船員の障害給付金請求における既存症隠蔽の判断基準
G.R. No. 259609, August 07, 2024: PAOLO B. DAVANTES, PETITIONER, VS. C.F. SHARP CREW MANAGEMENT INC., CLAUS-PETER OFFEN TANKSCHIFFREEDEREI (GMBH & CO.) KG, AND/OR MIGUEL ROCHA, RESPONDENTS.
はじめに
海外で働く船員にとって、障害給付金は生活を支える重要な権利です。しかし、既存症を隠蔽した場合、給付金を受け取ることができなくなる可能性があります。今回の最高裁判決は、船員が既存症を隠蔽したとみなされるかどうかの判断基準を明確にし、今後の同様のケースに大きな影響を与えるでしょう。本稿では、この判決を詳細に分析し、実務上の影響とよくある質問について解説します。
本件は、船員のパオロ・B・ダバンテスが、雇用主であるC.F. Sharp Crew Management Inc.などに対し、障害給付金を請求したものです。争点は、ダバンテスが雇用前の健康診断(PEME)で高血圧の既往歴を隠蔽したか否かでした。
法的背景
フィリピンでは、海外雇用される船員の労働条件は、フィリピン海外雇用庁(POEA)が定める標準雇用契約(SEC)と、団体交渉協約(CBA)によって規定されています。POEA-SECは、船員が業務に関連する病気や怪我を負った場合、医療費、傷病手当、障害給付金などの補償を受ける権利を保障しています。
ただし、POEA-SEC第20条(E)項は、船員が既存症を意図的に隠蔽した場合、補償や給付金の請求資格を失うと定めています。既存症とは、POEA-SECの手続き前に、医師から治療に関するアドバイスを受けていた、または船員自身が病気や症状を認識していたにもかかわらず、PEMEで開示しなかった場合を指します。
重要な条項として、2010年POEA-SEC第20条(E)項には次のように規定されています。「船員が既存症または状態を意図的に隠蔽した場合、いかなる補償および給付金の請求資格も失うものとする。」
事例の詳細
パオロ・B・ダバンテスは、C.F. Sharp Crew Management Inc.の船員として20年間勤務し、2017年5月13日にBSL Elsa号に乗船しました。PEMEでは勤務に適格と判断されましたが、同年6月24日の緊急訓練中に体調を崩し、冠動脈バイパス手術を受けることになりました。帰国後、医師から「心筋梗塞、冠動脈疾患、高血圧」と診断され、勤務不能と判断されました。
ダバンテスは当初、CBAに基づく給付金を請求しましたが、CBAは事故または怪我による障害に限定されていました。その後、POEA-SECに基づく給付金を請求しましたが、C.F. Sharpは、ダバンテスがPEMEで高血圧の既往歴を隠蔽したと主張しました。
この訴訟は、以下の段階を経て最高裁まで争われました。
- 労働仲裁人(LA):ダバンテスの請求を認め、CBAに基づく障害給付金の支払いを命じました。
- 国家労働関係委員会(NLRC):LAの判断を一部修正し、POEA-SECに基づく給付金の支払いを命じました。
- 控訴裁判所(CA):NLRCの判断を覆し、ダバンテスが高血圧の既往歴を隠蔽したとして、請求を棄却しました。
- 最高裁判所:CAの判断を覆し、ダバンテスにPOEA-SECに基づく障害給付金を支払うよう命じました。
最高裁判所は、ダバンテスが既存症を意図的に隠蔽したとは認められないと判断しました。その根拠として、以下の点を挙げています。
- ダバンテスは、会社指定医に対し、2010年に高血圧で医師の診察を受けたことを認めていました。
- ダバンテスが50歳であったことから、PEMEではより詳細な検査(PEME C)を受ける必要があり、高血圧の症状は容易に検出できたはずです。
- C.F. Sharpが提出した証拠(PEMEの問診票、海外の医師の診断書、会社指定医の面談記録)は、ダバンテスが意図的に隠蔽したことを証明するには不十分でした。
最高裁判所は、次のように述べています。「重要なことは、ダバンテスが2016年8月31日にPEMEを受けた時点で50歳であったことです…このより厳格なPEMEを考慮すると、高血圧またはその症状が検出されないとは考えにくいです。」
実務上の影響
この判決は、船員の障害給付金請求における既存症隠蔽の判断において、より慎重な検討が必要であることを示唆しています。雇用主は、船員が意図的に隠蔽したことを明確に証明する必要があります。また、PEMEの実施方法や検査内容も、判断の重要な要素となります。
重要な教訓
- 雇用主は、船員のPEMEを厳格に実施し、既存症の有無を慎重に確認する必要があります。
- 船員は、PEMEにおいて自身の健康状態を正確に申告する義務があります。
- 障害給付金請求において、既存症隠蔽が争点となる場合、専門家(弁護士、医師)の助けを求めることが重要です。
よくある質問
Q: PEMEで既存症を申告しなかった場合、必ず障害給付金を受け取れなくなりますか?
A: いいえ、必ずしもそうではありません。重要なのは、意図的に隠蔽したかどうかです。最高裁判所は、単に申告しなかったという事実だけでは、意図的な隠蔽とは認められないと判断しています。
Q: どのような場合に、既存症の意図的な隠蔽とみなされますか?
A: 例えば、PEMEで虚偽の申告をしたり、会社指定医に事実と異なる説明をしたりした場合、意図的な隠蔽とみなされる可能性があります。
Q: PEMEの結果に納得できない場合、どうすればよいですか?
A: 別の医師の意見を求めることができます。また、弁護士に相談し、法的アドバイスを受けることも有効です。
Q: 障害給付金の請求手続きは複雑ですか?
A: はい、複雑な場合があります。特に、既存症隠蔽が争点となる場合は、専門家のサポートが不可欠です。
Q: 障害給付金請求で弁護士を雇うメリットは何ですか?
A: 弁護士は、法的知識と経験に基づき、請求手続きをサポートし、あなたの権利を守ります。また、訴訟になった場合、あなたの代理人として法廷で弁護を行います。
フィリピン法に関するご質問は、ASG Lawまでお気軽にお問い合わせください。お問い合わせ または konnichiwa@asglawpartners.com までメールでご連絡ください。
コメントを残す