定款の不提出はフィリピン法人の自動解散理由にはならず:最高裁判所の判例解説
G.R. No. 117188, August 07, 1997
はじめに
フィリピンで事業を営む皆様にとって、会社設立後の定款提出は重要な手続きの一つです。しかし、もし提出が遅れてしまった場合、会社が自動的に解散してしまうのではないかと不安に思われる方もいるかもしれません。本記事では、この疑問に対し、フィリピン最高裁判所の重要な判例である「ロヨラ・グランド・ヴィラズ・ホームオーナーズ(サウス)アソシエーション対控訴裁判所事件」を基に解説します。この判例は、定款の提出遅延が直ちに法人の自動解散に繋がらないことを明確に示しており、企業の皆様に安心と正しい法的理解を提供することを目的としています。
背景
ロヨラ・グランド・ヴィラズ・ホームオーナーズ・アソシエーション(LGVHAI)は、1983年に設立された住宅所有者協会でしたが、設立から1ヶ月以内に定款を提出しませんでした。その後、別の住宅所有者協会が設立され、LGVHAIの登録取消しを求めました。争点となったのは、会社法第46条が定める定款提出義務の不履行が、法人の自動解散を招くかどうかでした。
法的背景:フィリピン会社法における定款の役割と不提出の場合の法的影響
フィリピン会社法は、法人の設立と運営に関する基本的なルールを定めています。定款は、会社設立時に作成される基本規程であり、事業目的、資本構成、組織運営など、会社の根幹を定める重要な書類です。会社法第46条は、法人設立後1ヶ月以内の定款提出を義務付けていますが、その文言解釈を巡っては、提出遅延が法人の法的地位にどのような影響を与えるのか、様々な議論がありました。
会社法第46条は以下のように規定しています。
第46条 定款の採択。本法に基づいて設立されたすべての法人は、証券取引委員会(Securities and Exchange Commission)から法人設立証明書の交付の正式通知を受け取ってから1ヶ月以内に、本法と矛盾しない法人の統治のための定款を採択しなければならない。(以下省略)
この条文の「しなければならない (must)」という文言から、定款提出が義務であり、期限内の提出が法人存続の絶対条件であるかのように解釈される可能性がありました。しかし、会社法自体には、定款不提出の場合の具体的な制裁規定が明確に定められていませんでした。そこで、関連法規である大統領令902-Aが重要な役割を果たします。
大統領令902-Aは、証券取引委員会(SEC、現HIGC)の権限を定めており、その第6条(l)は、定款の不提出を法人登録の停止または取消理由の一つとして挙げています。しかし、重要なのは、同条が「適切な予告と聴聞の後 (after proper notice and hearing)」という手続きを要求している点です。これは、定款不提出があったとしても、直ちに登録が取り消されるのではなく、法人に弁明の機会が与えられることを意味します。
この判例以前にも、定款不提出と法人解散の関係については議論がありましたが、最高裁判所は、Chung Ka Bio v. Intermediate Appellate Court判決において、定款不提出は自動解散理由ではなく、登録取消しの「理由の一つに過ぎない」との判断を示していました。今回のロヨラ・グランド・ヴィラズ事件は、この判例の立場を改めて明確にするものでした。
事件の経緯:ロヨラ・グランド・ヴィラズ事件の詳細
事件は、高級住宅地ロヨラ・グランド・ヴィラズ内で複数の住宅所有者協会が設立されたことに端を発します。元々存在したLGVHAIは、設立当初から定款を提出していませんでした。その後、別の協会(北部協会、南部協会)が設立され、HIGC(住宅保険・保証公社、旧HFC)に登録されました。LGVHAIは、自身の登録が有効であると主張し、北部協会と南部協会の登録取消しを求め、紛争が表面化しました。
HIGCの審理官は、LGVHAIの訴えを認め、LGVHAIを唯一の適法な住宅所有者協会と認定し、北部協会と南部協会の登録を取り消す判決を下しました。南部協会はこれを不服としてHIGCの上訴委員会に上訴しましたが棄却され、さらに控訴裁判所へ上訴しました。控訴裁判所もHIGCの決定を支持し、南部協会の訴えを退けました。
南部協会は、最高裁判所に対し、控訴裁判所の判決を不服として上告しました。南部協会の主な主張は、会社法第46条の「しなければならない (must)」という文言は義務規定であり、定款不提出はLGVHAIの自動解散を招く、というものでした。また、大統領令902-Aが定款不提出を登録取消理由としているのは、会社法の趣旨に反する無効な規定であるとも主張しました。
最高裁判所は、南部協会の主張を退け、控訴裁判所の判決を支持しました。判決の中で、最高裁判所は以下の点を明確にしました。
- 会社法第46条の「しなければならない (must)」は、必ずしも義務規定ではなく、文脈によっては訓示規定と解釈される場合がある。
- 会社法第46条の条文全体を考慮すると、立法府は定款の期限内提出を絶対的な義務とは考えていない。
- 大統領令902-Aは、定款不提出を登録取消理由としているが、これは適法な規定であり、会社法と矛盾しない。
- 定款不提出は、自動解散理由ではなく、登録取消しの「理由の一つ」に過ぎず、取消しには適切な予告と聴聞の手続きが必要である。
最高裁判所は、議事録も参照し、立法府が定款不提出による自動解散を意図していなかったことを確認しました。また、Chung Ka Bio v. Intermediate Appellate Court判決を引用し、定款不提出は法人解散の理由にはなるものの、自動解散には繋がらないという解釈を改めて示しました。
判決の中で、最高裁判所は重要な理由として次のように述べています。
「…大統領令902-A第6条(I)に基づき、SECは、とりわけ「所定の期間内に定款を提出しなかった」という理由で、「適切な予告と聴聞の後、法人の特許または登録証明書を停止または取り消す」権限を与えられている。この規定から明らかなように、まず第一に、理由の存在を判断するための聴聞が必要であり、第二に、そのような所見があったとしても、罰則は必ずしも取消しではなく、特許の一時停止に過ぎない場合もある。」
さらに、
「…重要なのは、事後的な条件への実質的な準拠は、法人格を完成させるのに十分であるということである。法人組織の設立と事業取引の開始は、事後的な条件であり、法人格取得の前提条件ではない。定款の採択と提出もまた、事後的な条件である。会社法第19条に基づき、法人は、証券取引委員会がその公印の下に法人設立証明書を発行した日から法人格を開始し、法人化されたとみなされる。これは、会社法第46条に基づき「法人設立証明書の交付の正式通知を受け取ってから1ヶ月以内」に採択しなければならない定款の提出前であっても可能である。」
実務上の意義:本判決が企業に与える影響と教訓
本判決は、フィリピンで事業を行う企業にとって、非常に重要な実務上の意義を持ちます。まず、定款の提出遅延が直ちに法人の自動解散に繋がらないことが明確になったことで、企業は不必要な不安から解放されます。定款提出は重要な手続きではありますが、期限を多少過ぎてしまった場合でも、適切な手続きを踏むことで法人格を維持できる道が開かれました。
しかし、これは定款提出を軽視して良いという意味ではありません。定款は、会社運営の基本ルールを定める重要な書類であり、速やかに作成・提出することが望ましいです。定款不提出は、登録取消しの理由となり得るため、放置すれば事業継続に支障をきたす可能性があります。本判決は、自動解散を否定しましたが、定款提出義務自体を否定したわけではありません。
企業は、定款提出期限を厳守し、万が一遅延してしまった場合は、速やかにHIGC(またはSEC)に連絡し、指示を仰ぐべきです。また、定款だけでなく、その他の会社法上の義務(年次報告書の提出、登録事項の変更届出など)も遵守することが重要です。これらの義務を怠ると、罰金や登録取消しなどの制裁を受ける可能性があります。
主な教訓
- 定款の提出遅延は自動解散を招かない:会社法第46条の定款提出義務は重要ですが、期限を過ぎても直ちに法人格が失われるわけではありません。
- 登録取消しには手続きが必要:定款不提出を理由に登録を取り消す場合でも、HIGC(またはSEC)は適切な予告と聴聞の手続きを経る必要があります。
- 定款提出義務は依然として重要:定款不提出は登録取消しの理由となり得るため、期限内の提出を心がけるべきです。
- 法令遵守の重要性:定款だけでなく、会社法上の他の義務も遵守し、健全な企業運営を行うことが重要です。
よくある質問 (FAQ)
- 質問1:定款提出期限はいつですか?
回答:フィリピン会社法では、法人設立証明書の交付の正式通知を受け取ってから1ヶ月以内と定められています。 - 質問2:定款提出が遅れた場合、どうすれば良いですか?
回答:速やかにHIGC(またはSEC)に連絡し、遅延理由を説明し、指示を仰いでください。可能な限り早急に定款を提出することが重要です。 - 質問3:定款不提出以外に、会社が解散する理由は何がありますか?
回答:会社法には、定款不提出以外にも、事業目的の達成不能、事業の継続困難、株主総会の決議、裁判所の命令など、様々な解散理由が定められています。 - 質問4:HIGCとSECの違いは何ですか?
回答:HIGCは、主に住宅所有者協会などの監督機関であり、SECは、より広範な企業全般を監督する機関です。本判例当時はHIGCが住宅所有者協会を管轄していましたが、管轄は変更される可能性があります。 - 質問5:定款作成や提出について専門家のサポートは必要ですか?
回答:定款は法的に重要な書類ですので、弁護士などの専門家のサポートを受けることをお勧めします。特に、複雑な事業内容や組織構成の場合は、専門家のアドバイスが不可欠です。
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