パンデミック下における一時解雇と不当解雇の境界線
G.R. No. 268527, July 29, 2024
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、世界中の企業に大きな影響を与え、多くの企業が事業の一時停止や従業員の解雇を余儀なくされました。しかし、パンデミックを理由とした解雇は、常に合法であるとは限りません。フィリピン最高裁判所は、本件において、パンデミック下における一時解雇と不当解雇の境界線について重要な判断を示しました。企業経営者や人事担当者にとって、この判決は今後の労務管理において重要な指針となるでしょう。
法的背景:労働法と一時解雇
フィリピンの労働法は、従業員の権利を強く保護しています。正当な理由なく従業員を解雇することは違法であり、解雇された従業員は復職や損害賠償を求めることができます。一時解雇(floating status)は、企業が一時的に事業を停止する場合や、従業員に割り当てる仕事がない場合に認められる措置ですが、その期間は原則として6ヶ月を超えてはなりません。6ヶ月を超えて一時解雇の状態が続く場合、従業員は解雇されたとみなされ、不当解雇として訴えることができます。
本件に関連する重要な条項は、労働法第301条(旧第286条)です。この条項は、事業の一時停止が6ヶ月を超えない場合、従業員の雇用は終了しないと規定しています。また、労働雇用省(DOLE)は、パンデミックなどの非常事態において、一時解雇の延長に関する規則を定めたDOLE省令第215号(2020年)を発行しました。この省令では、雇用者と従業員が誠意をもって協議し、一時解雇の期間をさらに6ヶ月延長できると規定されています。ただし、延長にはDOLEへの報告が必要です。
具体的な例を挙げると、あるレストランがパンデミックの影響で一時的に閉店し、従業員を一時解雇した場合、レストランは6ヶ月以内に従業員を復職させるか、正式に解雇する必要があります。もし6ヶ月を超えて従業員を一時解雇の状態にした場合、その従業員は不当解雇として訴えることができるのです。
事件の経緯:Kariz Polintan Atelierのケース
本件の舞台は、ウェディングドレスのオーダーメイドを手がけるKariz Polintan Atelierです。2019年11月、Arlene C. Malabananはビーズ職人としてこのアトリエに採用されました。しかし、2020年3月、パンデミックの影響でアトリエは一時休業を余儀なくされ、Malabananも一時解雇となりました。同年6月、政府の規制緩和によりアトリエは一部営業を再開しましたが、Malabananは復職を許可されませんでした。
これに対し、Malabananは建設的解雇(constructive dismissal)を訴え、未払い賃金や損害賠償を求めました。彼女は、自身が正社員であり、正当な理由なく解雇されたと主張しました。一方、アトリエの経営者であるErika Karizza T. Polintanは、Malabananはパートタイム従業員であり、ビーズの仕事がある時だけ雇用していたと反論しました。また、従業員数が10人未満であるため、最低賃金の支払いを免除されると主張しました。
- 労働仲裁人(Labor Arbiter)は、Malabananの解雇の事実を証明できなかったとして、解雇に関する訴えを棄却しました。
- しかし、最低賃金との差額については、アトリエ側が最低賃金を支払った証拠を提示できなかったため、Malabananの請求を認めました。
- 国家労働関係委員会(NLRC)は、労働仲裁人の判断を覆し、Malabananが正社員であると認定しました。NLRCは、アトリエがMalabananを6ヶ月以上一時解雇の状態にしたことが建設的解雇にあたると判断しました。
- 控訴院(CA)は、NLRCの判断を支持しましたが、精神的損害賠償と模範的損害賠償の支払いを削除しました。
最高裁判所は、控訴院の判断を支持し、Malabananが不当に解雇されたと結論付けました。裁判所の判決には、以下のような重要なポイントが含まれています。
「従業員の正規雇用としての地位は、当事者の合意ではなく、法律によって定義され、規定される。」
「正規雇用を決定するのは、雇用契約(書面であるかどうかを問わず)ではなく、仕事の性質である。」
最高裁判所は、Malabananの仕事がアトリエの事業にとって必要不可欠であり、彼女が正社員として雇用されていたと判断しました。また、アトリエがMalabananを6ヶ月以上一時解雇の状態にしたことは、建設的解雇にあたると結論付けました。
実務上の影響:企業が学ぶべき教訓
本判決は、パンデミック下における一時解雇の取り扱いについて、企業に重要な教訓を与えます。企業は、従業員を一時解雇する際には、以下の点に注意する必要があります。
- 一時解雇の期間は、原則として6ヶ月を超えてはならない。
- 6ヶ月を超えて一時解雇の状態が続く場合、従業員との間で一時解雇の延長について誠意をもって協議し、合意を得る必要がある。
- 一時解雇の延長について合意した場合、その旨をDOLEに報告する必要がある。
- 従業員を解雇する場合には、正当な理由と適切な手続きが必要である。
これらの点に注意することで、企業は不当解雇のリスクを回避し、従業員との良好な関係を維持することができます。
主な教訓
- 従業員の雇用形態は、契約内容だけでなく、実際の業務内容によって判断される。
- 一時解雇の期間は、原則として6ヶ月を超えてはならない。
- パンデミックなどの非常事態においても、従業員の権利は保護される。
よくある質問(FAQ)
Q:パンデミックを理由に、従業員を解雇することはできますか?
A:パンデミックを理由に解雇することが必ずしも違法とは限りませんが、正当な理由と適切な手続きが必要です。一時解雇の期間や延長に関する規則を遵守する必要があります。
Q:一時解雇の期間を延長するには、どのような手続きが必要ですか?
A:従業員との間で一時解雇の延長について誠意をもって協議し、合意を得る必要があります。また、合意内容をDOLEに報告する必要があります。
Q:建設的解雇とは何ですか?
A:建設的解雇とは、雇用者が従業員の労働条件を著しく悪化させ、従業員が辞職せざるを得ない状況に追い込むことを指します。
Q:本判決は、どのような企業に影響を与えますか?
A:本判決は、すべての企業に影響を与えます。特に、パンデミックの影響で一時休業や従業員の一時解雇を行った企業は、本判決の内容を十分に理解し、今後の労務管理に活かす必要があります。
Q:従業員数が10人未満の場合、最低賃金の支払いを免除されますか?
A:従業員数が10人未満であっても、最低賃金の支払いが免除されるとは限りません。免除を受けるためには、一定の要件を満たす必要があります。
Q:解雇された場合、どのような権利がありますか?
A:解雇された場合、未払い賃金や退職金、損害賠償などを請求できる場合があります。弁護士に相談することをお勧めします。
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