カテゴリー: インフラストラクチャー

  • フィリピンにおけるインフラプロジェクトに対する差止命令の禁止:最高裁判所の判例解説

    インフラプロジェクトへの差止命令は認められない:政府の経済発展努力を尊重する最高裁判所の判例

    G.R. No. 124130, June 29, 1998

    イントロダクション

    フィリピンの経済発展において、インフラプロジェクトは重要な役割を果たしています。しかし、これらのプロジェクトが訴訟によって遅延することは、国の経済に深刻な影響を与えかねません。大統領令1818号は、まさにそのような事態を防ぐために制定されました。本判例、ガルシア対ブルゴス判事事件は、この大統領令の重要性を改めて強調し、裁判所が政府のインフラプロジェクトの進行を妨げる差止命令を発行することを厳格に禁じています。本稿では、この判例を詳細に分析し、その教訓と実務への影響を解説します。

    法的背景:大統領令1818号とその目的

    大統領令1818号は、正式名称を「政府のインフラプロジェクト、鉱業、漁業、森林、その他の天然資源開発プロジェクト、または政府が運営する公共事業に関する事件、紛争、または論争において、フィリピンのいかなる裁判所も、いかなる差止命令、予備的差止命令、または予備的義務的差止命令を発行する管轄権を有しない」と定める法律です。この法律の目的は、条文にも明記されているように、「政府の不可欠なプロジェクトの追求を妨げたり、混乱させたりしないため」、そして「国家の経済開発努力を挫折させないため」です。つまり、国家の経済発展を優先し、重要なインフラプロジェクトが訴訟によって不当に遅延することを防ぐことにあります。

    最高裁判所も、この大統領令の趣旨を尊重し、行政通達13-93号および68-94号を通じて、下級裁判所に対し、政府のインフラプロジェクトに対する差止命令の発行を厳に禁止してきました。これらの通達は、裁判官に対し、大統領令1818号を厳格に遵守するよう求め、違反者には警告を発しています。

    本判例は、まさにこのような法的枠組みの中で、下級裁判所が誤ってインフラプロジェクトに対する差止命令を発行した事例であり、最高裁判所が改めて大統領令1818号の重要性を確認し、その厳格な適用を求めたものです。

    事件の経緯:セブ・サウス・リクレーション・プロジェクトを巡る訴訟

    本件は、セブ・サウス・リクレーション・プロジェクトという大規模なインフラプロジェクトを巡って争われました。プロジェクトの概要は以下の通りです。

    • 政府の40億ペソ規模のプロジェクトであり、日本政府からの円借款によって資金調達される国家プロジェクト
    • メトロ・セブ開発プロジェクト(MCDP III)の重要な構成要素であり、大統領および国家経済開発庁(NEDA)によって承認済み
    • セブ市が実施機関として指定され、公共事業道路庁(DPWH)およびメトロ・セブ開発プロジェクト・オフィス(MCDPO)が協力

    このような国家プロジェクトに対し、マラヤン・インテグレーテッド・インダストリーズ・コーポレーション(以下「マラヤン社」)が、特定履行、契約無効宣言、損害賠償、および差止命令を求める訴訟を提起しました。マラヤン社は、過去にセブ州政府との間でリクレーションプロジェクトに関する契約を締結しており、今回のプロジェクトがその既得権を侵害すると主張しました。

    地方裁判所は、マラヤン社の申立てに基づき、一時的差止命令(TRO)を発行。これに対し、政府側は、大統領令1818号および最高裁判所の通達を根拠に、裁判所の管轄権を争いました。しかし、地方裁判所は政府側の主張を退け、予備的差止命令を発行しました。この地方裁判所の決定を不服として、政府側が最高裁判所にRule 65に基づく特別訴訟(Certiorari)を提起したのが本件です。

    最高裁判所の判断:地方裁判所の差止命令は違法

    最高裁判所は、地方裁判所の差止命令を明確に違法であると判断し、取り消しました。判決の要旨は以下の通りです。

    • 大統領令1818号の明確な文言:最高裁判所は、大統領令1818号が「インフラプロジェクトに関する事件において、いかなる差止命令も発行する管轄権を裁判所に与えていない」と明確に定めている点を強調しました。
    • リクレーションはインフラプロジェクト:マラヤン社は、リクレーションプロジェクトはインフラプロジェクトに該当しないと主張しましたが、最高裁判所は、過去の判例(マラヤン・インテグレーテッド・インダストリーズ・コーポレーション対控訴裁判所事件)を引用し、リクレーションがインフラプロジェクトであることを改めて確認しました。
    • 大統領の承認:マラヤン社は、プロジェクトが適切に承認されていないと主張しましたが、最高裁判所は、大統領が1979年の覚書でプロジェクトを原則承認していること、および大統領府の証明書によっても承認が確認されていることを指摘しました。
    • マラヤン社の既得権の不存在:マラヤン社は、優先交渉権(right of first refusal)を侵害されたと主張しましたが、最高裁判所は、マラヤン社と政府との間に有効な契約が存在しないこと、および優先交渉権は公共入札を排除するものではないことを指摘しました。公共入札は、政府契約において競争原理を導入し、公共の利益を保護するための重要なメカニズムです。

    最高裁判所は、以上の理由から、地方裁判所の差止命令が「重大な裁量権の濫用であり、管轄権を欠く違法なもの」であると結論付けました。判決文中で、最高裁判所は、地方裁判所の判断が「遺憾である」と述べ、インフラプロジェクトの遅延が国家経済に与える影響を憂慮しました。さらに、裁判官に対し、最高裁判所の判例および通達を遵守するよう強く訓戒しました。

    最高裁判所は、判決の中で以下の重要な言葉を述べています。

    「裁判所は、法律がそれを許可し、緊急性がそれを要求する場合にのみ、差止命令を発行すべきである。」

    この言葉は、差止命令の発行には慎重な判断が求められること、そして、特に公益に関わるインフラプロジェクトにおいては、その必要性が厳格に吟味されるべきであることを示唆しています。

    実務への影響と教訓

    本判例は、フィリピンにおけるインフラプロジェクトの推進において、非常に重要な教訓を与えてくれます。

    • 大統領令1818号の絶対的な効力:裁判所は、政府のインフラプロジェクトに対する差止命令の発行を厳格に禁じられています。地方裁判所がこの規定に違反した場合、最高裁判所によって是正されることは明らかです。
    • インフラプロジェクトの定義の広さ:リクレーションプロジェクトもインフラプロジェクトに含まれることが改めて確認されました。この定義は広く解釈される可能性があり、他の類似のプロジェクトにも適用される可能性があります。
    • 優先交渉権の限界:優先交渉権は、公共入札を免除するものではありません。政府は、公共の利益のために、競争入札を通じて最適な契約者を選ぶ権利を有しています。
    • 裁判官の責務:裁判官は、最高裁判所の判例および通達を遵守し、インフラプロジェクトの遅延を招くような差止命令の発行を慎むべきです。

    主要な教訓

    • 政府のインフラプロジェクトに対する差止命令は、大統領令1818号によって厳格に禁止されている。
    • リクレーションプロジェクトはインフラプロジェクトに含まれる。
    • 優先交渉権は公共入札を排除するものではない。
    • 裁判官は、最高裁判所の判例を尊重し、慎重に職務を遂行すべきである。

    よくある質問(FAQ)

    1. 質問1:大統領令1818号は、どのような場合に適用されますか?

      回答:大統領令1818号は、政府のインフラプロジェクト、鉱業、漁業、森林、その他の天然資源開発プロジェクト、または政府が運営する公共事業に関する事件、紛争、または論争に適用されます。

    2. 質問2:リクレーションプロジェクトはインフラプロジェクトに含まれますか?

      回答:はい、最高裁判所の判例によれば、リクレーションプロジェクトはインフラプロジェクトに含まれます。

    3. 質問3:優先交渉権があれば、必ず契約を締結できますか?

      回答:いいえ、優先交渉権は、公共入札において他の提案と同等の条件であれば、優先的に契約交渉ができる権利です。公共入札自体を免除するものではありません。

    4. 質問4:裁判所が差止命令を発行できる例外的なケースはありますか?

      回答:大統領令1818号は、差止命令の発行を原則として禁止していますが、憲法上の権利侵害など、極めて例外的な状況下においては、裁判所が差止命令を発行する余地が全くないわけではありません。ただし、その要件は非常に厳格であり、本判例のようなケースでは認められません。

    5. 質問5:インフラプロジェクトに関する訴訟で、企業は何に注意すべきですか?

      回答:インフラプロジェクトに関する訴訟においては、大統領令1818号の存在を常に念頭に置く必要があります。差止命令を求める訴訟は、原則として認められないため、他の法的手段を検討する必要があります。また、契約交渉においては、優先交渉権の限界を理解し、公共入札のルールを遵守することが重要です。

    本稿では、ガルシア対ブルゴス判事事件を詳細に解説しました。ASG Lawは、フィリピン法、特にインフラプロジェクト関連法務に精通しており、お客様の事業を強力にサポートいたします。ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

    konnichiwa@asglawpartners.com

    お問い合わせはこちら

  • フィリピンにおけるインフラプロジェクトの差し止め命令:裁判所はどこまで介入できるのか?最高裁判所の判例解説

    裁判所はインフラプロジェクトへの差し止め命令を発行できない:政府入札における司法の限界

    G.R. No. 108869, 平成9年5月6日

    イントロダクション

    フィリピンでは、インフラプロジェクトの遅延は経済発展に深刻な影響を与え、国民生活にも支障をきたす可能性があります。公共事業の入札プロセスにおける紛争は、しばしばプロジェクトの遅延の大きな原因となります。しかし、裁判所が政府の入札プロセスに過度に介入すると、行政の裁量権を侵害し、かえって公共の利益を損なう可能性があります。本判例は、裁判所がインフラプロジェクトに関連する差し止め命令を発行することの制限、および政府機関の入札評価における裁量権の尊重という重要な原則を明確にしています。この判例を詳細に分析することで、政府入札プロセスにおける司法の適切な役割と、企業が留意すべき実務的な教訓を学びましょう。

    法的背景:政府インフラプロジェクトと裁判所の差し止め命令

    フィリピンでは、政府のインフラプロジェクトの円滑な進行を保護するため、プレジデンシャル・デクリー(大統領令)No. 1818によって、裁判所がこれらのプロジェクトに対する差し止め命令を発行する権限が厳しく制限されています。この法令の第1条は、

    「フィリピンのいかなる裁判所も、インフラプロジェクト、または鉱業、漁業、森林、その他の天然資源開発プロジェクト、公共公益事業(商品輸送、港湾運送、艀内荷役契約を含む)に関するいかなる事件、紛争、または論争においても、いかなる者、団体、または政府職員に対しても、当該プロジェクトの遂行または継続、または当該公共公益事業の運営、または当該遂行、実施、または運営に必要な合法的な活動の遂行を禁止する、いかなる差し止め命令、仮差し止め命令、または仮の義務的差し止め命令を発行する管轄権を有しない。」

    と明確に規定しています。これは、インフラプロジェクトが国家の発展に不可欠であり、遅延によって公共の利益が損なわれることを認識した上で、裁判所による介入を抑制するためのものです。ここでいう「インフラプロジェクト」とは、道路、橋梁、鉄道、空港、港湾、通信施設、灌漑、治水・排水、給水・下水システム、海岸防護、電力施設、公共建築物、学校、病院、および政府の資本投資の一部をなすその他の関連建設プロジェクトを指します。

    さらに、政府のインフラ契約に関する主要な法令であるプレジデンシャル・デクリーNo. 1594は、入札プロセスにおける政府機関の裁量権を広範に認めています。入札評価において政府は、「入札の本質および有効性に影響を与えない軽微な逸脱の考慮を放棄する権利を留保する」と規定されています。これは、入札手続きの厳格性と効率性を両立させるための規定であり、些細な不備によって入札全体が無効になることを防ぎつつ、政府の最善の利益を追求することを可能にしています。

    事件の経緯:DECS対ビッグ・ベルタ・コンストラクション

    本件は、教育文化スポーツ省(DECS)が実施したソソゴン州立芸術工芸大学(SCAT-PATVEP)の修復・改修工事の入札プロセスに端を発します。ビッグ・ベルタ・コンストラクション社(以下、ビッグ・ベルタ社)は入札に参加しましたが、入札書類の提出において、規定された3部ではなく原本1部のみを提出しました。DECSの入札委員会は、この不備を理由にビッグ・ベルタ社の入札を「不適合」と判断し、開札を見送りました。

    これに対し、ビッグ・ベルタ社は、自社が入札要件を満たしているにもかかわらず不当に落札を拒否されたとして、地方裁判所に差し止め命令と契約履行の訴えを提起しました。地方裁判所は、ビッグ・ベルタ社の主張を認め、DECS入札委員会に対して、一時的な差し止め命令、予備的差し止め命令、さらにはビッグ・ベルタ社を落札者として契約を締結するよう命じる予備的義務的差し止め命令を発行しました。

    DECSは、地方裁判所の命令はプレジデンシャル・デクリーNo. 1818に違反する違法なものであるとして、最高裁判所に certiorari 訴訟を提起しました。最高裁判所は、DECSの訴えを認め、地方裁判所の命令を破棄しました。

    最高裁判所の判断:地方裁判所の命令は重大な裁量権の濫用

    最高裁判所は、地方裁判所が差し止め命令を発行した行為は、以下の2つの理由から重大な裁量権の濫用にあたると判断しました。

    1. プレジデンシャル・デクリーNo. 1818への違反:最高裁判所は、地方裁判所がインフラプロジェクトであるSCAT-PATVEPの修復・改修工事に対して差し止め命令を発行したことは、プレジデンシャル・デクリーNo. 1818の明確な禁止規定に違反する行為であるとしました。裁判所は、「この法律条項は、裁判所がインフラプロジェクトの遂行または継続を阻止するために差し止め命令を発行することを禁じている」と強調しました。
    2. 差し止め命令発令の要件欠如:最高裁判所は、予備的差し止め命令および予備的義務的差し止め命令を発令するための要件が満たされていないと判断しました。差し止め命令は、保護されるべき権利が存在し、かつ差し止め命令の対象となる行為がその権利を侵害している場合にのみ発行されるべきです。最高裁判所は、ビッグ・ベルタ社が入札書類の提出要件を満たしていない以上、保護されるべき権利は存在しないとしました。裁判所は、「入札フォームの要件を遵守しなかったことは、政府にとって入札を無効にする『軽微な逸脱』であると地方裁判所裁判官は主張した。我々は同意しない」と述べ、入札要件の不備は軽微な逸脱とは言えず、入札を無効とする正当な理由となるとしました。

    実務上の教訓:政府入札における企業の留意点

    本判例は、政府入札に参加する企業にとって、以下の重要な教訓を示唆しています。

    • 入札要件の厳格な遵守:入札書類の形式的な要件であっても、軽視せずに厳格に遵守することが不可欠です。本件のように、些細な不備が落札を逃す原因となりかねません。
    • 政府機関の裁量権の尊重:政府機関は、入札プロセスにおいて広範な裁量権を有しています。裁判所は、その裁量権を尊重し、重大な裁量権の濫用がない限り、介入を控えるべきです。企業は、入札結果に不満がある場合でも、まずは政府機関との対話を通じて解決を目指すべきです。
    • 法的手段の慎重な検討:差し止め命令は、インフラプロジェクトにおいては非常に限定的にしか認められません。法的手段を検討する際には、プレジデンシャル・デクリーNo. 1818の制約を十分に理解し、弁護士と相談の上、慎重に判断する必要があります。

    主要なポイント

    • 裁判所は、プレジデンシャル・デクリーNo. 1818により、インフラプロジェクトに対する差し止め命令の発行を厳しく制限されている。
    • 政府機関は、入札評価において広範な裁量権を有しており、裁判所は原則としてその裁量権を尊重すべきである。
    • 入札参加企業は、入札要件を厳格に遵守し、政府機関との対話を通じて紛争解決を目指すべきである。

    よくある質問(FAQ)

    1. 質問1:インフラプロジェクトとは具体的にどのようなものを指しますか?

      回答:インフラプロジェクトとは、道路、橋梁、鉄道、空港、港湾、通信施設、灌漑、治水・排水、給水・下水システム、海岸防護、電力施設、公共建築物、学校、病院など、政府の資本投資の一部をなす建設プロジェクト全般を指します。

    2. 質問2:なぜ裁判所はインフラプロジェクトに差し止め命令を出せないのですか?

      回答:プレジデンシャル・デクリーNo. 1818は、インフラプロジェクトの遅延が国家の発展に重大な悪影響を及ぼすことを考慮し、裁判所による安易な差し止め命令の発行を制限することで、プロジェクトの円滑な進行を保障するために制定されました。

    3. 質問3:入札書類の軽微な不備は、必ずしも入札を無効にする理由にはならないと聞きましたが?

      回答:プレジデンシャル・デクリーNo. 1594は、政府が入札の「軽微な逸脱」を waived(放棄)する権利を認めています。しかし、これは政府機関の裁量に委ねられており、裁判所が waived を強制することはできません。また、本判例では、入札書類の部数不足は「軽微な逸脱」とは見なされないと判断されました。

    4. 質問4:政府の入札プロセスに不満がある場合、企業はどうすればよいですか?

      回答:まずは、政府機関に対して正式な異議申し立てを行うことが重要です。それでも解決しない場合は、弁護士に相談し、法的手段を検討することになりますが、インフラプロジェクトの場合は、差し止め命令による救済は非常に限られていることを理解しておく必要があります。

    5. 質問5:本判例は、今後の政府入札にどのような影響を与えますか?

      回答:本判例は、裁判所が政府の入札プロセス、特にインフラプロジェクトにおいては、より慎重な姿勢で臨むべきであることを改めて明確にしました。企業側も、入札要件の遵守を徹底し、政府機関の裁量権を尊重する姿勢が求められます。

    政府入札、契約紛争に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。当事務所は、マカティ、BGCを拠点とし、フィリピン法に精通した弁護士が、日本語と英語でリーガルサービスを提供しています。お気軽にご連絡ください。

    メールでのお問い合わせはkonnichiwa@asglawpartners.comまで。
    お問い合わせはお問い合わせページから。