海外労働者の病気による不当解雇:フィリピン最高裁判所の判例解説

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病気を理由とした海外労働者の解雇、適法となる要件とは?最高裁が示す明確な基準

G.R. No. 129584, December 03, 1998

はじめに

海外で働くフィリピン人労働者(OFW)にとって、不当な解雇は大きな不安の種です。特に、病気を理由に突然解雇された場合、言葉も文化も異なる異国で、どのように自身の権利を守ればよいのでしょうか?本稿では、海外労働者が病気を理由に解雇された事例を取り上げたフィリピン最高裁判所の判決、Triple Eight Integrated Services, Inc. v. National Labor Relations Commission を詳細に解説します。この判決は、病気を理由とする解雇が適法と認められるための厳格な要件を示しており、海外労働者だけでなく、人材派遣会社や雇用主にとっても重要な教訓を含んでいます。

本件の原告であるエルリンダ・オスダナは、食品サーバーとしてサウジアラビアに派遣されましたが、契約内容とは異なる重労働を強いられ、病気を発症。最終的に解雇されました。これに対し、オスダナは不当解雇であるとして訴えを起こし、最高裁まで争われた結果、彼女の訴えが認められました。一体何が争点となり、裁判所はどのような判断を下したのでしょうか?

法的背景:労働法における疾病解雇の要件

フィリピン労働法典第284条は、疾病を理由とする解雇について規定しています。条文を直接見てみましょう。

第284条 疾病を理由とする解雇 — 雇用主は、疾病に罹患していることが判明し、かつ、その者の雇用継続が法により禁止されているか、又はその者の健康及び同僚の健康を害する虞がある従業員を解雇することができる:…

この条文だけを見ると、雇用主は比較的容易に疾病を理由に解雇できるかのようにも思えます。しかし、労働法典施行規則は、この条文をより厳格に解釈し、雇用主の恣意的な解雇を抑制するための詳細な要件を定めています。特に重要なのが、以下の規則です。

第8条 疾病を理由とする解雇 — 従業員が疾病に罹患しており、その雇用継続が法により禁止されているか、又はその者の健康若しくは同僚の健康を害する虞がある場合、雇用主は、権限のある公的機関による、適切な医療処置を施しても6ヶ月以内に治癒しない性質又は段階の疾病である旨の証明書がない限り、その雇用を終了させてはならない。疾病又は不調が期間内に治癒する可能性がある場合、雇用主は従業員を解雇してはならず、従業員に休職を求めるものとする。雇用主は、従業員の健康が回復次第、直ちに元の職位に復帰させなければならない。(下線部筆者)

この規則が示すように、フィリピン法では、病気を理由とする解雇は厳しく制限されています。単に従業員が病気になったというだけでは解雇は認められず、①権限のある公的機関による診断、②6ヶ月以内の治癒が不可能であることの証明、という2つの要件を満たす必要があります。これらの要件は、海外労働者の場合でも適用されるのでしょうか?本判決は、この点についても明確な判断を示しています。

判決の概要:事実認定と最高裁の判断

オスダナは、人材派遣会社であるTriple Eight Integrated Services, Inc.(以下「Triple Eight」)を通じて、サウジアラビアのGulf Catering Company(GCC)に食品サーバーとして派遣されました。しかし、実際に任された仕事は、契約内容とは大きく異なり、皿洗いや清掃などの重労働でした。長時間労働と過酷な労働環境により、オスダナは両腕に激しい痛みと痺れを伴う「手根管症候群」を発症し、手術を余儀なくされました。

手術後、GCCはオスダナを病気を理由に解雇し、フィリピンに強制送還しました。これに対し、オスダナは、Triple EightとGCCに対し、未払い賃金、契約期間満了までの賃金、損害賠償などを求めて訴訟を提起しました。

訴訟の経緯

  1. 労働仲裁人:オスダナの訴えを認め、未払い賃金や損害賠償の支払いを命じる判決を下しました。
  2. 国家労働関係委員会(NLRC):Triple Eightからの控訴を棄却し、労働仲裁人の判決を支持しました。
  3. 最高裁判所:Triple Eightは、NLRCの決定を不服として、違憲審査請求(certiorari)を最高裁判所に提起しました。Triple Eightは、①NLRCの判断には事実認定と法令適用の誤りがある、②責任はGCCと連帯して負うべきであると主張しました。

最高裁は、Triple Eightの主張を退け、NLRCの決定をほぼ全面的に支持しました。最高裁は、Triple Eightが、オスダナの解雇が適法であることを立証するための十分な証拠を提出しなかったと指摘しました。特に、労働法典施行規則が求める「権限のある公的機関による診断書」が提出されなかった点を重視しました。

「…雇用主は、従業員の疾病が6ヶ月以内に治癒しない性質のものであるという権限のある公的医療機関の証明書を提出する必要がある。この証明書なしに解雇を正当化することはできない。」

最高裁は、Triple Eightが、サウジアラビアの医療機関による診断書を入手することは物理的に不可能であると主張したことに対し、「規則は単に『権限のある公的医療機関』による証明書を要求しているだけであり、『フィリピンの公的医療機関』による証明書を要求しているわけではない」と反論しました。つまり、サウジアラビアの公的医療機関による診断書でも要件を満たすと解釈できるにもかかわらず、Triple Eightはそれを怠ったということです。

さらに、Triple Eightは、サウジアラビアの労働法が適用されるべきであると主張しましたが、最高裁はこれを退けました。雇用契約はフィリピンで締結されたものであり、フィリピンの労働法が適用されると判断しました。また、フィリピンの公共政策として、海外労働者の保護は非常に重要であり、外国の法律がフィリピンの公共政策に反する場合、適用されないとしました。

実務上の教訓:企業と労働者が知っておくべきこと

本判決は、海外労働者を雇用する企業、そして海外で働くことを目指す労働者双方にとって、重要な教訓を与えてくれます。

企業側の教訓

  • 疾病解雇の要件厳守:海外労働者を病気を理由に解雇する場合、フィリピン労働法典および施行規則が定める厳格な要件(公的医療機関の診断書、6ヶ月以内の治癒が不可能であることの証明)を遵守する必要があります。
  • 適切な労務管理:契約内容と異なる業務を命じたり、過酷な労働環境を放置したりすることは、労働者の健康を害し、法的責任を問われるリスクを高めます。
  • 海外法への依存は危険:海外で雇用する場合でも、雇用契約がフィリピンで締結されたものであれば、原則としてフィリピンの労働法が適用されます。安易に現地の法律に依存することは避けるべきです。

労働者側の教訓

  • 契約内容の確認:雇用契約の内容(職種、給与、労働時間、労働条件など)を十分に確認し、不明な点は雇用主に確認することが重要です。
  • 労働環境の記録:契約内容と異なる業務を命じられたり、過酷な労働環境に置かれた場合は、証拠となる記録(日記、写真、同僚の証言など)を残しておくことが望ましいです。
  • 専門家への相談:不当解雇や労働条件に関する問題が発生した場合は、弁護士や労働組合などの専門家に早めに相談することが重要です。

重要なポイント

  • 病気を理由とする海外労働者の解雇は、フィリピン労働法上、厳しく制限されている。
  • 解雇を適法とするためには、権限のある公的医療機関による診断書と、6ヶ月以内の治癒が不可能であることの証明が必要。
  • 雇用契約がフィリピンで締結された場合、原則としてフィリピンの労働法が適用される。
  • 企業は、海外労働者の労務管理を適切に行い、法令遵守を徹底する必要がある。
  • 労働者は、自身の権利を守るために、契約内容の確認、労働環境の記録、専門家への相談を心がけるべきである。

よくある質問(FAQ)

  1. 質問1:海外で病気になった場合、すぐに解雇されるのでしょうか?
    回答1:いいえ、フィリピン法では、病気を理由とする解雇は厳しく制限されています。正当な理由なく解雇された場合は、不当解雇として訴えることができます。
  2. 質問2:診断書はどこの国の医療機関のものでも良いのでしょうか?
    回答2:必ずしもフィリピンの医療機関のものである必要はありません。「権限のある公的医療機関」であれば、現地の医療機関の診断書でも認められる可能性があります。
  3. 質問3:もし不当解雇された場合、どこに相談すれば良いですか?
    回答3:フィリピン国内であれば、弁護士、労働組合、DOLE(労働雇用省)などに相談することができます。海外の場合は、現地のフィリピン大使館や領事館に相談することもできます。
  4. 質問4:未払い賃金や損害賠償はどのくらい請求できますか?
    回答4:未払い賃金、契約期間満了までの賃金、精神的苦痛に対する損害賠償、弁護士費用などを請求できる可能性があります。具体的な金額は、個別のケースによって異なります。
  5. 質問5:人材派遣会社と海外の雇用主、どちらに責任があるのですか?
    回答5:本判決では、人材派遣会社であるTriple Eightが責任を負うと判断されました。ただし、海外の雇用主も連帯して責任を負う可能性があります。

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Source: Supreme Court E-Library
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