正当防衛の主張は認められず、警察官による殺人罪が確定
フィリピン最高裁判所判決 G.R. No. 116281, 1999年2月8日
フィリピンにおいて、正当防衛は刑事責任を免れるための重要な抗弁事由です。しかし、正当防衛が認められるためには、法律で定められた厳格な要件を満たす必要があり、その立証責任は被告人にあります。本稿では、警察官が正当防衛を主張したものの、殺人罪で有罪となった最高裁判所の判例、PEOPLE OF THE PHILIPPINES VS. SPO1 ROMULO GUTIERREZ, JR. (G.R. No. 116281) を詳細に分析し、正当防衛の成立要件、立証責任、そして実務上の注意点について解説します。
事件の概要と争点
本事件は、警察官である被告人が、地方議員である被害者を射殺した事件です。被告人は、被害者が先に襲いかかってきたため、自己防衛のためにやむを得ず発砲したと主張しました。一方、検察側は、被告人が一方的に被害者を攻撃し、殺害したと主張しました。裁判の最大の争点は、被告人の行為が正当防衛に該当するか否か、そして検察側の提出した証拠が被告人の有罪を合理的な疑いを超えて立証しているか否かでした。
フィリピン刑法における正当防衛の要件
フィリピン刑法第11条は、正当防衛を免責事由の一つとして規定しています。正当防衛が成立するためには、以下の3つの要件がすべて満たされる必要があります。
- 不法な攻撃:被害者による不法な攻撃が現実に存在し、被告人またはその権利を侵害する危険が差し迫っていること。
- 合理的な必要性:防衛手段として、相手に与えた傷害または殺害が、不法な攻撃を阻止するために合理的に必要であったこと。
- 挑発行為の欠如:被告人が被害者を挑発して攻撃を誘発したものではないこと。
これらの要件は累積的なものであり、一つでも欠けると正当防衛は成立しません。特に、不法な攻撃の存在と合理的な必要性は、具体的な状況証拠に基づいて厳格に判断されます。また、正当防衛を主張する被告人は、これらの要件を満たす事実を立証する責任を負います。
最高裁判所の判断:証拠の評価と正当防衛の否定
一審の地方裁判所は、検察側の証拠を信用性が高いと判断し、被告人の正当防衛の主張を退け、殺人罪で有罪判決を言い渡しました。被告人はこれを不服として上訴しましたが、最高裁判所も一審判決を支持し、被告人の上訴を棄却しました。
最高裁判所は、判決理由の中で、以下の点を重視しました。
- 目撃証言の信用性:事件を目撃したとされる2人の証人の証言は、具体的で一貫性があり、信用性が高いと認められました。証人たちは、被告人が被害者を一方的に攻撃し、至近距離から射殺する状況を詳細に証言しました。
- 被告人供述の不自然さ:被告人の供述は、状況証拠と矛盾する点が多く、信用性が低いと判断されました。被告人は、被害者との間で銃の奪い合いになり、偶発的に発砲してしまったと主張しましたが、被告人に外傷がなく、被害者には複数の傷があったことなどから、この供述は不自然であるとされました。
- 状況証拠の裏付け:検察側が提出した状況証拠(警察の捜査報告書、医師の検視報告書など)は、目撃証言と整合性が高く、被告人の有罪を裏付けるものとされました。
最高裁判所は、判決の中で、証拠の評価について以下のように述べています。
「裁判所は、証人の証言を評価する際、証人の態度、話し方、証言内容の一貫性、そして状況証拠との整合性などを総合的に考慮しなければならない。本件において、検察側証人の証言は、これらの観点から見て、信用性が高いと認められる。一方、被告人の供述は、状況証拠と矛盾する点が多く、信用性が低いと言わざるを得ない。」
また、正当防衛の成否については、以下のように判断しました。
「被告人は、被害者から不法な攻撃を受けたと主張するが、これを裏付ける客観的な証拠は存在しない。むしろ、検察側証人の証言や状況証拠から判断すると、被告人が一方的に被害者を攻撃し、殺害したと認めるのが相当である。したがって、正当防衛の要件は満たされず、被告人の主張は理由がない。」
実務上の教訓とポイント
本判例から得られる実務上の教訓として、以下の点が挙げられます。
- 正当防衛の立証は極めて困難:正当防衛は、自己の生命や身体を守るための最後の手段として認められる例外的な行為であり、その成立要件は厳格に解釈されます。被告人が正当防衛を主張する場合、その立証責任は被告人にあり、客観的な証拠に基づいて要件をすべて満たすことを証明する必要があります。
- 証拠の信用性が重要:裁判所は、証拠の信用性を厳格に評価します。特に、目撃証言の信用性は、裁判の結論を左右する重要な要素となります。証言内容の一貫性、具体性、状況証拠との整合性などが重視されます。
- 状況証拠の重要性:直接的な証拠(目撃証言など)がない場合でも、状況証拠(警察の捜査報告書、医師の検視報告書、写真など)が被告人の有罪を立証する上で重要な役割を果たすことがあります。
- 警察官の立場:本件のように、被告人が警察官である場合、その立場が量刑に影響を与える可能性があります。公務員としての立場を利用して犯罪を行った場合、加重事由として考慮されることがあります。
FAQ – 正当防衛に関するよくある質問
- Q: 正当防衛が認められるのはどのような場合ですか?
A: フィリピン刑法では、不法な攻撃が現実に存在し、その攻撃を阻止するために合理的な範囲で反撃した場合に正当防衛が認められます。 - Q: 正当防衛を主張する場合、誰が立証責任を負いますか?
A: 正当防衛を主張する被告人が、その成立要件を満たす事実を立証する責任を負います。 - Q: 過剰防衛と正当防衛の違いは何ですか?
A: 正当防衛は、防衛行為が「合理的な必要性」の範囲内である場合に成立しますが、防衛行為が過剰であった場合(必要以上に相手に危害を加えた場合)は過剰防衛となり、刑が減軽されることがあります。 - Q: 今回の判例で、被告人の正当防衛が認められなかった理由は何ですか?
A: 最高裁判所は、検察側の証拠(目撃証言、状況証拠)を信用性が高いと判断し、被告人の供述を信用性が低いと判断しました。その結果、不法な攻撃の存在が認められず、正当防衛は成立しませんでした。 - Q: もし正当防衛が認められなかった場合、どのような罪に問われますか?
A: 正当防衛が認められない場合、その行為が刑法上の犯罪に該当するかどうか、そしてどのような犯罪に該当するかが判断されます。本件では、殺人罪で有罪判決が確定しました。
正当防衛の成否は、個別の事案の具体的な状況によって判断が異なります。ご自身のケースについて法的アドバイスが必要な場合は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、刑事事件に精通した弁護士が、お客様の権利擁護のために尽力いたします。
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