強制反訴におけるフォーラム・ショッピング防止証明書の要否:フィリピン最高裁判所の判断
G.R. No. 129718, 1998年8月17日 サント・トーマス大学病院 対 セサル・アントニオ・Y・スラ夫妻事件
フィリピン最高裁判所は、強制反訴においてフォーラム・ショッピング防止証明書が必須ではない場合があるという重要な判断を示しました。この判決は、訴訟手続きにおける効率性と公正さを両立させるための微妙なバランスを浮き彫りにしています。本稿では、サント・トーマス大学病院 対 スラ夫妻事件 (Santo Tomas University Hospital vs. Cesar Antonio Y. Surla and Evangeline Surla) の判決を詳細に分析し、その法的意義と実務への影響を解説します。
事件の背景
スラ夫妻は、未熟児で生まれた息子エマニュエル・セサル・スラがサント・トーマス大学病院に入院中に、保育器から転落し重傷を負ったとして、病院を相手取り損害賠償請求訴訟を提起しました。これに対し、病院側は未払い医療費82,632.10ペソの支払いを求める強制反訴を提起し、さらに不当訴訟による損害賠償も請求しました。しかし、スラ夫妻は病院側の反訴がフォーラム・ショッピング防止証明書を添付していないことを理由に却下を求めました。第一審裁判所はこれを認め、反訴を却下。控訴裁判所も第一審を支持しました。この決定に対し、病院側が上訴したのが本件です。
フォーラム・ショッピング防止証明書とは
フォーラム・ショッピングとは、原告が有利な判決を得るために、複数の裁判所や機関に同様の訴訟を提起する行為を指します。フィリピン最高裁判所は、このような濫用を防ぐため、行政通達04-94号を発行し、原告や主要当事者に対し、訴状などの開始的訴答書類にフォーラム・ショッピングを行っていない旨の証明書(フォーラム・ショッピング防止証明書)の添付を義務付けました。この証明書には、同一または類似の訴訟を他の裁判所や機関に提起していないこと、提起している場合はその状況を報告することなどが記載されます。違反した場合、訴えは却下される可能性があります。
行政通達04-94号の関連条項は以下の通りです。
「1. 原告、申立人、申請者または主要当事者は、訴状、申立書、申請書またはその他の開始的訴答書類において救済を求める場合、かかる原訴答書類において、または添付されかつ同時に提出される宣誓証明書において、以下の事実および約束の真実性を宣誓しなければならない。(a)最高裁判所、控訴裁判所、またはその他の裁判所もしくは機関において、同一の問題に関する他の訴訟または手続をそれ以前に開始していないこと。(b)その知る限り、最高裁判所、控訴裁判所、またはその他の裁判所もしくは機関において、そのような訴訟または手続が係属していないこと。(c)係属中または終了している可能性のあるそのような訴訟または手続がある場合は、その状況を述べなければならない。(d)その後、最高裁判所、控訴裁判所、またはその他の裁判所もしくは機関において、類似の訴訟または手続が提起されたまたは係属していることを知った場合、原訴答書類および本項で意図された宣誓証明書が提出された裁判所または機関に、その事実を5日以内に報告することを約束する。
「本通達で言及され、対象となる訴状およびその他の開始的訴答書類は、原民事訴状、反訴、反対請求、第三(第四など)当事者訴訟または参加訴訟、申立書、または当事者が救済の請求を主張する申請書である。(強調付加)」
2019年民事訴訟規則第7条第5項にも同様の規定があり、フォーラム・ショッピング防止の重要性が強調されています。
最高裁判所の判断:強制反訴とフォーラム・ショッピング防止証明書
最高裁判所は、控訴裁判所の判断を一部覆し、病院側の損害賠償請求に関する反訴を復活させました。裁判所は、行政通達04-94号の目的はフォーラム・ショッピングの濫用を防止することであり、その対象は「救済を求める当事者による開始的訴答書類または初期の申立て」であると指摘しました。そして、強制反訴は原告の訴訟に付随するものであり、独立した訴訟提起とは性質が異なると判断しました。つまり、強制反訴は、原告の訴訟が提起された裁判所でのみ審理されるべきものであり、他の裁判所で同様の訴訟を提起する余地がないため、フォーラム・ショッピング防止証明書の添付は本来の趣旨にそぐわないと解釈したのです。
ただし、最高裁判所は、病院側の反訴を「未払い医療費請求」と「損害賠償請求」の2つに分けました。未払い医療費請求は、強制反訴として認められるものの、損害賠償請求(不当訴訟による損害賠償)は、原告の訴訟とは独立した性質を持つと判断しました。そのため、今回の判決で復活が認められたのは、損害賠償請求のみであり、未払い医療費請求については、フォーラム・ショッピング防止証明書を添付する必要があると解釈される余地を残しました。
最高裁判所の判決文から、重要な部分を引用します。
「通達の文言は、それが主に、救済の請求を主張する当事者の開始的訴答書類または初期の申立てを対象としていることを明確に示唆している。」
「上記通達の趣旨を適切に理解すれば、問題の通達は、訴訟手続の補助的な性質を持ち、その実質的および管轄権的根拠をそこから引き出す請求の種類、すなわち、答弁書において適切に弁論されるべきであり、主要事件が係属する裁判所による場合を除き、独立した解決のために未解決のままにすることができない請求の種類を含むことを意図していないという見解を支持することは、それほど困難ではないはずである。」
実務上の影響と教訓
本判決は、強制反訴におけるフォーラム・ショッピング防止証明書の要否について、明確な指針を示しました。重要なポイントは以下の通りです。
- 強制反訴の種類による区別:強制反訴であっても、その内容によってはフォーラム・ショッピング防止証明書が必要となる場合がある。特に、原告の訴訟と直接的な関連性が低い請求(例:本件の損害賠償請求の一部)は、証明書の添付が不要と解釈される可能性がある。
- 未払い債権請求の扱い:本判決では明確な判断は示されなかったものの、未払い医療費請求のような債権請求は、強制反訴であってもフォーラム・ショッピング防止証明書の添付が必要となる可能性が高い。
- 訴訟戦略への影響:被告は、反訴を提起する際、その性質(強制反訴か否か、請求内容)を慎重に検討し、フォーラム・ショッピング防止証明書の添付要否を判断する必要がある。不明な場合は、添付しておくのが安全策と言える。
本判決は、手続き上の些細なミスによって訴訟の機会が失われることを防ぎ、実質的な審理を促進するという司法の理念を体現しています。しかし、同時に、フォーラム・ショッピング防止の趣旨も軽視すべきではないことを示唆しており、訴訟関係者には、より慎重な対応が求められます。
よくある質問(FAQ)
- 強制反訴とは何ですか?
強制反訴とは、原告の訴訟原因と同一の取引または関連する取引から生じる反訴です。簡単に言えば、原告の訴訟に関連する被告からの請求です。 - フォーラム・ショッピング防止証明書はどのような目的で提出するのですか?
フォーラム・ショッピングという、複数の裁判所に同様の訴訟を提起する不正行為を防ぐために提出します。 - 強制反訴には必ずフォーラム・ショッピング防止証明書が必要ですか?
いいえ、本判決によれば、強制反訴の種類によっては不要な場合があります。特に、原告の訴訟と密接に関連する請求は不要と解釈される可能性があります。 - 証明書を添付しなかった場合、反訴はどうなりますか?
裁判所に却下される可能性があります。ただし、本判決のように、控訴審で救済される場合もあります。 - 本判決はどのような場合に参考になりますか?
強制反訴を提起する場合、特にフォーラム・ショッピング防止証明書の添付要否が不明な場合に参考になります。また、訴訟戦略を検討する上で、手続き上の注意点を知るためにも役立ちます。
本件のような複雑な訴訟問題でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、フィリピン法に精通した弁護士が、お客様の権利擁護を全力でサポートいたします。
お問い合わせは、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からどうぞ。ASG Lawは、マカティ、BGC、そしてフィリピン全土のお客様をサポートする法律事務所です。お気軽にご連絡ください。
コメントを残す