収した後、直ちに、被告人またはその代理人、メディアの代表者、司法省(DOJ)の代表者、および選出された公務員の立会いのもとで、薬物の現物を確認し、写真を撮影し、目録を作成しなければなりません。これらの要件が遵守されない場合、薬物の証拠としての信頼性が損なわれ、被告人の無罪判決につながる可能性があります。
事件の概要
本件では、警察官は、ガルマからの情報に基づいてパスクアの家を訪れ、そこでラップトップを発見しました。パスクアは、アドーマからラップトップのパスワード解除を依頼されたと証言しました。その後、警察官は、パスクアの家でアドーマを待ち伏せし、彼がラップトップを受け取りに来た際に逮捕しました。逮捕後、警察官はアドーマの所持品を捜索し、シャブ(覚せい剤)が入ったビニール袋を発見しました。
アドーマは、違法薬物所持の罪で起訴されました。裁判では、逮捕の適法性、および押収された薬物の証拠としての有効性が争点となりました。アドーマは、逮捕状なしの逮捕は違法であり、押収された薬物は証拠の連鎖が遵守されていないため、証拠として認められるべきではないと主張しました。
地方裁判所は、アドーマを有罪と判断しましたが、控訴裁判所はこれを支持しました。しかし、最高裁判所は、これらの判決を覆し、アドーマを無罪としました。その理由は、逮捕状なしの逮捕は違法であり、押収された薬物は証拠として認められないと判断したからです。
最高裁判所は、以下の点を指摘しました。
- 警察官は、アドーマが犯罪を行ったという個人的な知識を持っていなかった。ガルマからの情報だけでは、逮捕状なしの逮捕を正当化するに足る相当な理由とは言えない。
- 犯罪の発生から逮捕までの間に、時間的な即時性がなかった。ガルマが警察に通報してから、アドーマが逮捕されるまでに、数時間の経過があった。
- 証拠の連鎖が遵守されていなかった。特に、薬物の押収時に、写真撮影が行われなかった。また、必要な立会人が立ち会っていなかった。
最高裁判所は、これらの理由から、アドーマの逮捕は違法であり、押収された薬物は証拠として認められないと判断しました。その結果、アドーマは無罪となりました。
実務上の影響
本判決は、逮捕状なしの逮捕の要件、および証拠の連鎖の重要性を改めて強調するものです。警察官は、逮捕状なしで逮捕を行う際には、厳格な法的要件を遵守しなければなりません。また、違法薬物事件においては、証拠の連鎖を厳格に遵守し、薬物の証拠としての信頼性を確保しなければなりません。
本判決は、同様の事件における今後の判決に影響を与える可能性があります。弁護士は、逮捕の適法性、および証拠の連鎖の遵守状況を詳細に検討し、被告人の権利を擁護する必要があります。
重要な教訓
- 逮捕状なしの逮捕は、厳格な要件を満たさなければ違法となる。
- 違法薬物事件においては、証拠の連鎖を厳格に遵守しなければならない。
- 警察官は、逮捕の適法性、および証拠の連鎖の遵守状況を常に意識しなければならない。
よくある質問
Q: 逮捕状なしの逮捕は、どのような場合に認められますか?
A: フィリピン法では、逮捕状なしの逮捕は、現に犯罪が行われている、または行われたばかりの場合、犯罪が行われたと信じるに足る相当な理由があり、かつ逮捕しようとする者がその犯罪を行ったと信じるに足る相当な理由がある場合、逃亡中の受刑者がいる場合などに限って認められています。
Q: 証拠の連鎖とは何ですか?
A: 証拠の連鎖とは、薬物の押収から鑑定、裁判での提出に至るまで、その薬物が常に管理下に置かれ、同一性が保たれていることを証明する手続きです。この手続きが遵守されない場合、薬物の証拠としての信頼性が損なわれます。
Q: 逮捕状なしの逮捕が違法である場合、どのような影響がありますか?
A: 逮捕状なしの逮捕が違法である場合、その結果として得られた証拠は、裁判で証拠として認められません。また、被告人は、不当な逮捕によって被った損害について、損害賠償を請求することができます。
Q: 証拠の連鎖が遵守されていない場合、どのような影響がありますか?
A: 証拠の連鎖が遵守されていない場合、薬物の証拠としての信頼性が損なわれます。その結果、被告人は無罪となる可能性があります。
Q: 警察官は、逮捕の適法性、および証拠の連鎖の遵守状況をどのように確認すべきですか?
A: 警察官は、逮捕を行う前に、逮捕状なしの逮捕の要件を満たしているかどうかを慎重に確認する必要があります。また、違法薬物を押収した場合には、証拠の連鎖を厳格に遵守し、薬物の証拠としての信頼性を確保しなければなりません。
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