企業内紛争の管轄権は地方裁判所へ:証券規制法による重要な変更点
G.R. No. 140453, 2000年10月17日
フィリピンにおける企業紛争の管轄権は、長年にわたり証券取引委員会(SEC)に属すると考えられてきました。しかし、2000年に最高裁判所が下したトランスファーム対大宇事件の判決は、この状況に大きな変化をもたらしました。この判決は、共和国法8799号、通称「証券規制法」が施行されたことにより、企業内紛争の管轄権がSECから地方裁判所(RTC)に移管されたことを明確にしたのです。本稿では、この重要な判例を詳細に分析し、企業法務の実務に与える影響について解説します。
管轄権の変更:ビジネス紛争解決における重要な転換点
企業間の紛争、特に合弁事業や企業組織に関連する問題は、複雑で時間のかかる訴訟に発展することが少なくありません。紛争解決の迅速性と効率性は、ビジネスの継続性と成長にとって不可欠です。トランスファーム対大宇事件は、管轄裁判所の変更という、一見すると技術的な問題に焦点を当てていますが、その背後には、企業紛争の解決プロセスを大きく変える可能性を秘めた重要な法的原則が存在します。
法的背景:大統領令902-Aと共和国法8799号
長らくフィリピンでは、大統領令902-A第5条に基づき、企業内紛争はSECの専属管轄に属すると解釈されてきました。企業内紛争とは、企業組織、運営、または株主、役員、取締役間の権利に関連する紛争を指します。SECは、専門的な知識と迅速な紛争解決能力が期待され、企業紛争の効果的な処理機関として機能していました。
しかし、共和国法8799号(証券規制法)が2000年に施行され、状況は一変します。同法第5.2条は、大統領令902-A第5条に列挙されたすべての事件に関するSECの管轄権を、「一般管轄権を有する裁判所または適切な地方裁判所」に移管することを明記しました。ただし、最高裁判所は、これらの事件の管轄権を行使する地方裁判所支部を指定できるとされています。重要な点は、証券規制法は、SECに係属中の企業内紛争事件については、最終決議のために提出された日から1年以内に解決されるべき事件に限り、管轄権を留保するとしたことです。
この条項は、法的手続きの迅速化と効率化を目指し、企業紛争の解決をより一般的な裁判制度に組み込むことを意図したものです。法律の文言は以下の通りです。
「5.2. 大統領令第902-A号第5条に列挙されたすべての事件に関する委員会の管轄権は、ここに一般管轄権を有する裁判所または適切な地方裁判所に移管される。ただし、最高裁判所はその権限の行使において、これらの事件の管轄権を行使する地方裁判所支部を指定することができる。委員会は、最終決議のために提出された企業内紛争に関する係属中の事件で、本法典の制定から1年以内に解決されるべきものについては、管轄権を留保する。委員会は、2000年6月30日現在で提起された支払い停止/更生事件で係属中のものについては、最終的に処分されるまで管轄権を留保する。」[1]
法律は、裁判所の管轄権と手続きを規制する法規は、一般的に、制定時に係属中で未決定の訴訟に適用されると解釈されます。[2]本件は、証券取引委員会に提起されたものでも、同委員会に係属中のものでも、ましてや同委員会による最終決議の準備が整ったものでもなく、改正法に基づき、地方裁判所が明らかに管轄権を有することになります。
トランスファーム対大宇事件の詳細
トランスファーム対大宇事件は、まさにこの管轄権の変更が争点となったケースです。事案の経緯を詳しく見ていきましょう。
- 1994年、トランスファーム社(Transfarm)と大宇社(Daewoo Corporation)は、フィリピンにおける大宇自動車の製造・販売に関する合弁事業契約を締結しました。
- 合弁契約に基づき、トランスデーウ自動車製造会社(TAMC)が設立される予定で、株式の70%をトランスファーム社、30%を大宇社が保有することになりました。
- TAMCは、大宇製品の製造、組立、マーケティング、卸売・小売、アフターサービスを行うことになりました。
- トランスファーム社とTAMCは、別途契約を締結し、トランスファーム社をフィリピンにおける大宇自動車の独占販売代理店とすることになりました。
- 合弁契約には、契約に関連する紛争は香港での仲裁によって解決される旨の条項が含まれていましたが、契約自体はフィリピン法に準拠し、フィリピン法に従って解釈されることとされていました。
- 1997年12月、契約関係が悪化し、トランスファーム社とTAMCは、大宇社と大宇自動車株式会社(DMCL)を相手取り、セブ市地方裁判所第5支部に訴訟を提起しました(民事訴訟CEB-21367号)。DMCLは韓国法に基づいて設立された法人であり、フィリピンでは事業を行っていませんでした。
- 原告らは、被告らに対し、フィリピン国内で自動車事業を直接的または間接的に行うことを差し止めるよう求めました。
- 1998年1月20日、大宇社とDMCLは、訴えの却下申立てを行い、その理由として、本件はSECの専属管轄に属する企業内紛争であることを主張しました。
- 1998年3月25日、地方裁判所は却下申立てを却下し、被告らに答弁書の提出を命じました。
- トランスファーム社とTAMCは、控訴裁判所に職権濫用訴訟、差止命令訴訟、職務遂行命令訴訟を提起しました。
- 控訴裁判所は、1999年7月29日の判決で、本件の管轄権はSECにあると判断し、原告らの訴えを認め、地方裁判所の訴えを却下するよう命じました。
- 原告らの再審請求は棄却されました。
- これに対し、原告らは最高裁判所に上訴しました。
最高裁判所は、事件の審理中に証券規制法が制定されたことを重視しました。判決の中で、最高裁は次のように述べています。
「制定時に係属中で未決定の訴訟に適用されると解釈される裁判所の管轄権と手続きを規制する法律。本件は、証券取引委員会に提起されたものでも、同委員会に係属中のものでも、ましてや同委員会による最終決議の準備が整ったものでもなく、改正法に基づき、地方裁判所が明らかに管轄権を有することになる。」
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を破棄し、事件をセブ市地方裁判所に差し戻し、さらなる審理を行うよう命じました。この判決により、証券規制法の管轄権移管規定が、法律施行前に提起された事件にも遡及的に適用されることが明確になりました。
実務への影響と教訓
トランスファーム対大宇事件の判決は、フィリピンにおける企業紛争の管轄権に関する重要な先例となりました。この判決から得られる主な教訓は以下の通りです。
- 企業内紛争の管轄権は地方裁判所へ: 証券規制法の施行により、企業内紛争の管轄権は原則としてSECから地方裁判所へ移管されました。
- 遡及適用: 管轄権移管規定は、法律施行前に提起された事件にも遡及的に適用されます。
- 紛争解決戦略の見直し: 企業は、紛争が発生した場合、管轄裁判所が地方裁判所であることを念頭に置き、訴訟戦略を立てる必要があります。
- 法律改正への注意: 法改正は、係属中の訴訟にも影響を与える可能性があるため、常に最新の法改正情報を把握しておくことが重要です。
よくある質問(FAQ)
Q1:企業内紛争とは具体的にどのような紛争を指しますか?
A1:企業内紛争とは、企業組織、運営、または株主、役員、取締役間の権利に関連する紛争を指します。例えば、合弁事業契約の解釈、取締役の責任、株主総会の決議の有効性などが該当します。
Q2:証券規制法が施行される前は、企業内紛争はどこが管轄していましたか?
A2:証券規制法が施行される前は、大統領令902-Aに基づき、証券取引委員会(SEC)が企業内紛争の専属管轄権を有していました。
Q3:証券規制法の施行により、なぜ管轄権が地方裁判所に移ったのですか?
A3:証券規制法は、裁判制度の効率化と迅速化を目指し、企業紛争を一般的な裁判制度に組み込むことを目的として、管轄権を地方裁判所に移管しました。
Q4:現在、企業内紛争はどこに訴えを提起すればよいですか?
A4:証券規制法の施行により、企業内紛争は原則として地方裁判所に訴えを提起する必要があります。
Q5:SECに係属中の企業内紛争事件はどうなりますか?
A5:証券規制法は、SECに係属中の企業内紛争事件のうち、最終決議のために提出された日から1年以内に解決されるべきものについては、SECが管轄権を留保すると規定しています。それ以外の係属中の事件は、地方裁判所に移送される可能性があります。
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[1] Sec. 5, Chapter II.
[2] Teofilo Martinez vs. People of the Philippines, G.R. No. 127694, 31 May 2000.