カテゴリー: 経済犯罪

  • フィリピン最高裁判所判例解説:偽造通貨の所持と使用における「使用の意図」の重要性

    意図の証明が鍵:偽造通貨事件における最高裁判所の判断

    G.R. No. 194367, 2011年6月15日

    日常生活において、偽造通貨の問題は、個人や企業にとって深刻な影響を及ぼす可能性があります。知らず知らずのうちに偽造通貨を受け取ってしまい、法的責任を問われるリスクも存在します。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、MARK CLEMENTE Y MARTINEZ @ EMMANUEL DINO, PETITIONER, VS. PEOPLE OF THE PHILIPPINES, RESPONDENT. (G.R. No. 194367) を詳細に分析し、偽造通貨の不法所持および使用に関する重要な法的原則、特に「使用の意図」の証明の重要性について解説します。この判例は、偽造通貨事件における検察側の立証責任の重さを示すとともに、個人が不当な罪に問われることのないよう、重要な保護規定を明確にしています。

    偽造通貨の不法所持と使用罪:フィリピン刑法第168条の法的背景

    フィリピン刑法第168条は、偽造された国庫券、銀行券、その他の信用証券の不法所持および使用を犯罪として規定しています。この条文は、経済の安定と信頼性を維持するために、偽造通貨の流通を厳しく取り締まることを目的としています。重要なのは、第168条が単なる偽造通貨の所持だけでなく、「使用の意図」を要件としている点です。つまり、偽造通貨を所持しているだけでは犯罪とはならず、それを使用する意図があって初めて犯罪が成立します。この「使用の意図」の証明は、検察側に課せられた重要な立証責任であり、単に偽造通貨を所持していたという事実だけでは、有罪判決を下すことはできません。

    刑法第168条の条文は以下の通りです。

    第168条 偽造国庫券若しくは銀行券その他の信用証券の違法な所持及び使用 ─ 前数条のいずれかの規定に該当する行為に該当する場合を除き、本節に言及する偽造又は偽造された証券のいずれかを使用する意図をもって故意に使用し又は所持する者は、当該条項に規定する刑よりも一段低い刑に処する。[強調追加]

    過去の判例、People v. Digoro (G.R. No. L-22032, 1966年3月4日) においても、最高裁判所は「偽造された国庫券または銀行券の所持だけでは、それ以上のことがなければ、犯罪とはならない」と判示しています。第168条に基づく犯罪を構成するためには、所持が「当該偽造された国庫券または銀行券を使用する意図をもって」行われる必要があると強調しました。

    事件の経緯:逮捕、裁判所の判断、そして最高裁へ

    本件の被告人、マーク・クレメンテは、マニラ市刑務所に収監中の囚人でした。事件の発端は、2007年8月5日、刑務所内の情報提供者から、クレメンテが偽造500ペソ紙幣を渡して刑務所内のパン屋でソフトドリンクを買うように指示したという情報が刑務官に寄せられたことでした。パン屋の従業員が紙幣が偽造であると気づき、受け取りを拒否したため、刑務官は情報提供者とともにクレメンテの房を抜き打ち検査しました。検査の結果、クレメンテの財布から24枚の偽造500ペソ紙幣が発見され、彼は刑法第168条違反で起訴されました。

    地方裁判所(RTC)は、検察側の証拠を信用し、クレメンテを有罪と判断しました。RTCは、抜き打ち検査で偽造紙幣が発見された状況や、紙幣の枚数を考慮すると、刑務官によるフレームアップの可能性は低いとしました。また、刑務官が不正な動機でクレメンテを逮捕したとは認められないとしました。一方、控訴裁判所(CA)もRTCの判決を支持し、クレメンテの控訴を棄却しました。

    しかし、最高裁判所(SC)は、下級裁判所とは異なる判断を下しました。SCは、検察側が犯罪の重要な要素である「使用の意図」を合理的な疑いを容れない程度に証明できていないと判断しました。情報提供者であるフランシス・デラ・クルスが証人として出廷しなかったことが、検察側の立証を大きく弱めたとSCは指摘しました。刑務官の証言は伝聞証拠に過ぎず、クレメンテが実際に偽造紙幣を使用しようとしたという直接的な証拠は提示されなかったとしました。

    最高裁判所は判決の中で、重要な点を強調しています。

    「本件において、検察は、請願者が偽造通貨を使用したこと、または偽造紙幣を使用する意図があったことを示すことができませんでした。請願者がソフトドリンクを買うために偽造500ペソ紙幣を渡したとされるフランシス・デラ・クルスは、法廷に証人として出廷しませんでした。刑務官によると、彼らはフランシス・デラ・クルスから、請願者が偽造500ペソ紙幣を使ってマニラ市刑務所のパン屋でソフトドリンクを買うように頼んだと知らされただけでした。要するに、刑務官は、請願者がフランシス・デラ・クルスに500ペソ紙幣を使うように頼んだという個人的な知識を持っていませんでした。彼らの説明は伝聞であり、個人的な知識に基づいたものではありません。」

    さらに、最高裁判所は、23枚もの偽造紙幣が所持されていた事実だけでは「使用の意図」を示すには不十分であるとしました。意図は心の状態であり、それを具体的に示すためには、何らかの明白な行為が必要であると述べました。

    実務上の意義:今後の同様の事件への影響と教訓

    この最高裁判所の判決は、今後の偽造通貨事件において重要な先例となります。特に、「使用の意図」の証明が不可欠であり、検察側は単なる所持以上の証拠を提示する必要があることを明確にしました。この判例は、個人が偽造通貨を不注意に所持してしまった場合でも、直ちに犯罪者として扱われるわけではないことを示唆しています。重要なのは、その通貨を「使用する意図」があったかどうかです。

    企業や個人は、この判例から以下の教訓を得ることができます。

    • 偽造通貨対策の強化: 現金を取り扱う businesses は、偽造通貨を識別するための研修や機器の導入を検討すべきです。
    • 従業員への教育: 従業員が偽造通貨を受け取ってしまった場合の適切な対応手順を教育することが重要です。警察への届け出や、上司への報告など、明確なガイドラインを定めるべきです。
    • 法的アドバイスの重要性: 万が一、偽造通貨に関わる事件に巻き込まれた場合は、速やかに法律専門家、例えばASG Lawのような法律事務所に相談し、適切な法的アドバイスを受けることが不可欠です。

    よくある質問 (FAQ)

    1. Q: 刑法第168条で処罰されるのはどのような行為ですか?
      A: 刑法第168条は、偽造された国庫券、銀行券などを「使用する意図をもって」所持または使用する行為を処罰します。
    2. Q: 「使用の意図」とは具体的に何を意味しますか?
      A: 「使用の意図」とは、偽造通貨を真正な通貨として流通させ、経済取引に利用しようとする意図を指します。単に偽造通貨を保管しているだけでは該当しません。
    3. Q: 知らずに偽造通貨を所持していた場合も罪になりますか?
      A: いいえ、知らずに偽造通貨を所持していた場合は、刑法第168条の罪には問われません。ただし、偽造であると知った後に使用したり、所持し続けたりすると罪に問われる可能性があります。
    4. Q: 検察はどのように「使用の意図」を証明する必要がありますか?
      A: 検察は、「使用の意図」を合理的な疑いを容れない程度に証明する必要があります。状況証拠だけでなく、直接的な証拠、例えば、偽造通貨を使用しようとした具体的な行為や、使用を計画していたことを示す証拠などが求められます。
    5. Q: 本判例から得られる最も重要な教訓は何ですか?
      A: 本判例から得られる最も重要な教訓は、偽造通貨事件において「使用の意図」の証明が不可欠であるということです。検察は単に偽造通貨の所持を立証するだけでは不十分であり、被告人がそれを使用する意図があったことを明確に証明する必要があります。

    ご不明な点や、偽造通貨に関する法的問題でお困りの際は、ASG Lawまでお気軽にご相談ください。当事務所は、刑事事件、経済犯罪に精通しており、お客様の権利保護のために尽力いたします。

    konnichiwa@asglawpartners.com
    お問い合わせはこちら

  • 偽造通貨の意図的所持と使用:証拠による有罪認定の基準

    本判決は、偽造米ドル紙幣の不法な所持および使用に関するもので、フィリピン最高裁判所は、証拠に基づいて被告の有罪を認める判決を下しました。この判決は、通貨の偽造に関与する個人に対する厳格な法的措置を明確にし、単なる所持だけでなく、使用する意図を伴う場合に犯罪が成立することを強調しています。具体的には、被告が偽造通貨を所持していただけでなく、実際にそれを使用しようとした明白な行為があったため、有罪とされました。本判決は、法執行機関が偽造通貨の取り締まりにおいて、犯罪者の意図と具体的な行動を立証する必要があることを示しています。

    偽造通貨販売の罠:違法行為の意図はどこまで立証が必要か?

    事の発端は、中央銀行への密告でした。密告者は、とある人物が偽造米ドル紙幣に関与していることを通報。おとり捜査の結果、その人物から偽造ドル紙幣が購入され、これが事件の発端となりました。その後、中央銀行とアメリカ合衆国シークレットサービスの合同チームが、いわゆる「バスト作戦」を実施。この作戦で、被告は偽造ドル紙幣を所持し、販売しようとした現行犯で逮捕されました。この事件は、被告が偽造通貨を所持していただけでなく、それを使用する意図があったかどうか、そしてその証拠が十分であるかが争点となりました。

    被告は一貫して無罪を主張し、身に覚えのないことだと訴えました。彼は、友人であるレイナルド・デ・グズマンの妻、ノラ・ディゾンに会うためにレストランにいただけであり、保険金の支払いを手助けする約束をしていたと主張。彼女から書類が入っていると思われる封筒を受け取った直後、逮捕されたと述べました。しかし、検察側の証拠は、被告が偽造ドル紙幣を所持し、それを販売しようとしていたことを示していました。特に、覆面捜査官が被告に偽造ドル紙幣の買い手として紹介された際、被告は財布から10枚の偽造100ドル紙幣を取り出し、それを見せようとしたという証言がありました。さらに、中央銀行の捜査官であるペドロ・ラビタとジョニー・マルケタは、この場面を目撃しており、彼らの証言は互いに矛盾していませんでした。

    裁判所は、これらの証拠を総合的に判断し、被告が偽造通貨を所持し、使用する意図があったと認定しました。重要なのは、被告が偽造ドル紙幣を「使用する意図」を持っていたという要素です。刑法第168条は、偽造通貨の不法な所持だけでなく、それを使用する意図を伴う場合に犯罪が成立すると規定しています。裁判所は、被告が覆面捜査官に偽造ドル紙幣を見せようとした行為が、まさにこの「使用する意図」を示す明白な行為であると判断しました。また、裁判所は、被告が逮捕された際に所持していた偽造ドル紙幣が、彼自身の所持品であったことも重視しました。

    被告は、自身が罠に嵌められたと主張しましたが、裁判所はこの主張を退けました。裁判所は、法執行官が職務を遂行する際には適法性を維持しているという推定が働くことを指摘しました。さらに、被告が逮捕された状況は、単なる唆しではなく、正当な罠であると判断しました。この区別は重要で、唆しは犯罪を犯す意図のない者に犯罪を犯させる行為であるのに対し、罠は既に犯罪を犯す意図のある者を逮捕するために利用されるものです。

    本判決は、偽造通貨の取り締まりにおける重要な原則を明確にしています。それは、単なる所持だけでは犯罪は成立せず、使用する意図を伴う必要があるということです。また、法執行機関は、犯罪者の意図と具体的な行動を立証するために、十分な証拠を収集する必要があることを強調しています。さらに、この判決は、証拠の評価において、証人の証言の信憑性が非常に重要であることを示しています。裁判所は、検察側の証人の証言が一貫しており、信用できると判断したため、被告の有罪を認定しました。

    この判決は、社会全体にとっても重要な意味を持ちます。偽造通貨は、経済の安定を脅かし、人々の信頼を損なうからです。本判決は、偽造通貨の取り締まりを強化し、犯罪者に対する厳罰化を促進することで、社会の安全と経済の健全性を維持する上で重要な役割を果たします。

    FAQs

    この事件の争点は何でしたか? 偽造米ドル紙幣を所持していた被告が、それを使用する意図があったかどうか、そしてその証拠が十分であるかが争点でした。刑法第168条に基づき、所持に加えて「使用する意図」の立証が犯罪成立の要件となります。
    裁判所はなぜ被告を有罪としたのですか? 裁判所は、被告が覆面捜査官に偽造ドル紙幣を見せようとした行為が、「使用する意図」を示す明白な行為であると判断しました。また、証人の証言が一貫しており、信用できると判断したため、被告の有罪を認定しました。
    被告はどのような弁護をしましたか? 被告は、自身が罠に嵌められたと主張し、身に覚えのないことだと訴えました。彼は、書類が入っていると思われる封筒を受け取った直後、逮捕されたと述べました。
    「バスト作戦」とは何ですか? 「バスト作戦」とは、法執行機関が犯罪者を現行犯で逮捕するために行うおとり捜査の一種です。この事件では、中央銀行とアメリカ合衆国シークレットサービスの合同チームが、被告を逮捕するためにバスト作戦を実施しました。
    「唆し」と「罠」の違いは何ですか? 「唆し」は犯罪を犯す意図のない者に犯罪を犯させる行為であるのに対し、「罠」は既に犯罪を犯す意図のある者を逮捕するために利用されるものです。この事件では、裁判所は、被告が逮捕された状況は、単なる唆しではなく、正当な罠であると判断しました。
    刑法第168条は何を規定していますか? 刑法第168条は、偽造通貨の不法な所持だけでなく、それを使用する意図を伴う場合に犯罪が成立すると規定しています。これは、単に偽造通貨を所持しているだけでは犯罪とはならず、それを使用しようとする明確な意図が必要であることを意味します。
    本判決は社会にどのような影響を与えますか? 本判決は、偽造通貨の取り締まりを強化し、犯罪者に対する厳罰化を促進することで、社会の安全と経済の健全性を維持する上で重要な役割を果たします。
    証人の証言はどのように評価されましたか? 裁判所は、検察側の証人の証言が一貫しており、信用できると判断しました。特に、覆面捜査官の証言は、被告が偽造ドル紙幣を所持し、使用する意図があったことを示す重要な証拠となりました。

    本判決は、偽造通貨犯罪に対する法執行機関の取り組みを支援し、国民の財産を守るための重要な法的根拠となります。偽造通貨に関わる事件は、経済的な安定を脅かすだけでなく、社会全体の信頼を損なう可能性があります。このような状況を踏まえ、司法の適切な判断が求められます。

    この判決の特定の状況への適用に関するお問い合わせは、ASG Lawのお問い合わせまたはfrontdesk@asglawpartners.comまでご連絡ください。

    免責事項:この分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的ガイダンスについては、資格のある弁護士にご相談ください。
    出典:Tecson 対 Court of Appeals, G.R. No. 113218, 2001年11月22日

  • 盗品購入で無罪となるための重要なポイント:善意の購入者を保護するフィリピン最高裁判所の判決

    知らなかったでは済まされない?盗品購入と善意の抗弁:ラモン・C・タン対フィリピン国事件

    G.R. No. 134298, August 26, 1999

    近年、オンラインマーケットプレイスや中古品取引の普及に伴い、個人が容易に物品を売買できるようになりました。しかし、その手軽さの裏側には、盗品を購入してしまうリスクも潜んでいます。フィリピンでは、盗品と知りながら、または知ることができたはずなのに購入する行為は「フェンシング」という犯罪として処罰されます。今回の最高裁判所の判決は、このフェンシング罪の成立要件と、善意の購入者がどのように保護されるべきかについて重要な指針を示しています。ビジネスを行う上で、また個人として中古品を購入する際に、この判例が示す教訓は非常に重要です。不注意による法的責任を回避し、安心して取引を行うために、この判例を詳しく見ていきましょう。

    フェンシング罪とは?成立要件と関連法規

    フェンシング罪は、大統領令1612号(盗品等故買取締法)によって定義されています。同法2条によれば、フェンシングとは「自己または他人の利益を図る意図をもって、強盗または窃盗によって得られた物品、品物、物体、または価値あるものを、知りながら、または知るべきであったにもかかわらず、購入、受領、所持、保管、取得、隠匿、販売、処分、あるいは購入および販売、または何らかの方法で取り扱う行為」を指します。

    ここで重要なのは、「知りながら、または知るべきであったにもかかわらず」という点です。つまり、盗品であることを認識していた場合はもちろん、そうでなくても、通常の注意を払えば盗品であると気づけたはずの場合も、フェンシング罪が成立する可能性があるということです。

    窃盗罪については、フィリピン刑法308条に規定されています。窃盗とは、「他人の財産を、暴行または脅迫を用いず、また物に対する有形力を用いずに、利得の意図をもって取得する」行為です。強盗罪(刑法293条)との違いは、暴行や脅迫、有形力の行使の有無にあります。フェンシング罪は、窃盗または強盗罪が先行して存在することが前提となりますが、フェンシング行為者自身が窃盗や強盗の実行犯や共犯である必要はありません。

    大統領令1612号が制定される以前は、盗品故買者は刑法上の窃盗または強盗罪の事後従犯としてのみ処罰され、その刑罰も軽いものでした。しかし、同法は「強盗および窃盗の犯罪の結果から利益を得る者に対し、重い刑罰を科す」ことを目的として制定され、フェンシング行為を独立した犯罪として、より重く処罰することとしたのです。フェンシング罪は、窃盗や強盗罪とは別個の犯罪であり、国家は刑法または大統領令1612号のいずれに基づいて起訴するかを選択できます。ただし、フェンシング罪は違法行為そのものである*malum prohibitum*であり、同法はフェンシングの推定規定や、財物の価値に応じたより重い刑罰を定めているため、同法に基づく起訴が優先される傾向にあります。

    本判決で引用された*Dizon-Pamintuan対フィリピン国事件*では、フェンシング罪の成立要件が以下の4つと明確にされました。

    1. 窃盗または強盗罪が既に発生していること。
    2. 被告人が窃盗または強盗罪の実行犯または共犯ではなく、当該犯罪によって得られた物品、品物、物体、または価値あるものを、購入、受領、所持、保管、取得、隠匿、販売、処分、あるいは購入および販売、または何らかの方法で取り扱っていること。
    3. 被告人が、当該物品、品物、物体、または価値あるものが、窃盗または強盗罪によって得られたものであることを知っていた、または知るべきであったこと。
    4. 被告人に、自己または他人の利益を図る意図があったこと。

    これらの要件全てが合理的な疑いを容れない程度に証明されなければ、フェンシング罪で有罪判決を下すことはできません。刑事裁判においては、「何人も、合理的な疑いを容れない証明がない限り、犯罪で有罪とされない」という原則が確立されています。

    事件の経緯:立証責任と合理的な疑い

    本件では、原告ロジータ・リムが経営する金属加工会社から、従業員であったマヌエリート・メンデスらがボート部品を盗み、それを被告ラモン・C・タンに販売したとして、タンがフェンシング罪で起訴されました。事件の経緯を詳しく見ていきましょう。

    ロジータ・リムは、従業員マヌエリー・メンデスが退職後、会社の倉庫からボートのプロペラやスペアパーツが紛失していることに気づき、棚卸しを行った結果、約48,000ペソ相当の部品が紛失していることが判明しました。リムはメンデスの叔父であるビクター・シーにこの件を伝えました。その後、メンデスはビサヤ地方で逮捕され、ガウデンシオ・ダヨップとともに部品を盗んだことを認めました。メンデスはリムに謝罪し、盗んだ部品をタンに13,000ペソで売却したと供述しました。リムはメンデスとダヨップを告訴しませんでした。

    マニラ市検察官補は、リムの告訴に基づき、タンをフェンシング罪で起訴しました。第一審のマニラ地方裁判所は、検察側の証拠(リム、シー、メンデスの証言)に基づき、タンを有罪としました。タンは控訴しましたが、控訴裁判所も第一審判決を支持しました。そこで、タンは最高裁判所に上告しました。

    最高裁判所は、フェンシング罪の成立要件、特に窃盗罪の発生と被告の認識について、検察側の立証が不十分であると判断しました。リムは部品の紛失を警察に届け出ておらず、メンデスから盗難の自白を得た後も彼を訴追しませんでした。窃盗罪は親告罪ではありませんが、被害者の存在は不可欠です。リムが被害届を提出していない以上、窃盗罪の発生を確定的に認定することはできないと裁判所は指摘しました。

    メンデスの供述は、彼自身の罪を認める自白として証拠となり得ますが、弁護人の援助なしに行われた供述は、供述者本人に対する証拠能力も否定される可能性があります。本件では、メンデスの供述は弁護人の援助なしに行われたものであり、被告タンに対する証拠とはなり得ません。また、有罪認定を維持するためには、犯罪事実(*corpus delicti*)を裏付ける証拠が必要です。窃盗罪における犯罪事実とは、①所有者が財産を失ったこと、②それが不法な取得によって失われたこと、の2つの要素から構成されます。本件では、リムが当局に被害を訴えなかったため、窃盗罪の犯罪事実が立証されているとは言えません。

    さらに、被告タンが購入した物品が盗品であることを知っていた、または知るべきであったという点についても、十分な立証がありませんでした。裁判所は、「ある事実を知っているとみなされるのは、その事実を認識、意識している場合、または何かの存在を認識している場合、あるいは事実を知っている場合、または確実かつ明確に心に捉えている場合である。特定の事実の存在を知っていることが犯罪の要件である場合、そのような知識は、人がその存在の高い蓋然性を認識しており、かつそれが存在しないと実際に信じていない場合に確立される。他方、『知るべきである』という言葉は、合理的な慎重さと知性を持つ人が、他者に対する義務の履行において事実を確認するか、またはそのような事実が存在するという前提に基づいて行動することを意味する。知識とは、事実に関する精神的な認識状態を指す。裁判所は被告の心の中に入り込み、そこに何が含まれているかを確実に述べることができないため、その知識をその者の明白な行為から慎重に判断しなければならない。そして、認知または精神的認識の同等にありうる2つの状態が与えられた場合、裁判所は憲法上の無罪推定を支持する状態を選択すべきである。」と判示しました。

    最高裁判所は、検察側がフェンシング罪の成立要件を合理的な疑いを容れない程度に立証できなかったとして、控訴裁判所の判決を破棄し、被告タンを無罪としました。

    実務上の教訓:企業と個人が取るべき対策

    本判決は、フェンシング罪の成立要件を厳格に解釈し、善意の購入者を保護する姿勢を示した点で重要です。企業や個人は、本判決の教訓を踏まえ、以下の点に注意する必要があります。

    • 中古品購入時のデューデリジェンス:特に個人から物品を購入する場合は、その来歴や入手経路を十分に確認することが重要です。領収書や保証書の提示を求めたり、売主の身元を確認したりするなどの対策を講じましょう。不審な点があれば、購入を控えるべきです。
    • 盗難被害発生時の迅速な対応:企業は、盗難被害が発生した場合、速やかに警察に被害届を提出し、捜査に協力する必要があります。被害届の提出は、フェンシング罪の立証における重要な要素となります。
    • 従業員教育の徹底:企業は、従業員に対し、盗難防止対策や、不審な取引への対応について教育を徹底する必要があります。
    • 内部通報制度の整備:企業は、従業員が不正行為を内部通報できる制度を整備し、早期発見・早期対応に努めるべきです。

    主な教訓

    1. フェンシング罪の立証責任は検察にある:検察は、フェンシング罪の成立要件全てを合理的な疑いを容れない程度に立証する必要があります。
    2. 窃盗罪の成立がフェンシング罪の前提:フェンシング罪が成立するためには、先行する窃盗または強盗罪の発生が立証されなければなりません。
    3. 被告の認識の立証が重要:被告が購入した物品が盗品であることを知っていた、または知るべきであったという認識を立証する必要があります。
    4. 善意の購入者は保護される:合理的な注意を払って購入したにもかかわらず盗品であった場合、善意の購入者はフェンシング罪で処罰されることはありません。

    よくある質問(FAQ)

    1. Q: 中古品を安く買いたいのですが、注意すべき点はありますか?
      A: あまりにも安い価格には注意が必要です。相場価格からかけ離れて安い場合は、盗品の可能性を疑うべきです。売主に商品の来歴や入手経路を確認し、領収書や保証書の提示を求めるなど、デューデリジェンスを徹底しましょう。
    2. Q: 個人から中古品を購入する際、どのような書類を確認すればよいですか?
      A: 可能であれば、売主の身分証明書、商品の領収書や保証書、譲渡証明書などを確認しましょう。売主が商品の出所を明確に説明できない場合や、書類の提示を拒む場合は、購入を見送るべきです。
    3. Q: 盗品と知らずに購入してしまった場合、どうすればよいですか?
      A: 速やかに警察に届け出て、指示を仰ぎましょう。善意の購入者であれば、フェンシング罪に問われることはありませんが、盗品は所有者に返還する必要があります。
    4. Q: 会社で盗難被害が発生した場合、まず何をすべきですか?
      A: まずは被害状況を把握し、警察に被害届を提出してください。社内で調査を行い、原因究明と再発防止策を講じることも重要です。
    5. Q: フェンシング罪で有罪になると、どのような刑罰が科せられますか?
      A: フェンシング罪の刑罰は、盗品の価値によって異なります。大統領令1612号3条には、盗品の価値に応じた懲役刑と罰金刑が規定されています。

    盗品購入に関する法的問題でお困りの際は、ASG Law Partnersにご相談ください。当事務所は、企業法務、刑事事件に精通しており、お客様の状況に応じた最適なリーガルアドバイスを提供いたします。

    メールでのお問い合わせはkonnichiwa@asglawpartners.comまで。

    お問い合わせはお問い合わせページから。