公務員は違法な命令に従う必要はない:タブエナ対サンドゥガンバヤン事件の教訓
G.R. Nos. 103501-03 & 103507. 1997年2月17日
はじめに
公的資金の不正流用、すなわち背任は、フィリピンにおいて深刻な犯罪であり、国民の信頼を損なうだけでなく、国の発展を妨げるものです。しかし、公務員が上官からの命令に従った結果として背任罪に問われた場合、どのような法的抗弁が認められるのでしょうか?今回取り上げる最高裁判所のタブエナ対サンドゥガンバヤン事件は、この重要な問いに答えるとともに、善意の抗弁と適正手続きの原則について深く掘り下げています。この判例は、公務員が職務を遂行する上で直面する倫理的、法的なジレンマを浮き彫りにし、今後の同様の事例における重要な指針となるでしょう。
法的背景:背任罪と正当化事由
フィリピン改正刑法217条は、公的資金または財産を不正に流用した場合、背任罪が成立すると規定しています。この罪は意図的な行為だけでなく、過失によっても成立する可能性があります。重要な条文を以下に引用します。
改正刑法217条 – 公的資金または財産の背任 – 背任の推定。職務の性質上、公的資金または財産の責任を負う公務員が、その全部または一部を不正に流用、または取得もしくは不当に処理した場合、または他の者がそのような公的資金または財産を取得することを同意もしくは放棄または過失によって許可した場合、またはその他の方法でかかる資金または財産の不正流用または背任を行った場合…
しかし、刑法11条6項は、一定の条件下で刑事責任を免れる「正当化事由」を規定しており、その一つが「適法な目的のために上官から発せられた命令に従って行動する者」です。この条項は、階層的な組織における職務遂行の現実を考慮し、部下が上官の適法な命令に従うことは正当な行為とみなされる場合があることを認めています。ただし、この抗弁が認められるためには、命令が「適法な目的」のためであり、部下が命令の違法性を認識していなかった、または認識できなかったことが必要となります。
改正刑法11条 – 正当化事由。次の各号に該当する者は、刑事責任を負わない。
…
6. 適法な目的のために上官から発せられた命令に従って行動する者。
事件の経緯:5500万ペソの不正流用疑惑
事件は、マニラ国際空港庁(MIAA)の総支配人であったルイス・A・タブエナと、財務サービス部門の代理マネージャーであったアドルフ・M・ペラルタが、1986年1月にMIAAの資金5500万ペソを不正に流用した疑いで起訴されたことに始まります。彼らは、フィリピン国家建設会社(PNCC)への部分的な支払いを装い、マネージャーズチェックを発行させ、それを現金化しました。しかし、実際にはMIAAからPNCCへの未払い債務は存在せず、検察はタブエナとペラルタが共謀して資金を私的流用したと主張しました。
サンドゥガンバヤン(反汚職裁判所)は、当初、二人に背任罪で有罪判決を下しました。裁判所は、彼らの行為が通常の支払い手続きから逸脱しており、善意の抗弁は認められないと判断しました。しかし、タブエナとペラルタは最高裁判所に上訴しました。
最高裁判所では、主に以下の点が争点となりました。
- サンドゥガンバヤンは、意図的な背任罪で起訴された被告を、過失による背任罪で有罪とすることができるか?
- タブエナとペラルタは、マルコス大統領の命令に従ったとして、刑法11条6項の正当化事由を享受できるか?
- 裁判所が証人尋問に過度に介入することは、被告の適正手続きの権利を侵害するか?
最高裁判所の判断:善意と適正手続きの重視
最高裁判所は、サンドゥガンバヤンの判決を覆し、タブエナとペラルタを無罪としました。判決の主な理由は以下の通りです。
まず、最高裁判所は、情報(起訴状)が意図的な背任を主張していたとしても、証拠が過失による背任を示している場合、被告を有罪とすることは可能であるとしました。背任罪は、意図的にも過失によっても成立しうる犯罪であり、重要なのは背任罪そのものであって、その実行態様ではないという論理です。裁判所は過去の判例を引用し、意図的な犯罪で起訴された被告が、過失による犯罪で有罪となることは法的に許容されるとしました。
次に、最高裁判所は、タブエナがマルコス大統領の命令に「善意」で従ったと認定しました。判決は、マルコス大統領の覚書が「表面上は適法」(債務の支払いを指示しているため)であり、タブエナがMIAAにPNCCへの債務が存在すると信じていたことは合理的であるとしました。さらに、当時の政治状況下では、大統領の命令に逆らうことは困難であった可能性も考慮しました。裁判所は、タブエナの行為は刑法11条6項の「正当化事由」に該当すると判断しました。
「第一に、タブエナには、引き出しを行う以外の選択肢はなかった。それがマルコス覚書が彼に要求したことであったからである。彼が、大統領の指示に服従し、厳格に従わなければならなかったとしても、彼を責めることはできない。」
「大統領府からの命令であり、大統領自身の署名がある場合、それは正当に発行されたという推定を伴う。そして、その表面上、覚書は明白に合法である(なぜなら、いかなる法律も債務の支払いを違法としていないからである)。」
最後に、最高裁判所は、サンドゥガンバヤンが証人尋問に過度に介入し、被告の適正手続きの権利を侵害したとしました。裁判所は、裁判官が証人に質問することは許容されるものの、その範囲は明確化のための質問に限定されるべきであり、裁判官が検察官の役割を代行するような尋問は不適切であるとしました。本件では、サンドゥガンバヤンの裁判官による質問数が、検察官や弁護人の質問数を大幅に上回り、その内容も被告に不利な誘導尋問に偏っていたと認定しました。裁判所は、裁判官の「公平な立場」が損なわれたと判断し、これも無罪判決の理由の一つとしました。
実務への影響:公務員が留意すべき点
タブエナ対サンドゥガンバヤン事件は、公務員が職務を遂行する上で、上官の命令に従うことと、法令遵守、そして倫理的責任との間でいかにバランスを取るべきかという重要な教訓を示唆しています。この判例から得られる実務的な教訓は以下の通りです。
- 違法な命令への抵抗:上官の命令であっても、明らかに違法または不当な内容を含む場合、無批判に従うべきではありません。公務員は、法令遵守義務を負っており、違法な命令に従うことは、自らの法的責任を招く可能性があります。
- 善意の立証:善意の抗弁は、背任罪において有効な防御となりえますが、その立証は容易ではありません。善意が認められるためには、命令の適法性を信じるに足る合理的な根拠が存在し、かつ、職務遂行において過失がなかったことが必要となります。
- 適正な手続きの重要性:裁判所は、被告の適正手続きの権利を最大限に尊重すべきであり、裁判官による過度な尋問は、公平な裁判を妨げる可能性があります。被告は、裁判手続きにおける不当な介入に対して、積極的に異議を申し立てるべきです。
- 内部統制の強化:公的資金の不正流用を防止するためには、組織内部の牽制機能を強化し、複数 Personen による承認プロセスを導入することが重要です。特に高額な資金移動については、より厳格な内部統制システムを構築する必要があります。
主要な教訓
- 上官の命令が絶対的な免罪符となるわけではない。違法な命令には抵抗する義務がある。
- 善意の抗弁は有効だが、立証は困難。合理的な根拠と過失の不存在が鍵となる。
- 裁判官の過度な介入は適正手続き違反。不当な尋問には異議を申し立てる。
- 組織的な内部統制の強化が不正防止に不可欠。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:上官の命令に従えば、常に罪に問われないのですか?
回答:いいえ、上官の命令が適法な目的のためであり、かつ、命令に従うことが適法な手段で行われた場合に限ります。違法な命令に従った場合や、命令の執行方法が違法な場合は、刑事責任を免れません。 - 質問2:善意の抗弁はどのような場合に認められますか?
回答:善意の抗弁が認められるためには、被告が行為時に違法性を認識しておらず、かつ、その認識に合理的な理由があったことが必要です。単なる「知らなかった」では不十分で、客観的に見て違法性を認識することが困難であった状況を立証する必要があります。 - 質問3:裁判官が証人に質問することは違法なのですか?
回答:いいえ、裁判官が事実関係を明確にするために証人に質問することは認められています。しかし、その質問は中立的かつ明確化を目的としたものでなければならず、誘導尋問や被告に不利な印象を与えるような質問は不適切です。 - 質問4:MIAA事件の判決は、今後の同様の事件にどのような影響を与えますか?
回答:この判決は、公務員が上官の命令に従った場合の責任、善意の抗弁の有効性、および適正手続きの重要性に関する重要な判例となります。今後の裁判所は、同様の事件において、この判例を参考に判断を下すことが予想されます。 - 質問5:公務員として、違法な命令を受けないためにはどうすればよいですか?
回答:日頃から法令遵守の意識を高め、倫理的な判断力を養うことが重要です。また、組織内には、違法行為を内部告発できるような制度を構築することも有効です。 - 質問6:不正な命令に従ってしまった場合、どのような法的責任を負いますか?
回答:不正な命令の内容や、関与の程度によって、刑事責任、民事責任、行政責任を負う可能性があります。早急に弁護士に相談し、適切な対応を取ることをお勧めします。 - 質問7:背任罪で起訴された場合、どのような弁護活動が有効ですか?
回答:背任罪の成否は、事実認定と法律解釈に大きく左右されます。弁護士は、事件の経緯を詳細に分析し、無罪または減刑につながる証拠を収集します。また、善意の抗弁や適正手続き違反など、法的な抗弁を検討し、裁判所に対して主張します。 - 質問8:企業として、従業員が不正な命令に従わないようにするためには、どのような対策を講じるべきですか?
回答:企業倫理綱領を策定し、従業員への倫理教育を徹底することが重要です。また、内部通報制度を整備し、従業員が安心して不正行為を報告できる環境を整備する必要があります。さらに、コンプライアンス体制を強化し、法令遵守を組織文化として根付かせる取り組みが求められます。
汚職と闘うことは、透明性と公正さを促進するために不可欠です。ASG Lawは、比類のない専門知識と献身的な取り組みにより、フィリピンにおける不正行為の複雑さを乗り越えるお手伝いをいたします。不正な命令や背任罪に関するご相談は、konnichiwa@asglawpartners.comまでお気軽にお問い合わせください。詳細については、お問い合わせページをご覧ください。ASG Lawは、マカティとBGCにオフィスを構える、フィリピンを代表する法律事務所です。