結婚中に相続した財産は夫婦共有財産とはみなされない:最高裁判所の判例解説
最高裁判所判例 G.R. No. 120594, 1997年6月10日
夫婦が結婚生活を送る中で財産を築くことは一般的ですが、フィリピンの法律では、結婚中に取得した財産が常に夫婦共有財産となるわけではありません。特に、本判例は、夫婦の一方が結婚期間中に相続によって取得した財産は、夫婦共有財産ではなく、その個人の固有財産となることを明確にしました。この判例を理解することは、フィリピンで財産を所有する夫婦にとって非常に重要です。
夫婦共有財産と固有財産:フィリピン法における区別
フィリピンの家族法では、夫婦の財産は大きく「夫婦共有財産 (conjugal property)」と「夫婦固有財産 (exclusive property)」に分けられます。夫婦共有財産とは、婚姻期間中に夫婦の共同の努力または資金によって取得された財産のことで、夫婦が離婚や死別した場合に原則として半分ずつ分けられます。一方、夫婦固有財産とは、婚姻前から所有していた財産や、婚姻期間中に相続や贈与によって無償で取得した財産のことで、離婚や死別後も原則として取得した個人の財産のままとなります。
夫婦共有財産については、民法160条に「婚姻期間中に取得されたすべての財産は、夫婦共有財産に属するものと推定される。ただし、夫または妻のいずれか一方に専属するものであることが証明された場合は、この限りでない」と規定されています。この規定により、結婚中に取得した財産は、まず夫婦共有財産であると推定されるため、夫婦の一方がその財産が自身の固有財産であると主張する場合には、それを証明する責任を負うことになります。
しかし、民法148条では、夫婦の固有財産として「婚姻期間中に各配偶者が有償または無償で取得した財産」が明記されています。ここでいう「無償で取得した財産(lucrative title)」とは、まさに相続や贈与によって取得した財産を指します。したがって、法律上は、相続財産は夫婦共有財産とは明確に区別されているのです。
最高裁判所の判断:事実認定と法律の適用
本件は、アルフォンソ・タンとその妻エテリア・テベス・タンが、アルフォンソの兄弟であるセレスティーノ・タンとマクシモ・タン夫妻を相手取り、財産分与と会計処理を求めた訴訟です。エテリアは、問題となっている土地と家屋が夫婦共有財産であると主張し、その3分の1の分割を求めました。一方、兄弟たちは、当該不動産は母親からの相続財産であり、アルフォンソの固有財産であると反論しました。
第一審の地方裁判所は、土地と家屋を夫婦共有財産と認め、エテリアの請求を一部認めましたが、控訴審である控訴裁判所は、兄弟たちの主張を認め、当該不動産は相続財産であるとして夫婦共有財産ではないと判断しました。そして、最高裁判所は、控訴裁判所の判断を支持し、上告を棄却しました。
最高裁判所は、判決理由の中で、以下の点を重視しました。
- 問題の土地は、アルフォンソの母親であるトリニダード・ウイ・タンが所有していたものであり、彼女の死後、息子であるアルフォンソ、セレスティーノ、マクシモに相続されたものであること。
- 土地の権利書(TCT No. 46249)にも、当該不動産がトリニダード・ウイ・タンの遺産に関連する債務の対象であることが明記されていること。
- エテリアは、土地が夫婦の資金で購入されたという証拠や、家屋の建設資金が夫婦で借り入れたローンによるものであるという証拠を提出できなかったこと。
これらの事実認定に基づき、最高裁判所は、「問題の土地の3分の1は、アルフォンソが母親から相続したものであり、民法148条の『無償で取得した財産』に該当するため、夫婦共有財産ではなく、アルフォンソの固有財産である」と結論付けました。最高裁判所は、過去の判例(Villanueva v. Intermediate Appellate Court)も引用し、相続によって取得した財産は、婚姻期間中に取得した場合でも、取得者の固有財産となるという原則を改めて確認しました。
「第148条:次のものは、各配偶者の固有財産とする。(2)婚姻期間中に各配偶者が無償で取得したもの。」
実務上の教訓と今後の注意点
本判例は、フィリピンの夫婦財産制において、相続財産が夫婦共有財産とはならないことを明確にした重要な判例です。この判例から得られる実務上の教訓としては、以下の点が挙げられます。
- 財産の取得原因の重要性: 結婚中に取得した財産であっても、その取得原因が相続や贈与である場合は、夫婦共有財産とはなりません。財産が夫婦共有財産となるか、夫婦のどちらか一方の固有財産となるかは、財産の取得原因によって大きく左右されるため、注意が必要です。
- 証拠の重要性: 夫婦共有財産の推定を覆すためには、明確で説得力のある証拠が必要です。本件では、兄弟たちが相続財産であることを示す権利書や証言を提出したのに対し、エテリアは夫婦共有財産であることを示す証拠を提出できませんでした。
- 権利書の記載内容の確認: 不動産の権利書には、その財産の取得原因や法的制約が記載されている場合があります。権利書の内容を注意深く確認することで、財産の法的性質を判断する手がかりを得ることができます。
今後の実務においては、夫婦財産に関する紛争が発生した場合、単に「結婚中に取得した財産」という事実だけでなく、その財産の取得原因を詳細に検討し、証拠に基づいて法的判断を行うことが重要になります。特に、相続財産が問題となるケースでは、相続関係を示す戸籍謄本や遺産分割協議書、権利書などの資料を収集・分析することが不可欠です。
よくある質問 (FAQ)
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質問:結婚前に購入した財産は、結婚後も自分の固有財産のままですか?
回答: はい、そうです。結婚前から所有していた財産は、結婚後も原則としてその個人の固有財産となります。ただし、結婚後に夫婦の共同の努力によってその財産の価値が増加した場合は、増加分が夫婦共有財産とみなされることがあります。
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質問:相続で得た財産を夫婦で共有財産にすることはできますか?
回答: いいえ、相続によって取得した財産は、法律上、取得した個人の固有財産と定められています。夫婦の合意によっても、相続財産を夫婦共有財産に変更することはできません。
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質問:夫婦共有財産と固有財産が混ざってしまった場合、どのように区別すればよいですか?
回答: 夫婦共有財産と固有財産が混在している場合は、専門家(弁護士や会計士など)に相談することをお勧めします。財産の取得経緯や管理状況などを詳細に分析し、証拠に基づいて区別する必要があります。
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質問:離婚した場合、固有財産はどうなりますか?
回答: 離婚した場合、固有財産は原則として財産を取得した個人のものとなります。夫婦共有財産のみが財産分与の対象となり、原則として半分ずつ分けられます。
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質問:夫婦共有財産の名義は、夫婦共同名義にする必要がありますか?
回答: いいえ、必ずしも夫婦共同名義にする必要はありません。夫婦どちらかの名義、または夫婦共同名義でも構いません。重要なのは、財産の取得原因が夫婦の共同の努力または資金によるものであるかどうかです。
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