不当な優先権は競争入札の公平性を損なう:最高裁判所判決の教訓
[G.R. No. 124293, 2000年11月20日]
公開入札は、政府調達や国有資産の売却において、公正な競争を通じて最適な条件を引き出すための重要なメカニズムです。しかし、入札プロセスに不当な優先権が組み込まれると、競争の公平性が損なわれ、本来の目的が達成されなくなる可能性があります。本稿では、フィリピン最高裁判所の画期的な判決であるJGサミット・ホールディングス対控訴裁判所事件を分析し、公開入札における優先権の限界と、競争の公平性を守るための重要な教訓を解説します。
はじめに:競争入札における「トップ入札権」の是非
フィリピンの国有造船会社フィリピン造船エンジニアリング公社(PHILSECO)の株式売却を巡り、興味深い法的紛争が発生しました。政府はPHILSECOの株式の公開入札を実施しましたが、入札規則には、特定の企業に「トップ入札権」、つまり最高入札価格を上回る価格で落札できる権利が付与されていました。この権利を行使した企業が現れたことで、最高価格入札者であったJGサミット・ホールディングスは、落札を逃すことになりました。JGサミットは、この「トップ入札権」が競争入札の公平性を損なうとして、裁判所に訴えを起こしました。本事件は、公開入札における優先権の適法性、特に憲法や公共政策との整合性が問われた重要な事例です。
法的背景:公開入札と優先交渉権、そしてフィリピン憲法の外国資本規制
フィリピン法において、政府調達や国有資産の処分は、原則として公開入札による競争入札方式で行われることが求められています。これは、透明性と公平性を確保し、国民の利益を最大化するためです。公開入札は、すべての入札者に平等な機会を提供し、最も有利な条件を提示した者に契約を付与することを目的としています。関連法規としては、政府調達改革法(Republic Act No. 9184)や、政府会計監査規則などが挙げられます。
一方、本件で問題となった「優先権」は、契約当事者間で合意されることがありますが、公開入札においては、その適法性が厳しく問われます。特に、国有資産の売却においては、憲法や関連法規の制約を受けるため、優先権の設計には慎重な検討が必要です。
さらに、PHILSECOは造船業を営む企業であり、フィリピン法上「公共事業」に該当する可能性があります。フィリピン憲法第12条第11項は、公共事業の運営にはフィリピン国民が60%以上の資本を所有する企業にのみ許可を与えるとしています。この外国資本規制は、本件の「トップ入札権」の適法性を判断する上で重要な要素となりました。憲法第12条第11項の条文は以下の通りです。
「第11項 公共事業の経営に関する特許状、証明書その他の形式の許可は、フィリピン国民又はフィリピンの法律に基づいて組織された法人若しくは協会であって、その資本の少なくとも60パーセントがそのような国民によって所有されているものでなければ、付与してはならない。また、そのような特許状、証明書又は許可は、独占的なものであってはならず、50年を超える期間にわたってはならない。また、そのような特許状又は権利は、公益が要求する場合に議会が修正、変更又は廃止できることを条件としなければ、付与してはならない。国は、公共事業への一般公衆による資本参加を奨励するものとする。公共事業企業の統治機関への外国人投資家の参加は、その資本における比例的な持分に限定されるものとし、そのような法人又は協会のすべての執行役員及び管理役員は、フィリピン国民でなければならない。」
本件では、この憲法規定が、公開入札における「トップ入札権」の適法性とどのように関連するかが争点となりました。
事件の経緯:入札、トップ入札権の行使、そして裁判闘争へ
事件の経緯を時系列で見ていきましょう。
- 1977年:国営投資開発公社(NIDC)と川崎重工業株式会社(川崎重工)が、フィリピン造船エンジニアリング公社(PHILSECO)の共同事業契約(JVA)を締結。NIDCが60%、川崎重工が40%の株式を保有。JVAには、一方の当事者が株式を譲渡する場合、他方に「同一条件での優先買取権」を付与する条項が含まれていました。
- 1986年:NIDCがPHILSECOの権利をフィリピン国家銀行(PNB)に譲渡。その後、PNBのPHILSECO株式は国家政府に移管。
- 1990年:資産民営化信託(APT)が、政府のPHILSECO株式の民営化(売却)を決定。APTと川崎重工は、JVAに基づく優先買取権を「最高入札価格の5%上乗せによる落札権」と交換することで合意。川崎重工は、子会社のフィリヤーズ・ホールディングス(PHI)にこの権利を行使させることを通知。
- 1993年9月:公開入札説明会が開催され、入札希望者にJVAと入札規則(ASBR)が配布。ASBRには、政府保有のPHILSECO株式87.67%を一括で公開入札にかけること、最低入札価格を13億ペソとすること、などが定められていました。
- 1993年12月2日:公開入札実施。JGサミット・ホールディングスを中心とするコンソーシアムが20億3000万ペソで最高価格入札者となる。
- 1993年12月3日:民営化委員会(COP)が、JGサミット・コンソーシアムへの売却を承認。ただし、「川崎重工/PHIによる5%のトップ入札権」を条件とする。
- 1993年12月29日:JGサミットがAPTに対し、PHIのトップ入札に異議を申し立て。理由として、①PHIコンソーシアムには、入札で敗れた企業も含まれており、入札規則違反である、②トップ入札権は川崎重工のみが行使できるはずである、③PHIにトップ入札権を与えるのは第三者への不当な利益供与である、④公開入札には優先買取権は適用されない、などを主張。
- 1994年2月7日:APTがJGサミットに対し、PHIがトップ入札権を行使し、COPがこれを承認したことを通知。
- 1994年2月24日:APTとPHIが株式購入契約を締結。
- その後:JGサミットは、マンダマス訴訟(作為命令訴訟)を提起。控訴裁判所はJGサミットの請求を棄却。JGサミットは最高裁判所に上訴。
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を覆し、JGサミットの訴えを認めました。最高裁判所は、入札規則に定められた「トップ入札権」が、公開入札の公平性を損ない、憲法および公共政策に違反すると判断しました。裁判所の主な判断理由は以下の通りです。
「APTがKHI/PHIにトップ入札権を認めたことは、競争入札のルールに違反するものであり、最高価格入札者がオークションの対象の落札資格を得るというルールを逸脱している。事実上、KHI/PHIへのトップ入札権の付与は、二回目の入札に類似しているが、二回目の入札は、入札不調の場合、例えば、入札者が一人しかいない場合や、誰もいない場合にのみ認められるものである。」
裁判所は、トップ入札権が、本来最高価格入札者となるべきJGサミットの権利を侵害し、公正な競争の機会を奪ったと指摘しました。また、PHILSECOが公共事業に該当する可能性が高いことを考慮し、外国資本の割合を制限する憲法の趣旨にも反すると判断しました。
実務上の教訓:公開入札における公平性と透明性の確保
本判決は、今後の公開入札において、非常に重要な教訓を示唆しています。特に、政府機関が国有資産を売却する際、または公共事業に関連する契約を締結する際には、入札プロセスの公平性と透明性を最大限に確保する必要があります。
教訓1:不当な優先権の排除
本件のように、特定の企業に「トップ入札権」のような不当な優先権を付与することは、競争入札の公平性を著しく損ないます。すべての入札者は、平等な条件の下で競争する機会が与えられるべきであり、特定の企業にのみ有利なルールは排除されるべきです。入札規則は、事前に明確かつ公平に定められ、すべての入札者に周知される必要があります。
教訓2:憲法および関連法規の遵守
国有資産の売却や公共事業に関連する入札においては、憲法や関連法規の制約を遵守する必要があります。特に、外国資本規制や公共事業の定義など、関連する法的規定を十分に理解し、入札プロセスに反映させることが重要です。本件では、PHILSECOが公共事業に該当する可能性があったため、外国資本の割合が問題となりました。入札設計の段階で、これらの法的制約を考慮に入れる必要があります。
教訓3:入札プロセスの透明性の確保
公開入札プロセスは、透明性が確保されなければなりません。入札規則、評価基準、落札者決定プロセスなど、すべての情報が公開され、入札者がアクセスできるようにする必要があります。本件では、入札規則に「トップ入札権」が定められていたものの、その法的根拠や妥当性について十分な検討がなされたとは言えません。入札プロセス全体を通じて、透明性を確保し、疑義が生じないように努めることが重要です。
教訓4:デューデリジェンスの重要性
入札に参加する企業は、入札規則を詳細に検討し、不明な点や疑問点があれば、入札機関に質問するなど、デューデリジェンスを徹底する必要があります。本件でJGサミットは、入札規則に「トップ入札権」が含まれていることを認識していましたが、その違法性を争うために訴訟を提起しました。入札参加企業は、リスクを事前に評価し、法的問題点があれば、専門家のアドバイスを受けることも検討すべきです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 公開入札とは何ですか?
A1. 公開入札とは、政府機関や企業が物品やサービスを調達したり、資産を売却したりする際に、広く一般に入札参加者を募り、競争によって最適な条件を引き出す方式です。透明性、公平性、競争性の確保を目的としています。
Q2. なぜ公開入札が必要なのですか?
A2. 公開入札は、政府支出の無駄をなくし、汚職を防止し、国民の税金を有効に活用するために不可欠です。また、企業にとっては、公正な競争の機会が与えられることで、ビジネスチャンスを拡大することができます。
Q3. 「優先買取権」とは何ですか?
A3. 優先買取権とは、特定の者が、ある資産が第三者に売却される場合に、その第三者と同じ条件で優先的に買い取る権利です。契約や法律に基づいて発生することがあります。
Q4. 「トップ入札権」は合法ですか?
A4. 「トップ入札権」の合法性は、状況によって異なります。本件判決では、公開入札における「トップ入札権」は、競争の公平性を損なうとして違法と判断されました。しかし、個別の契約や法律で認められる場合もあります。法的専門家にご相談ください。
Q5. 外国企業はフィリピンの公共事業に投資できますか?
A5. フィリピン憲法により、公共事業の経営は、フィリピン国民が60%以上の資本を所有する企業に限定されています。外国企業が公共事業に投資する場合は、この資本規制を遵守する必要があります。
Q6. 入札規則に不当な条項が含まれている場合、どうすればよいですか?
A6. 入札規則に不当な条項が含まれていると思われる場合は、入札機関に異議を申し立てることができます。また、法的措置を検討することも可能です。弁護士にご相談ください。
Q7. 本判決は、今後の公開入札にどのような影響を与えますか?
A7. 本判決は、フィリピンにおける公開入札の公平性と透明性を重視する姿勢を明確に示しました。今後の公開入札においては、不当な優先権の排除、憲法および関連法規の遵守、入札プロセスの透明性の確保がより一層求められることになるでしょう。
公開入札に関する法的問題でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、フィリピン法務に精通した弁護士が、お客様のビジネスを強力にサポートいたします。
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Source: Supreme Court E-Library
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