相当な理由の重要性:フィリピンの窃盗罪事件から学ぶ
G.R. No. 193105, 2011年5月30日
はじめに
フィリピンの法制度において、「相当な理由」(probable cause)は刑事訴訟手続きの重要な概念です。これは、検察官が刑事告発を裁判所に提出する前に、犯罪が行われた可能性が高いと信じるに足る十分な事実が存在するかどうかを判断するための基準です。相当な理由の有無は、個人の自由と公正な裁判を受ける権利に直接影響を与えるため、非常に重要です。本稿では、最高裁判所の判決であるClay & Feather International, Inc. v. Lichaytoo事件を分析し、相当な理由の概念、特に資格窃盗罪(Qualified Theft)に関連して、その法的意義と実務上の影響を解説します。この事件は、企業内紛争が刑事事件に発展する事例であり、相当な理由の判断がいかに複雑で、その後の訴訟手続きに大きな影響を与えるかを示しています。
法的背景:相当な理由と資格窃盗罪
フィリピンの刑事訴訟法において、相当な理由とは、犯罪が行われたこと、および被疑者がその犯罪を行った可能性が高いと信じるに足る十分な事実と状況を指します。これは、単なる疑いを超え、有罪判決に必要な証拠よりも低い基準ですが、根拠のない告発や嫌がらせを防ぐための重要なフィルターとして機能します。
資格窃盗罪は、フィリピン改正刑法第310条に規定されており、通常の窃盗罪(第308条)に加えて、特定の加重事由が存在する場合に成立します。第310条は、以下の状況下での窃盗を資格窃盗としています。(1)家事使用人による窃盗、(2)重大な信頼関係の濫用を伴う窃盗、(3)盗まれた物が自動車、郵便物、大型家畜である場合、(4)プランテーションの敷地から採取されたココナッツ、(5)養魚池または漁場から採取された魚、(6)火災、地震、台風、噴火、その他の災害、交通事故、または内乱の際に盗まれた財産。これらの加重事由は、犯罪の重大性を増し、より重い刑罰を科す根拠となります。
本件に関連する改正刑法第308条(窃盗罪)および第310条(資格窃盗罪)の条文は以下の通りです。
第308条 窃盗罪の責任者
窃盗は、利得の意図をもって、暴行または脅迫を用いることなく、また物に対して有形力を用いることなく、他人の財産を所有者の同意なしに取得する者によって犯される。
窃盗は、以下の者によっても犯される。
- 遺失物を拾得し、それを地方自治体または所有者に引き渡さない者
- 悪意をもって他人の財産を損壊した後、その損壊によって生じた果実または目的物を除去または使用する者
- 囲まれた地所または立ち入り禁止の野原、または他人に属する野原に入り、所有者の同意なしに、そこで狩猟または漁業を行い、または穀物、その他の森林または農産物を採取する者
第310条 資格窃盗罪
窃盗罪は、次の各号の一に該当する場合には、前条に規定する刑罰よりも2等級重い刑罰に処せられる。
- 家事使用人によって犯された場合
- 重大な信頼関係の濫用を伴って犯された場合
- 盗まれた物が自動車、郵便物、大型家畜である場合
- プランテーションの敷地から採取されたココナッツで構成されている場合
- 養魚池または漁場から採取された魚である場合
- 火災、地震、台風、噴火、その他の災害、交通事故、または内乱の際に財産が奪われた場合
本件は、会社役員である被告訴人が、会社の銃器を無断で持ち出したとして資格窃盗罪で告発された事例です。裁判所は、予備的捜査段階における相当な理由の判断基準と、本裁判における有罪立証の基準との違いを明確にしました。
事件の経緯:企業内紛争から刑事告訴へ
Clay & Feather International, Inc.事件は、銃器販売会社であるClay & Feather International, Inc. (CFII)の株主間の紛争に端を発しています。原告であるアラムブロとヒメネスは、CFIIの社長と取締役であり、被告であるリチャイトゥー兄弟は、それぞれ会社秘書役と最高財務責任者を務めていました。原告と被告は、CFIIの株式をそれぞれ50%ずつ所有していました。
原告らは、被告らが2006年2月から2007年11月にかけて、その職務上の地位を利用し、会社の銃器5丁を会社の許可なく持ち出したとして、資格窃盗罪で刑事告訴しました。これに対し、被告らは、銃器は自分たちが購入したものであり、既に全額支払済みであると反論しました。被告らは、CFIIがユーロ口座を保有していないため、銃器購入代金を自分たちのユーロ口座で管理していたと主張しました。また、一部の銃器については、被告のアレクサンダーがCFIIの輸入代金を立て替えたこととの相殺であると主張しました。
地方検察庁は、予備的捜査の結果、証拠不十分として不起訴処分としました。しかし、原告らは司法長官に審査請求を行い、司法長官は地方検察庁の処分を覆し、起訴を命じました。被告らはこれを不服として控訴裁判所に上訴しましたが、控訴裁判所は司法長官の処分を取り消し、地方検察庁の不起訴処分を支持しました。原告らはさらに最高裁判所に上告しました。
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を破棄し、司法長官の起訴命令を復活させました。最高裁判所は、予備的捜査段階では、犯罪が行われた可能性が高いと信じるに足る相当な理由が存在すれば足り、有罪判決に必要な証拠まで要求されないと判断しました。本件では、被告らが会社の役員という地位を利用して銃器を持ち出したという事実、および銃器の所有権に関する争いがあることから、資格窃盗罪の相当な理由が存在すると判断しました。
最高裁判所は判決の中で、相当な理由について以下のように述べています。
刑事訴追を開始するための相当な理由とは、犯罪が行われたこと、および被疑者がその犯罪を行った可能性が高いという確固たる信念を生じさせるに足る事実であると定義されています。相当な理由は、情報において告発された犯罪、またはそれに含まれる犯罪が、逮捕されようとしている者によって行われたと、合理的に慎重で慎重な人物が信じるに至る事実と状況の集合を意味します。相当な理由を判断する際、平均的な人は、技術的な知識を持たない証拠規則の較正に頼ることなく、事実と状況を評価します。彼は常識に頼っています。相当な理由の発見は、犯罪が行われた可能性が高く、それが被告によって行われたことを示す証拠に基づいているだけで十分です。相当な理由は、単なる疑い以上のものを要求しますが、有罪判決を正当化する証拠よりも少ないものを要求します。
実務上の影響:企業犯罪と相当な理由
本判決は、フィリピンにおける資格窃盗罪の相当な理由の判断基準を明確にした点で重要です。特に、企業内部の紛争が刑事事件に発展するケースにおいて、役員や従業員が会社の財産を管理・使用する際に注意すべき点を示唆しています。企業は、財産の管理体制を明確化し、役員や従業員による不正行為を防止するための内部統制を強化する必要があります。また、役員や従業員は、会社の財産を私的に流用することが資格窃盗罪に該当する可能性があることを認識し、職務権限を濫用しないように注意しなければなりません。
本判決から得られる教訓は以下の通りです。
- 相当な理由の基準: 予備的捜査段階では、有罪判決に必要な証拠まで要求されず、犯罪が行われた可能性が高いと信じるに足る事実があれば起訴が相当と判断される。
- 資格窃盗罪の成立要件: 会社役員が職務上の地位を利用して会社の財産を持ち出した場合、重大な信頼関係の濫用を伴う資格窃盗罪が成立する可能性がある。
- 企業内紛争のリスク: 企業内紛争が刑事事件に発展するリスクを認識し、紛争予防と早期解決に努める必要がある。
- 内部統制の重要性: 会社の財産管理体制を強化し、不正行為を防止するための内部統制を整備することが重要である。
よくある質問(FAQ)
- Q: 相当な理由とは何ですか?
A: 相当な理由とは、犯罪が行われたこと、および被疑者がその犯罪を行った可能性が高いと信じるに足る十分な事実と状況を指します。これは、検察官が起訴するかどうかを判断するための基準です。 - Q: 資格窃盗罪はどのような場合に成立しますか?
A: 資格窃盗罪は、通常の窃盗罪に加えて、重大な信頼関係の濫用などの加重事由が存在する場合に成立します。本件のように、会社役員が職務上の地位を利用して会社の財産を持ち出した場合も資格窃盗罪に該当する可能性があります。 - Q: 予備的捜査と本裁判の違いは何ですか?
A: 予備的捜査は、検察官が起訴するかどうかを判断するための手続きであり、相当な理由の有無を判断します。本裁判は、裁判所が被告の有罪・無罪を判断するための手続きであり、検察官は合理的な疑いを容れない程度に有罪を立証する必要があります。 - Q: 企業が不正行為を防止するためにできることは何ですか?
A: 企業は、財産管理体制を明確化し、内部監査を強化するなどの内部統制を整備することが重要です。また、従業員に対する倫理教育やコンプライアンス研修も効果的です。 - Q: 本判決は今後の同様の事件にどのような影響を与えますか?
A: 本判決は、資格窃盗罪の相当な理由の判断基準を明確にしたため、今後の企業犯罪に関する事件において、検察官や裁判所が相当な理由を判断する際の参考となるでしょう。特に、企業内部の紛争が刑事事件に発展するケースにおいて、本判決の教訓は重要です。
ASG Lawは、フィリピン法に関する専門知識と豊富な経験を持つ法律事務所です。企業犯罪、訴訟、紛争解決に関するご相談は、konnichiwa@asglawpartners.comまでお気軽にお問い合わせください。詳細については、お問い合わせページをご覧ください。


出典:最高裁判所電子図書館
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