本判決は、航海士が職務中に病気になった場合、船主が支払うべき病気手当と医療費の範囲を明確にしました。特に、病気が職務に関連するかどうかが不明な場合でも、一定期間の病気手当は支払われるべきであると判示しました。これにより、航海士は安心して治療に専念でき、生活の安定も図られます。
職務中の病気:船主の責任はどこまで?
イノセンシオ・B・ベダド氏は、トランスオーシャン・シップ・マネジメント社(以下、トランスオーシャン社)にエンジニアとして雇用され、海外航路に従事していました。契約期間中に体調を崩し、帰国後、扁桃腺癌と診断されました。ベダド氏は、トランスオーシャン社に対し、病気手当と医療費の支払いを求めましたが、会社側は、癌は職務とは無関係であると主張し、支払いを拒否しました。本件は、航海士の病気が職務に起因するかどうかが不明な場合でも、船主が一定の責任を負うべきかどうかが争われた事例です。
裁判所は、フィリピン海外雇用庁(POEA)の標準雇用契約(SEC)に基づき、航海士が職務中に病気になった場合、その病気が職務に関連するかどうかにかかわらず、船主は一定期間の病気手当を支払う義務があると判断しました。POEA-SEC第20条B項3号は、「船員が治療のために下船した場合、職務に復帰可能と宣言されるか、または会社指定の医師によって永久的な障害の程度が評価されるまで、基本給に相当する病気手当を受け取る権利を有する。ただし、この期間は120日を超えないものとする。」と規定しています。また、POEA-SEC第20条B項4号は、「本契約第32条に記載されていない疾病は、職務に関連するものと推定される。」と規定しています。
裁判所は、ベダド氏が職務中に体調を崩し、帰国後に扁桃腺癌と診断されたことから、POEA-SECの規定に基づき、病気手当を受け取る権利があると判断しました。会社側は、指定医が癌は職務とは無関係であると診断したと主張しましたが、裁判所は、指定医の診断は、船員が自身で選んだ医師にセカンドオピニオンを求める権利を妨げるものではないと指摘しました。そして、セカンドオピニオンが得られない場合でも、会社は少なくとも120日間の病気手当を支払う義務があるとしました。
さらに、裁判所は、トランスオーシャン社が当初、ベダド氏の医療費を負担することを約束していたにもかかわらず、後に一方的に支払いを停止したことを問題視しました。裁判所は、会社側が医療費の負担を約束したことは、一種の合意であるとみなし、その履行を命じました。この点について、裁判所は、「被告[トランスオーシャン社ら]は、原告の治療/化学療法を肩代わりすることに同意したことを認めている。」と述べています。したがって、裁判所は、トランスオーシャン社に対し、ベダド氏の医療費と病気手当を連帯して支払うよう命じました。
本判決は、航海士の権利を保護する上で重要な意義を持ちます。航海士は、過酷な労働環境の中で働くことが多く、健康を害するリスクが高い職業です。そのため、万が一、病気になった場合には、十分な治療を受けられるように、経済的な支援が必要です。本判決は、船主に対し、航海士の健康と福祉に配慮するよう促すとともに、航海士が安心して職務に専念できる環境を整備することを目的としています。
本判決は、労働者の保護を重視するフィリピンの労働法の原則を反映しています。裁判所は、証拠が労働者にとって有利にも不利にも解釈できる場合には、労働者の側に立って判断すべきであるという考え方を示しました。この考え方は、社会正義の原則に基づいています。
FAQs
この訴訟の主要な争点は何でしたか? | 航海士が職務中に病気になった場合、船主が病気手当と医療費を支払うべきかどうか、また、その範囲が争点となりました。特に、病気が職務に関連するかどうかが不明な場合でも、船主が一定の責任を負うべきかどうかが問題となりました。 |
裁判所は、病気手当の支払いをどのように判断しましたか? | 裁判所は、POEA-SECの規定に基づき、航海士が職務中に病気になった場合、その病気が職務に関連するかどうかにかかわらず、船主は一定期間(最大120日)の病気手当を支払う義務があると判断しました。 |
会社側は、癌が職務と無関係であると主張しましたが、裁判所の判断は? | 裁判所は、会社指定の医師が癌は職務とは無関係であると診断した場合でも、船員がセカンドオピニオンを求める権利を妨げるものではないと指摘しました。そして、セカンドオピニオンが得られない場合でも、会社は少なくとも120日間の病気手当を支払う義務があるとしました。 |
医療費の支払いについて、裁判所はどのように判断しましたか? | 裁判所は、会社側が当初、医療費を負担することを約束していたにもかかわらず、後に一方的に支払いを停止したことを問題視しました。そして、会社側が医療費の負担を約束したことは、一種の合意であるとみなし、その履行を命じました。 |
POEA-SECとは何ですか? | POEA-SECとは、フィリピン海外雇用庁(POEA)が定める、フィリピン人船員を雇用する際の標準的な雇用契約です。船員の権利と義務、船主の責任などが規定されています。 |
本判決は、航海士の権利にどのような影響を与えますか? | 本判決により、航海士は、職務中に病気になった場合でも、安心して治療に専念できるようになります。また、船主に対し、航海士の健康と福祉に配慮するよう促す効果も期待できます。 |
本判決は、他の労働者にも適用されますか? | 本判決は、主に航海士に適用されるものですが、労働者の保護を重視するフィリピンの労働法の原則を反映しているため、他の労働者の権利にも間接的な影響を与える可能性があります。 |
会社側が医療費の支払いを拒否した場合、どうすればよいですか? | まずは、会社側と交渉し、支払いを求めるべきです。それでも解決しない場合は、弁護士に相談し、法的手段を検討することも可能です。 |
本判決は、航海士の労働環境と権利保護において重要な一歩となりました。航海士の皆様が安心して職務に専念できるよう、本判決が広く周知されることを願います。
本判決の具体的な適用に関するお問い合わせは、ASG Law(contact またはメール frontdesk@asglawpartners.com)までご連絡ください。
免責事項:本分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的助言については、資格のある弁護士にご相談ください。
出典:TRANSOCEAN SHIP MANAGEMENT VS. INOCENCIO B. VEDAD, G.R Nos. 194490-91, March 20, 2013
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