取締役か従業員か?解雇の適法性を分ける重要な線引き:マルクIIマーケティング事件
G.R. No. 171993, December 12, 2011
イントロダクション
フィリピンで事業を行う上で、従業員の解雇は常にデリケートな問題です。解雇が違法と判断された場合、企業は多額の賠償責任を負う可能性があります。しかし、取締役や役員といった「企業役員」の解雇は、通常の従業員とは異なる法的な扱いを受け、管轄裁判所も異なります。マルクIIマーケティング対ホソン事件は、この企業役員と従業員の区別、そして解雇の適法性について重要な教訓を与えてくれます。本稿では、この最高裁判所の判決を詳細に分析し、企業が従業員を解雇する際に注意すべき点、特にジェネラルマネージャー(総支配人)の地位に着目して解説します。
法的背景:企業役員と従業員の区別
フィリピン法において、従業員の不当解雇は労働仲裁官(Labor Arbiter)の管轄となります(労働法217条)。しかし、解雇された者が「企業役員」である場合、その紛争は企業内紛争(intra-corporate controversy)とみなされ、地方裁判所(Regional Trial Court, RTC)の管轄となります(旧証券取引委員会規則、現証券規制法)。この区別は、解雇手続きだけでなく、最終的な法的判断を下す機関を決定する上で非常に重要です。
企業役員とは、会社法(Corporation Code)第25条および会社の定款(By-laws)で定められた役職を指します。具体的には、社長(President)、書記役(Secretary)、会計役(Treasurer)に加え、定款で定められたその他の役員が含まれます。最高裁判所は、Matling Industrial and Commercial Corporation v. Coros事件において、「定款に明記された役職のみが企業役員とみなされる」と明確に判示しました。役職が定款に明記されていない場合、取締役会が役員として任命したとしても、法的には従業員と見なされる可能性があるのです。
重要な条文として、会社法第25条は以下のように規定しています。
第25条 取締役および役員、定足数 – 取締役の選任後直ちに、取締役は、取締役である社長、取締役であるかどうかを問わない会計役、フィリピン居住の国民である書記役、および定款で定めるその他の役員を選任することにより、正式に組織しなければならない。2つ以上の役職を兼任することができる。ただし、社長と書記役、または社長と会計役を兼任することはできない。
この条文が示すように、企業役員の地位は法律または定款によって明確に定められる必要があります。これにより、企業は恣意的に従業員を企業役員に指定し、労働法上の保護を回避することを防ぐことができます。
事件の経緯:総支配人の解雇を巡る争い
マルクIIマーケティング社は、家電製品の販売・流通を行う企業です。アルフレド・ホソン氏は、同社の設立前からその事業に関与し、設立後はジェネラルマネージャー(総支配人)、取締役、株主として勤務していました。ホソン氏と会社の間では、総支配人としての報酬を純利益の30%とするマネジメント契約が締結されていました。
しかし、1997年6月30日、会社は業績不振を理由に事業停止を決定し、ホソン氏に総支配人としての解雇を通知しました。これに対し、ホソン氏は不当解雇であるとして労働仲裁裁判所に訴えを提起しました。会社側は、ホソン氏が企業役員であるため、本件は企業内紛争に該当し、労働仲裁裁判所には管轄権がないと主張しました。
労働仲裁官は、ホソン氏が企業役員ではなく従業員であると判断し、解雇を違法としました。一方、国家労働関係委員会(NLRC)は、ホソン氏が企業役員であると認定し、労働仲裁官の決定を覆しました。その後、本件は控訴裁判所、そして最高裁判所へと争われることになりました。
最高裁判所は、以下の点を主な争点として審理しました。
- 労働仲裁裁判所と地方裁判所のどちらに管轄権があるか?
- ホソン氏は企業役員か従業員か?
- 解雇は適法か?
最高裁判所の判断:ジェネラルマネージャーは従業員
最高裁判所は、まず管轄権の問題について検討しました。そして、ホソン氏が企業役員ではなく従業員であると判断し、労働仲裁裁判所に管轄権があることを認めました。その理由として、以下の点を挙げました。
「定款を注意深く精査すると、第4条第1項には、企業役員は会長、社長、副社長、会計役、書記役のみで構成されていることが明確に示されている。ジェネラルマネージャーの役職は、これらの役職には含まれていない。」
裁判所は、会社の定款においてジェネラルマネージャーが企業役員として明記されていない点を重視しました。会社は、取締役会決議によってジェネラルマネージャーを企業役員としたと主張しましたが、最高裁判所は、定款の修正なしに取締役会決議のみで企業役員を創設することはできないと判断しました。
さらに、裁判所は、ホソン氏の報酬が取締役会ではなく社長によって決定されていたこと、社会保障制度(SSS)にホソン氏が従業員として登録されていたことなども、ホソン氏が従業員であることを裏付ける要素として指摘しました。
次に、解雇の適法性について、最高裁判所は、事業停止自体は正当な解雇理由となるものの、会社が労働法で義務付けられている手続き(解雇予告通知、DOLEへの通知、退職金支払い)を遵守していないと判断しました。特に、解雇予告通知が解雇日と同日に通知された点、および退職金が支払われていない点を問題視しました。
その結果、最高裁判所は、ホソン氏の解雇は手続き上の瑕疵がある違法解雇であると結論付け、会社に対し、退職金と名誉毀損に対する損害賠償金5万ペソの支払いを命じました。ただし、未払い賃金とバックペイについては、根拠となるマネジメント契約が会社設立前に締結されたものであり、会社を拘束しないと判断し、認めませんでした。
実務上の教訓:企業が取るべき対策
本判決から得られる最も重要な教訓は、企業役員と従業員の区別を明確にすることの重要性です。特に、ジェネラルマネージャーのような重要な役職であっても、定款に企業役員として明記されていなければ、法的には従業員と見なされる可能性があることを認識する必要があります。
企業は、従業員を解雇する際には、以下の点に注意する必要があります。
- 企業役員の定義の明確化:定款において、企業役員の範囲を明確に定めること。ジェネラルマネージャーなどの役職を企業役員とする場合は、定款に明記する必要があります。
- 解雇理由の明確化:解雇が正当な理由に基づくものであることを立証できるように、客観的な証拠を収集・保管すること。
- 適法な解雇手続きの遵守:解雇予告通知(30日前)、DOLEへの通知、退職金の支払いなど、労働法で定められた手続きを確実に遵守すること。
よくある質問(FAQ)
Q1. ジェネラルマネージャーは必ずしも企業役員ではないのですか?
A1. 必ずしもそうとは限りません。ジェネラルマネージャーが企業役員となるかどうかは、会社の定款の規定によります。定款に企業役員として明記されていれば企業役員となり、そうでなければ従業員と見なされる可能性が高いです。
Q2. 取締役会決議でジェネラルマネージャーを企業役員にできますか?
A2. いいえ、できません。最高裁判所は、定款の修正なしに取締役会決議のみで企業役員を創設することはできないと判示しています。ジェネラルマネージャーを企業役員とするためには、定款を正式に修正する必要があります。
Q3. 従業員を解雇する際、最も重要な注意点は何ですか?
A3. 最も重要なのは、解雇理由が正当であること、そして解雇手続きが適法であることです。特に、解雇予告通知の期間、通知先、退職金の計算方法など、労働法の規定を正確に理解し、遵守する必要があります。
Q4. 事業停止を理由に従業員を解雇する場合、どのような手続きが必要ですか?
A4. 事業停止による解雇の場合、少なくとも1ヶ月前に従業員と労働雇用省(DOLE)に書面で通知する必要があります。また、従業員の勤続年数に応じた退職金を支払う必要があります。
Q5. 不当解雇と判断された場合、企業はどのような責任を負いますか?
A5. 不当解雇と判断された場合、企業は従業員に対し、バックペイ(解雇期間中の未払い賃金)、復職命令、精神的損害賠償、弁護士費用などの支払いを命じられる可能性があります。特に、悪質な不当解雇の場合は、多額の賠償責任を負うことがあります。
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ASG Law – マカティ、BGCを拠点とする、フィリピン法務のエキスパート。
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