不同意性交における強制・脅迫の立証:フィリピン最高裁判所ドレウ事件判決の教訓
[G.R. No. 126282, June 20, 2000] フィリピン国対ウィルソン・ドレウ別名「アダン・ドレウ」事件
フィリピンにおいて、性犯罪、特に強姦罪は重大な犯罪と位置付けられています。しかし、同意のない性行為、すなわち強姦罪の立証は、被害者の証言の信用性、強制や脅迫の有無など、多くの点で困難を伴います。今回の最高裁判所判決、ドレウ対フィリピン国事件は、強姦罪における「強制と脅迫」の解釈、および被害者の証言の重要性について、重要な判例を示しています。本稿では、この判決を詳細に分析し、実務上の意義と教訓を解説します。
強姦罪における「強制・脅迫」の法的定義
フィリピン刑法第335条は、強姦罪を「女性に対し、性器の挿入または性器と肛門もしくは性器と口の結合を、強制力、脅迫、または欺瞞を用いて、あるいは女性が意識不明またはその他の理由で判断力を欠いている状態を利用して行う」犯罪と定義しています。ここで重要なのは、「強制力 (force)」と「脅迫 (intimidation)」の概念です。最高裁判所は、過去の判例において、「強制力」とは物理的な暴行だけでなく、被害者に抵抗を諦めさせるほどの精神的な圧迫も含むと解釈しています。「脅迫」とは、被害者に恐怖心を与え、抵抗を断念させるような言動を指します。
重要な先例として、ペレス対フィリピン国事件(G.R. No. 129213, December 2, 1999)では、「脅迫または威嚇が、被害者が抵抗または被告人の欲求に従わない場合、脅迫が実行されるという合理的な恐怖心を被害者の心に生じさせるかどうか」が判断基準とされています。抵抗が無駄である場合、抵抗しないことは性的暴行への同意とはみなされません。被害者が死ぬまで抵抗したり、強姦犯の手で身体的傷害を負ったりする必要はありません。性交が彼女の意志に反して行われた場合、または彼女がそうしなければ危害が加えられるという真の懸念から屈した場合で十分です。
ドレウ事件の概要:事件の経緯と裁判所の判断
本件は、ウィルソン・ドレウ被告が、被害者ジョセフィン・ゲバラに対し、友人ミンダ・ドレシンの協力を得て強姦を犯したとして起訴された事件です。地方裁判所はドレウ被告に有罪判決を下し、終身刑と3万ペソの慰謝料、訴訟費用を支払うよう命じました。ドレウ被告はこれを不服として上訴しました。
事件の経緯は以下の通りです。
- 1986年5月10日夜、被害者は友人とダンスパーティーに参加。
- 翌11日午前1時頃、帰宅途中に友人ドレシンの誘いでドレシンの家に立ち寄る。
- ドレシンの店に連れて行かれ、店内で待機中にドレウ被告が現れる。
- ドレウ被告は被害者の頭にラグビーボールの臭いがするジャケットを被せ、意識を朦朧とさせる。
- 刃物で脅迫し、草むらに連れ込み、抵抗を許さず強姦。被害者は意識を失う。
- 被害者は意識を取り戻した後、出血に気づき、助けを求める。
裁判において、ドレウ被告は、被害者との性行為は合意に基づくものであり、強制や脅迫はなかったと主張しました。また、被害者の証言には矛盾点が多く、信用できないと主張しました。しかし、最高裁判所は、これらの主張を退け、地方裁判所の有罪判決を支持しました。
最高裁判所は、判決理由の中で以下の点を強調しました。
- 被告と被害者が恋人関係であったという証拠はない。被告の主張は裏付けに欠ける。
- 被害者の証言は一貫しており、信用できる。細部の矛盾は些細なものであり、証言全体の信用性を損なうものではない。
- 被告は事件後に被害者に結婚を申し出ている。これは罪の意識の表れと解釈できる。
- 医学的証拠は必須ではない。強姦罪の立証に医学的検査は不可欠ではない。
特に、裁判所は、被害者が「良い方法で」と被告に懇願したにもかかわらず、被告が聞き入れなかった事実、ラグビー臭のするジャケットで意識を朦朧とさせたこと、刃物で脅迫したことなどを「強制と脅迫」の証拠と認定しました。また、被害者が事件後すぐに被害を訴え、一貫して被告の処罰を求めている点も、証言の信用性を裏付けるものとしました。
判決では、被害者への慰謝料を3万ペソから5万ペソに増額し、さらに5万ペソの民事賠償金の支払いを命じました。
実務上の意義と教訓:今後の強姦事件への影響
ドレウ対フィリピン国事件判決は、フィリピンにおける強姦罪の立証において、以下の重要な教訓を示しています。
- 被害者の証言の重要性:被害者の証言は、直接的な証拠として非常に重要視される。証言の細部の矛盾よりも、一貫性と全体的な信用性が重視される。
- 「強制・脅迫」の解釈の柔軟性:物理的な暴力だけでなく、精神的な圧迫や恐怖心を与える行為も「強制・脅迫」に含まれる。
- 医学的証拠の必要性:強姦罪の立証に医学的検査は必須ではない。被害者の証言が信用できる場合、医学的証拠がなくても有罪判決は可能である。
- 被告の行動の解釈:事件後の被告の行動(結婚の申し出、逃亡など)は、罪の意識の表れとして解釈されることがある。
この判決は、今後の強姦事件の裁判において、被害者の保護を強化し、正当な処罰を実現するための重要な判例となるでしょう。特に、被害者の証言の信用性判断、および「強制・脅迫」の立証において、裁判官の判断に大きな影響を与えると考えられます。
強姦罪に関するFAQ
- Q: 強姦罪で有罪となるための要件は何ですか?
A: 強姦罪で有罪となるためには、不同意の性交、および強制力、脅迫、または欺瞞のいずれかの使用が立証される必要があります。 - Q: 被害者の証言だけで有罪判決は可能ですか?
A: はい、可能です。被害者の証言が信用でき、他の状況証拠と矛盾しない場合、被害者の証言のみで有罪判決が下されることがあります。 - Q: レイプキット検査は必ず必要ですか?
A: いいえ、必須ではありません。レイプキット検査は有力な証拠となり得ますが、被害者の証言が十分に信用できる場合、検査結果がなくても有罪となることがあります。 - Q: 交際関係にある場合でも強姦罪は成立しますか?
A: はい、成立します。交際関係(恋人、婚約者など)にあっても、同意のない性交は強姦罪となり得ます。恋愛感情は性行為の同意の免罪符にはなりません。 - Q: 強姦被害に遭った場合、まず何をすべきですか?
A: まず、安全な場所に避難し、警察に通報してください。証拠保全のため、着衣のままシャワーを浴びたり、下着を交換したりしないでください。医療機関を受診し、必要な検査と治療を受けてください。 - Q: 強姦事件の告訴時効はありますか?
A: いいえ、フィリピンでは強姦罪を含む重大犯罪に告訴時効はありません。
強姦事件は、被害者に深刻な心身の傷跡を残す重大な犯罪です。ASG Lawは、性犯罪被害者の権利擁護、および刑事事件における弁護活動に尽力しています。強姦事件に関するご相談は、konnichiwa@asglawpartners.comまでお気軽にお問い合わせください。また、お問い合わせページからもご連絡いただけます。性犯罪事件に精通した弁護士が、あなたの権利を守り、正当な救済を得られるよう全力でサポートいたします。