本判決は、船員の糖尿病と尿管結石が労働災害と認められるか否か、また、船員の権利に関する重要な判断を示しました。最高裁判所は、船員として働く人が、職務中に糖尿病や尿管結石を発症した場合、一定の条件下で労働災害として認定されることを明確にしました。この判決は、船員の労働環境が健康に与える影響を考慮し、船員の権利を保護する上で重要な意義を持ちます。船員が安心して職務に専念できる環境を整備するために、労働災害の認定基準を明確にし、適切な補償を行うことが不可欠です。
航海中の病:糖尿病と尿管結石は船員の労働災害と認められるか?
ネルソン・M・セレスティーノ氏は、ベルケム・フィリピン社を通じてベルケム・シンガポール社に雇用され、第三航海士として勤務していました。乗船前に健康診断を受け「職務に適している」と診断されましたが、航海中に高熱や痙攣などの症状が現れ、ガーナの病院で「新規糖尿病」と診断され、本国に送還されました。その後、会社の指定医から「糖尿病」と診断され治療を受けましたが、症状は改善せず、最終的に自らの医師から「永続的な労働不能」と診断されました。セレスティーノ氏は、会社に対し、労働災害補償を求めましたが、会社はこれを拒否しました。本件の争点は、セレスティーノ氏の糖尿病と尿管結石が労働災害と認められるか、また、適切な補償が受けられるかという点です。最高裁判所は、これらの疾病が一定の条件下で労働災害と認められるとの判断を示しました。
本件において重要なのは、フィリピン海外雇用庁標準雇用契約(POEA-SEC)に基づく船員の権利です。POEA-SECは、船員が労働中に発症した疾病が、労働に関連するものであれば、補償の対象となることを定めています。セレスティーノ氏の糖尿病と尿管結石は、POEA-SECの第32条A項に掲げられた職業病には該当しませんが、第20条B項4号に基づき、労働関連性があると推定されます。そのため、会社側がこれらの疾病が労働とは無関係であることを立証する責任を負います。会社側は、糖尿病が遺伝的または代謝的な疾患であり、労働とは無関係であると主張しましたが、セレスティーノ氏の職務内容や労働環境を考慮すると、この主張は認められませんでした。
セレスティーノ氏の職務は、救命艇や消火設備の維持管理、航海日誌の作成、航海機器の操作、他の船員への訓練など、多岐にわたり、身体的にも精神的にも大きな負担がかかるものでした。また、船上での食事は、脂肪やコレステロールの高い保存食が中心であり、健康を害する要因となっていました。最高裁判所は、セレスティーノ氏の労働環境が糖尿病と尿管結石の発症または悪化に寄与したと判断し、これらの疾病を労働災害として認めました。
本判決は、会社指定医の診断期間についても重要な判断を示しました。会社指定医は、船員が本国に送還されてから120日以内に最終的な医学的評価を行う必要があります。正当な理由なく120日以内に評価が行われない場合、船員の障害は完全かつ永続的なものとみなされます。会社指定医が評価期間を延長する正当な理由がある場合(例:追加の治療が必要な場合)、診断期間は240日まで延長されます。しかし、240日以内に評価が行われない場合、船員の障害は完全かつ永続的なものとみなされます。本件では、会社指定医の診断が240日を超えて行われたため、セレスティーノ氏の障害は完全かつ永続的なものとみなされました。
本判決は、セレスティーノ氏が訴訟を提起した時期についても検討しました。セレスティーノ氏は、会社指定医の治療を受けている最中に訴訟を提起しましたが、最高裁判所は、会社指定医の診断が240日を超えて行われた時点で、セレスティーノ氏は既に完全かつ永続的な障害を負っているとみなされるため、訴訟の提起時期は問題ないと判断しました。船員は、会社指定医の診断を待つことなく、自らの医師の診断を受ける権利を有します。会社指定医の診断に納得がいかない場合、船員は自らの医師の診断を基に、労働災害補償を求めることができます。
本判決は、船員の権利保護における重要な一歩であり、今後の労働災害認定において、船員の労働環境や職務内容をより詳細に考慮するよう促すものとなるでしょう。船員の労働災害は、単なる経済的な補償の問題にとどまらず、船員の健康と安全を守り、安心して職務に専念できる環境を整備するための重要な課題です。企業は、船員の労働環境改善に積極的に取り組み、労働災害の予防に努める必要があります。
FAQs
本件の主要な争点は何ですか? | 本件の主要な争点は、船員のネルソン・M・セレスティーノ氏が患った糖尿病と尿管結石が労働災害と認められるかどうか、また、セレスティーノ氏が適切な労働災害補償を受けられるかどうかという点です。 |
POEA-SECとは何ですか? | POEA-SECとは、フィリピン海外雇用庁標準雇用契約のことで、海外で働く船員の権利と義務を定めた契約です。この契約は、船員が労働中に発症した疾病が、労働に関連するものであれば、補償の対象となることを定めています。 |
会社指定医の診断期間はどのくらいですか? | 会社指定医は、船員が本国に送還されてから120日以内に最終的な医学的評価を行う必要があります。正当な理由がある場合、診断期間は240日まで延長されますが、240日以内に評価が行われない場合、船員の障害は完全かつ永続的なものとみなされます。 |
セレスティーノ氏はいつ訴訟を提起しましたか? | セレスティーノ氏は、会社指定医の治療を受けている最中に訴訟を提起しました。しかし、最高裁判所は、会社指定医の診断が240日を超えて行われた時点で、セレスティーノ氏は既に完全かつ永続的な障害を負っているとみなされるため、訴訟の提起時期は問題ないと判断しました。 |
PEMEとは何ですか? | PEMEとは、Pre-Employment Medical Examinationの略で、雇用前の健康診断のことです。本件では、セレスティーノ氏が乗船前にPEMEを受け、「職務に適している」と診断されていました。 |
糖尿病は常に労働災害として認められますか? | 糖尿病は、一般的には労働災害として認められませんが、本件のように、労働環境が糖尿病の発症または悪化に寄与したと認められる場合は、労働災害として認められることがあります。特に、他の疾病(本件では尿管結石)を合併している場合は、労働災害として認められやすいです。 |
本判決は、今後の船員の権利にどのような影響を与えますか? | 本判決は、船員の権利保護における重要な一歩であり、今後の労働災害認定において、船員の労働環境や職務内容をより詳細に考慮するよう促すものとなるでしょう。 |
弁護士費用は誰が負担しますか? | 本判決では、会社に対し、セレスティーノ氏の弁護士費用を負担するよう命じています。これは、会社が労働災害補償を拒否したことにより、セレスティーノ氏が弁護士に依頼せざるを得なくなったためです。 |
本判決は、船員の労働環境が健康に与える影響を考慮し、船員の権利を保護する上で重要な意義を持つものです。船員が安心して職務に専念できる環境を整備するために、労働災害の認定基準を明確にし、適切な補償を行うことが不可欠です。今後の同様の事例においても、本判決が重要な判断基準となることが期待されます。
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免責事項:この分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的指導については、資格のある弁護士にご相談ください。
出典: NELSON M. CELESTINO VS. BELCHEM PHILIPPINES, INC., BELCHEM SINGAPORE PTE., AND/OR JASMIN D. SALVADOR, G.R. No. 246929, 2022年3月2日