取締役会承認なしの会社財産売却:契約無効と責任問題
[G.R. No. 129459, September 29, 1998] サン・フアン・ストラクチュラル・アンド・スティール・ファブリケーターズ社 対 控訴裁判所、モトリッチ・セールス社 事件
会社の財産を売却する場合、取締役会の承認は不可欠です。もし取締役会の承認を得ずに、例えば会社の treasurer(会計役)が独断で会社の土地を売却した場合、その契約は有効なのでしょうか?また、会社の株式の大部分を treasurer とその配偶者が所有しているというだけで、法人格否認の法理が適用されるのでしょうか?
この最高裁判所の判決は、これらの疑問に対し明確な答えを示しています。企業が不動産取引を行う上で、また、契約の有効性を判断する上で非常に重要な教訓を含む事例です。
契約の有効性:取締役会の承認の必要性
フィリピン法では、会社は法人であり、株主や役員とは別個の法的entityとして扱われます。会社の財産は、株主個人の財産ではなく、会社の財産です。したがって、会社の財産を売却するには、原則として取締役会の承認が必要となります。
この原則は、会社法(Corporation Code of the Philippines)第23条に明記されています。同条項は、会社の権限は取締役会によって行使されるべきであり、会社の事業は取締役会によって管理されるべきであることを定めています。
会社法 第23条(取締役または理事会)
別段の定めがない限り、本法に基づいて設立されたすべての会社の企業権限は、取締役または理事会によって行使され、すべての事業活動は取締役または理事会によって管理され、会社のすべての財産は取締役または理事会によって管理および保有されるものとする。取締役または理事は、株主の中から選任されるものとし、株式のない会社の場合は、会員の中から選任されるものとし、任期は1年とし、後任者が選任され資格を得るまでとする。
会社が事業を行うためには、取締役会または、定款や取締役会決議によって権限を与えられた役員や代理人を通じて行動する必要があります。会社とその役員・代理人との関係は、代理の一般原則に準拠しますが、定款、 bylaws、または関連法規の規定が優先されます。
最高裁判所は、過去の判例で「会社の役員または代理人は、会社から権限を与えられた範囲内で第三者との取引において会社を代表し、拘束することができる」と判示しています。この権限には、明示的に与えられた権限だけでなく、通常の事業活動において付随的または黙示的に与えられる権限、慣習や慣行によって役員や代理人に通常付随すると考えられる権限、そして会社が役員や代理人と取引する第三者に与えたと信じさせるような外観上の権限も含まれます。
しかし、第三者が会社の代理人と称する者と取引を行う場合、その代理権の有無だけでなく、権限の範囲も確認する義務があります。もし代理権が争われた場合、それを立証する責任は第三者、すなわち取引を主張する側にあります。
本件において、モトリッチ・セールス社は、会計役のネニタ・グルエンバーグ氏に土地売却の権限を与えたことを明確に否定しています。サン・フアン社は、グルエンバーグ氏が実際に権限を与えられていたことを証明する責任を負っていましたが、十分な証拠を提出できませんでした。定款、 bylaws、取締役会決議など、グルエンバーグ氏がそのような権限を有することを示すものは何も示されませんでした。
法人格否認の法理:濫用が認められない場合
サン・フアン社は、モトリッチ・セールス社が同族会社であり、グルエンバーグ夫妻が株式のほぼすべてを所有しているため、法人格否認の法理を適用すべきだと主張しました。そして、同族会社においては、主要株主の行為は取締役会の承認なしに会社を拘束すると主張しました。
法人格否認の法理は、会社が不正や違法行為の隠れ蓑として利用されたり、債務逃れのために利用されたりする場合に、会社の法人格を否定し、背後にいる個人に責任を負わせる法理です。しかし、この法理は濫用されるべきではなく、限定的に適用されるべきものです。
最高裁判所は、法人格否認の法理を適用するためには、会社が不正、違法行為、または不公平な行為を目的として設立・運営されていること、あるいは法人格が不正、違法、または不公平な行為を隠蔽するために利用されていることを立証する必要があると判示しました。本件では、サン・フアン社はモトリッチ・セールス社がそのような目的で設立・運営されていること、または法人格が不正行為のために利用されていることを立証できませんでした。
また、モトリッチ・セールス社は、会社法上の同族会社(close corporation)の定義にも該当しません。会社法第96条は、同族会社を定款で以下の要件を満たす会社と定義しています。
会社法 第96条(定義およびタイトルの適用)
同族会社とは、本法において、定款で以下の事項を規定している会社をいう。(1)発行済株式のすべて( treasury shares を除くすべての種類の発行済株式)が、20人を超えない特定の人数によって記録上保有されること、(2)すべての種類の発行済株式が、本タイトルで認められる譲渡制限の1つまたは複数に従うこと、(3)会社が証券取引所に上場しない、または株式のいずれの種類についても公募を行わないこと。前述にかかわらず、議決権株式または議決権の3分の2以上を、本法における同族会社ではない別の会社が所有または支配している場合、会社は同族会社とはみなされない。
モトリッチ・セールス社の定款には、これらの要件を満たす規定はありません。したがって、同社は同族会社ではなく、主要株主が株式の大部分を所有しているというだけでは、法人格否認の法理を適用する理由にはなりません。
転記された証言の変更:判決に影響なし
サン・フアン社は、グルエンバーグ氏の証言録取書の一部が改ざんされたと主張しました。具体的には、「あなたは会社から財産を売却する権限を与えられていると Co 氏に伝えましたか?」という質問に対する当初の回答「はい」が取り消され、「いいえ」に修正されたと主張しました。
しかし、裁判所は、この転記の変更が判決に重大な影響を与えないと判断しました。グルエンバーグ氏の証言全体を考慮すると、彼女は一貫して会社から売却権限を与えられていないと証言しており、問題の部分だけを取り上げて解釈することは適切ではありません。また、サン・フアン社の社長である Co 氏は、長年の企業経営経験を持つベテランであり、会社の treasurer の権限範囲を知らなかったとは考えられず、契約締結前にグルエンバーグ氏の権限を確認すべき義務を怠ったと見なされました。
損害賠償と弁護士費用:請求は棄却
サン・フアン社は、モトリッチ・セールス社とグルエンバーグ氏の悪意と不誠実な行為によって損害を被ったとして、損害賠償と弁護士費用を請求しました。しかし、裁判所は、これらの請求を裏付ける事実関係が認められないとして、請求を棄却しました。
サン・フアン社が支払った手付金は、モトリッチ・セールス社に帰属した証拠はなく、グルエンバーグ氏個人の口座に預金された可能性が示唆されています。いずれにせよ、グルエンバーグ氏は手付金の返還を申し出ており、裁判所も返還を命じました。これは、不当利得の原則(民法第2154条)に基づくものです。契約が無効であったとしても、グルエンバーグ氏は受け取った手付金を返還する義務があります。
実務上の教訓
本判決から得られる実務上の教訓は、以下のとおりです。
- 会社財産の売却には取締役会の承認が不可欠:会社の不動産などの重要な財産を売却する際は、必ず取締役会の正式な承認を得る必要があります。口頭での承認や黙示の承認では不十分であり、書面による決議が望ましいです。
- 契約締結前の相手方の権限確認:会社と契約を締結する際は、相手方の代表者が会社を代表する権限を有しているか、事前に十分に確認する必要があります。特に不動産取引のような重要な契約においては、定款、 bylaws、取締役会決議などの書面を確認することが重要です。
- 同族会社でも法人格否認の法理は限定的:会社が同族会社であっても、法人格否認の法理が安易に適用されるわけではありません。法人格否認の法理は、会社が不正な目的で利用されている場合に限定的に適用されるものであり、立証責任は主張する側にあります。
- 手付金の返還義務:契約が無効となった場合でも、受け取った手付金は不当利得として返還義務が生じます。
よくある質問(FAQ)
Q1: 会計役(Treasurer)は、取締役会の承認なしに会社の財産を売却できますか?
A1: いいえ、原則としてできません。会計役は、会社の日常的な資金管理を行う役職であり、会社の重要な財産である不動産を売却する権限は通常ありません。売却には取締役会の承認が必要です。
Q2: 取締役会の承認は、どのような形式で必要ですか?
A2: 取締役会の承認は、書面による決議で行うことが望ましいです。議事録に承認の内容を明確に記録し、出席した取締役の署名を得て保管することが重要です。
Q3: 契約書に会社の代表者として署名する人が、本当に権限を持っているか確認する方法は?
A3: 契約締結前に、相手方の会社に以下の書類の提示を求めることが有効です。
- 定款(Articles of Incorporation)
- by-laws
- 取締役会決議(Board Resolution):契約締結権限を代表者に委任する決議
- 委任状(Power of Attorney):代表者以外が署名する場合
- 商業登記簿謄本(Certificate of Good Standing):会社の現況を確認
Q4: 同族会社の場合、取締役会の承認は不要ですか?
A4: いいえ、同族会社であっても、原則として取締役会の承認は必要です。ただし、同族会社で、かつ取締役が実質的に株主と同一であるような場合には、例外的に取締役会の承認が形式的なものとみなされる場合もあります。しかし、これは非常に限定的なケースであり、原則として取締役会の承認を得るべきです。
Q5: 今回の判決は、どのような企業に特に重要ですか?
A5: 不動産を所有するすべての企業にとって重要ですが、特に中小企業や同族会社においては、役員の権限が曖昧になりがちであるため、今回の判決の教訓を十分に理解し、社内ルールを整備することが重要です。
Q6: もし取締役会の承認を得ずに契約を締結してしまった場合、どうすれば良いですか?
A6: 契約の相手方と協議し、契約を無効とすることで合意するか、または、事後的に取締役会の承認を得ることを検討する必要があります。法的な問題が生じる可能性もあるため、弁護士に相談することをお勧めします。
Q7: 法人格否認の法理が適用されるのは、どのような場合ですか?
A7: 法人格否認の法理は、会社が不正、違法行為、または不公平な行為を目的として設立・運営されている場合や、債務逃れのために利用されている場合など、非常に限定的な場合に適用されます。単に株主構成が偏っているだけでは適用されません。
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