事業閉鎖は免罪符ではない:経営者は従業員への責任から逃れられない
G.R. No. 117473, April 15, 1997
はじめに
事業の継続が困難になり、閉鎖を余儀なくされることは、企業にとって避けられない現実です。しかし、事業閉鎖が従業員に対する企業の責任を免除するものではありません。特に、経営者が会社の事業閉鎖を、従業員への適切な補償を回避する手段として利用した場合、その責任はより重くなります。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、レアーズ・コーポレーション対国家労働関係委員会事件(G.R. No. 117473, 1997年4月15日)を基に、事業閉鎖における企業と経営者の責任、特に分離手当の支払い義務について解説します。この判例は、企業が経営難を理由に事業を閉鎖する場合でも、従業員への責任を全うする必要があることを明確に示しており、企業経営者、人事担当者、そして労働者にとって重要な教訓を含んでいます。
法的背景:労働法における事業閉鎖と分離手当
フィリピン労働法典第283条は、適法な解雇事由の一つとして「事業所の閉鎖または事業の停止」を認めています。しかし、この条項は、企業が単に事業を閉鎖すれば、従業員に対する一切の責任を免れるという解釈を許容するものではありません。同条項は、事業閉鎖が「深刻な事業損失または財政難」によるものではない場合、企業は従業員に分離手当を支払う義務を明確に規定しています。重要なのは、事業閉鎖が経営難によるものである場合でも、企業はその事実を立証する責任を負うという点です。最高裁判所は、過去の判例(G.R. No. 85286, 1992年8月24日)で、「事業の閉鎖または人員削減は、法律の規定を回避する目的でない限り、従業員の雇用を終了させる正当な理由となる」としつつも、「経営難が従業員を解雇する正当な理由となり得るが、これらは雇用主によって十分に証明されなければならない」と判示しています。つまり、企業が分離手当の支払いを免れるためには、単に経営難を主張するだけでなく、客観的な証拠によってその事実を裏付ける必要があるのです。
事件の概要:レアーズ・コーポレーション事件
レアーズ・コーポレーションは、マッサージ店などを経営していましたが、経営不振を理由に事業を閉鎖し、従業員を解雇しました。従業員らは、未払い賃金、祝日手当、13ヶ月手当、そして分離手当の支払いを求めて労働仲裁裁判所に訴えを提起しました。労働仲裁裁判所は、不当労働行為と不当解雇の訴えは退けたものの、分離手当などの支払いを認めました。しかし、経営者個人に対する連帯責任は認めませんでした。これに対し、経営者側は国家労働関係委員会(NLRC)に控訴しましたが、NLRCは労働仲裁裁判所の決定を支持しました。さらに、NLRCは経営者個人にも会社と連帯して責任を負うと判断しました。経営者側はこれを不服として、最高裁判所に上訴しました。
最高裁判所の判断:経営者個人の連帯責任を認める
最高裁判所は、NLRCの決定を一部修正しつつも、その主要な判断を支持しました。裁判所は、まず、レアーズ・コーポレーションが事業閉鎖の理由とした経営難について、「深刻な事業損失または財政難」を証明する十分な証拠が提出されていないと指摘しました。企業側は、賃料の値上げや電気サービスの停止などを主張しましたが、具体的な財務状況を示す資料を提示していません。裁判所は、企業が分離手当の支払いを免れるためには、単なる主張だけでなく、客観的な証拠による立証が必要であると改めて強調しました。
「事業閉鎖または事業停止が深刻な事業損失または財政難によるものではない場合、分離手当は月給1ヶ月分、または勤続年数1年につき少なくとも月給0.5ヶ月分のいずれか高い方に相当する。」
さらに、裁判所は、本件において、会社の経営者個人(取締役会議長、取締役、会計担当マネージャー)にも、会社と連帯して従業員への支払い責任を負うと判断しました。原則として、会社は法人格を有し、その役員や株主とは別人格とされます。そのため、会社の役員は、職務上の行為について個人的な責任を負うことはありません。しかし、最高裁判所は、過去の判例(G.R. No. 69494, 1986年6月10日)などを引用し、会社の法人格の否認(veil piercing)の法理を適用しました。これは、法的人格が不正行為や違法行為の手段として利用された場合、あるいは既存の義務の回避のために利用された場合などに、その背後にいる実質的な責任者を追及する法理です。裁判所は、本件において、経営者らが経営難の証拠を十分に提出せず、従業員への支払いを回避しようとした姿勢を問題視し、法人格の背後に隠れることを許すべきではないと判断しました。特に、経営者が労働基準法違反を認識しながら是正措置を講じず、事業を突然閉鎖したこと、そして分離手当の支払いを拒否したことは、経営者個人の責任を問う上で重要な要素となりました。
「役員らは、会社が労働基準法規定に違反していることを認識していたが、これらの違反を是正する行動を取らなかった。代わりに、彼らは突然事業を閉鎖した。また、彼らは従業員に分離手当を提示せず、経営難という見え透いた言い訳に都合よく頼ったが、そのような損失を証明する実質的な証拠を何も持っていないことを十分に承知していた。」
ただし、裁判所は、労働仲裁裁判所とNLRCが認めた弁護士費用については、具体的な事実認定と適用法条の明示がないとして、これを削除しました。
実務上の教訓:事業閉鎖における企業の責任と経営者の注意点
本判例は、企業が事業閉鎖を行う際に、以下の点に留意する必要があることを示唆しています。
- 経営難の立証責任: 事業閉鎖を理由に分離手当の支払いを免れるためには、深刻な経営難を客観的な証拠によって立証する必要があります。単なる主張や口頭説明だけでは不十分です。財務諸表、会計監査報告書、売上減少を示すデータなど、具体的な資料を準備しておくことが重要です。
- 従業員への事前通知: 労働法は、事業閉鎖の少なくとも1ヶ月前に、従業員と労働雇用省に書面で通知することを義務付けています。この手続きを遵守することは、法的義務を果たすだけでなく、従業員との信頼関係を維持する上でも重要です。
- 誠実な協議: 事業閉鎖の決定に至る前に、従業員代表または労働組合と誠実に協議を行うことが望ましいです。協議を通じて、従業員の不安を軽減し、円満な解決策を探る努力を示すことが、紛争を予防する上で有効です。
- 経営者の責任: 経営者は、会社の事業運営において、法令遵守を徹底し、従業員の権利を尊重する義務を負っています。特に、経営難に直面した場合でも、従業員への責任を軽視することなく、適切な対応を心がける必要があります。経営者が意図的に義務を回避しようとした場合、法人格否認の法理が適用され、個人責任を追及されるリスクがあることを認識しておくべきです。
よくある質問(FAQ)
- 質問1: 会社が本当に経営難で倒産寸前の場合でも、分離手当を支払う必要がありますか?
回答1: はい、原則として必要です。ただし、深刻な経営難を客観的な証拠で立証できれば、分離手当の支払いが免除される可能性があります。しかし、立証責任は会社側にあります。
- 質問2: 分離手当の金額はどのように計算されますか?
回答2: 労働法典第283条に基づき、月給1ヶ月分、または勤続年数1年につき少なくとも月給0.5ヶ月分のいずれか高い方です。勤続期間が6ヶ月以上の端数は1年とみなされます。
- 質問3: 事業閉鎖の通知はどのように行う必要がありますか?
回答3: 従業員と労働雇用省に、事業閉鎖の少なくとも1ヶ月前に書面で通知する必要があります。通知書には、事業閉鎖の理由、予定日、対象となる従業員、分離手当に関する情報などを記載する必要があります。
- 質問4: 経営者が個人責任を問われるのはどのような場合ですか?
回答4: 法人格否認の法理が適用される場合です。具体的には、経営者が不正行為、違法行為、または既存の義務の回避を目的として法人格を利用した場合などが該当します。本判例のように、経営難の立証を怠り、従業員への支払いを回避しようとした場合も、個人責任を問われる可能性があります。
- 質問5: 労働組合がない会社でも、従業員代表との協議は必要ですか?
回答5: 労働組合がない場合でも、従業員代表を選任し、協議を行うことが望ましいです。従業員代表は、従業員の意見を会社に伝え、会社からの情報を従業員に伝える役割を果たします。誠実な協議は、紛争予防に繋がります。
事業閉鎖は、企業にとっても従業員にとっても苦渋の決断です。しかし、法的義務と倫理的責任を遵守し、誠実な対応を心がけることで、紛争を最小限に抑え、円満な解決を目指すことができます。事業閉鎖や労働問題でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、労働法務に精通した専門家が、企業の皆様を全面的にサポートいたします。
ご相談は、konnichiwa@asglawpartners.com までメールにて、またはお問い合わせページからご連絡ください。ASG Lawは、マカティ、BGC、フィリピン全土で、皆様の法的ニーズにお応えします。


Source: Supreme Court E-Library
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