正当防衛の限界:フィリピン最高裁判所判例に学ぶ不法な侵害と過剰防衛

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正当防衛の主張が認められないケース:違法な侵害の立証責任と過剰な反撃

[G.R. No. 183092, May 30, 2011] PEOPLE OF THE PHILIPPINES, APPELLEE, VS. ANTONIO SABELLA Y BRAGAIS, APPELLANT.

フィリピンでは、自己防衛は正当な法的抗弁となりえますが、その主張が認められるためには厳格な要件を満たす必要があります。もしあなたが自宅に侵入してきた者に対して反撃した場合、それは正当防衛として認められるでしょうか?今回の最高裁判所の判決は、自己防衛を主張する際の立証責任と、過剰な防衛行為が犯罪となる可能性を明確に示しています。この判例を通して、正当防衛の法的境界線を理解し、不測の事態に備えましょう。

正当防衛の法的要件:刑法における原則

フィリピン刑法典第11条は、正当防衛を免責事由の一つとして規定しています。自己防衛が認められるためには、以下の3つの要素がすべて立証されなければなりません。

  1. 不法な侵害(Unlawful Aggression): 被害者からの不法な攻撃が現実に存在するか、差し迫った危険があること。単なる脅迫や威嚇的な態度では不十分です。
  2. 防衛手段の相当性(Reasonable Necessity of the Means Employed): 防衛のために用いた手段が、侵害を防ぐために合理的に必要であったこと。
  3. 挑発行為の欠如(Lack of Sufficient Provocation): 防衛を主張する側に、十分な挑発行為がなかったこと。

特に重要なのは、最初の要件である「不法な侵害」です。最高裁判所は、数多くの判例で、自己防衛が成立するためには、まず被害者側からの不法な侵害が存在することが不可欠であると強調しています。不法な侵害が存在しない場合、自己防衛の議論はそもそも成り立ちません。

今回の判例で引用された判例、People v. Catbagan, G.R. Nos. 149430-32, February 23, 2004 は、不法な侵害について「現実的で、突発的で、予期せぬ攻撃、またはその差し迫った危険を前提とするものであり、単なる脅迫的または威圧的な態度ではない」と定義しています。つまり、自己防衛を主張するためには、相手が実際に攻撃を開始したか、今まさに攻撃しようとしている状況でなければならないのです。

事件の経緯:サベラ対フィリピン国

この事件は、アントニオ・サベラがプルデンシオ・ラビデスを殺害したとして殺人罪で起訴されたものです。事件は1998年9月28日の夜、カマリネス・スール州サグニャイのバランガイ・ナトで発生しました。

被告人サベラの主張:正当防衛

サベラは、自宅で就寝中に物音で目を覚まし、侵入者が家に侵入しようとしていることに気づきました。侵入者は丸太のようなものでサベラを攻撃しましたが、サベラはこれをかわし、寝床の傍にあった夜警棒のようなもの(後にボロナイフと判明)で反撃しました。サベラは、侵入者がラビデスであることを認識したのは、彼が傷を負って家の明るい場所に移動した後だと主張しました。その後、サベラは警察に自首し、ボロナイフを提出しました。

検察側の主張:計画的な殺人

一方、検察側は、事件当夜、ロムロ・コンペテンテがマルコス・ベルデフロールの家から帰宅途中にサベラに背後からボロナイフで殴られ、脅迫されたと証言しました。その後、コンペテンテはサベラがベルデフロールの家から出てきたラビデスをボロナイフで刺すのを目撃しました。さらに、ウィリー・ドゥロは、ラビデスを病院に運ぼうとした際に、サベラが「病院に連れて行っても助からない。それが人の殺し方だ」と言ったと証言しました。被害者ラビデスは、パテルノ・ラウレニオに「アントニオ・サベラに刺された」と伝え、その後死亡しました。

裁判所の判断:一審、控訴審、そして最高裁

一審の地方裁判所(RTC)は、サベラの自己防衛の主張を退け、計画性と裏切りを伴う殺人罪で有罪判決を下しました。RTCは、サベラがラビデスの不法な侵害を立証できなかったと判断しました。また、検察側の証言、特にラウレニオの証言を重視し、ラビデスの死の間際の証言(ダイイング・デクラレーション)として認めました。控訴裁判所(CA)もRTCの判決を支持しましたが、損害賠償額を一部修正しました。そして、最高裁判所は、控訴審の判決を支持し、サベラの有罪判決を確定しました。

最高裁判所は、自己防衛を主張する被告には、その主張を立証する責任があることを改めて強調しました。判決の中で、裁判所は以下の点を指摘しました。

  • サベラは、ラビデスがドアを破壊して家に侵入したという証拠を提出できなかった。
  • ラビデスが丸太で攻撃しようとしたという証拠もなかった。
  • サベラ自身も事件で怪我を負っていないと認めた。
  • ラビデスの傷の数、部位、重さは、自己防衛というサベラの主張と矛盾する。

裁判所は、検察側の証拠、特に目撃者コンペテンテの証言、法医医アタナシオの検死報告、そしてラビデスの臨終の際の証言を総合的に判断し、不法な侵害者はラビデスではなく、サベラであったと結論付けました。また、サベラの攻撃は計画的で、突発的で、予期せぬものであり、被害者は無防備で、生命の危険を全く認識していなかったことから、裏切り(トレachery)の情状酌量すべき事情を認めました。

「確立された事実のセットから、サベラによるラビデスへの攻撃は、意図的、突発的、予期せぬものであった。被害者は武器を持っておらず、自身の生命に対する差し迫った危険を全く認識していなかった。」

裁判所は、サベラが自首したという情状酌量すべき事情を考慮しても、裏切りという加重情状酌量すべき事情があるため、刑罰はreclusion perpetua(終身刑)が相当であると判断しました。さらに、民事責任として、遺族に対して、民事賠償金、慰謝料、節度ある損害賠償、懲罰的損害賠償の支払いを命じました。

実務への影響:正当防衛を主張する際の注意点

この判例は、フィリピンにおける正当防衛の主張が容易ではないことを改めて示しています。自己防衛を主張する場合、以下の点に注意が必要です。

  • 不法な侵害の立証責任: 自己防衛を主張する側が、まず被害者からの不法な侵害があったことを明確に立証する必要があります。証拠がない場合、主張は認められません。
  • 防衛手段の相当性: 反撃の程度は、侵害の程度に見合ったものでなければなりません。過剰な防衛行為は、正当防衛の範囲を超え、犯罪となる可能性があります。
  • 客観的な証拠の重要性: 裁判所は、当事者の証言だけでなく、客観的な証拠(例えば、現場の状況、負傷の状態、検死報告など)を重視します。自己防衛を裏付ける客観的な証拠を準備することが重要です。

キーレッスン

  • 自己防衛を主張するためには、まず不法な侵害があったことを立証する必要がある。
  • 防衛手段は、侵害の程度に見合ったものでなければならない。
  • 客観的な証拠が、自己防衛の主張を裏付ける上で非常に重要である。

よくある質問(FAQ)

Q1: 自宅に侵入者がいた場合、どこまで反撃が許されますか?

A1: 正当防衛が認められる範囲は、侵害の状況によって異なります。まず、侵入者による不法な侵害が現実に存在するか、差し迫った危険があることが必要です。その上で、防衛手段は、侵害を防ぐために合理的に必要であった範囲内である必要があります。過剰な反撃は、正当防衛として認められない可能性があります。

Q2: 丸太で殴られそうになった際に、ボロナイフで反撃した場合、正当防衛は成立しますか?

A2: 今回の判例では、被告は丸太で殴られそうになったと主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。正当防衛が成立するためには、不法な侵害の存在を客観的な証拠によって立証する必要があります。また、防衛手段の相当性も問題となります。丸太による攻撃に対して、ボロナイフでの反撃が相当であるかどうかは、具体的な状況によって判断されます。

Q3: 被害者が先に暴力を振るってきた場合、必ず正当防衛が認められますか?

A3: いいえ、必ずしもそうとは限りません。被害者が先に暴力を振るってきたとしても、防衛手段が過剰であったり、挑発行為があったりする場合は、正当防衛が認められないことがあります。重要なのは、すべての正当防衛の要件を満たすことです。

Q4: 正当防衛を主張する場合、どのような証拠を準備すれば良いですか?

A4: 正当防衛を主張するためには、まず不法な侵害があったことを示す証拠、例えば、被害者の攻撃の状況、現場の写真、目撃者の証言などを集めることが重要です。また、防衛手段の相当性を説明するために、当時の状況を詳細に記録し、証言できる人を確保することも有効です。

Q5: もし正当防衛が認められなかった場合、どのような罪に問われますか?

A5: 正当防衛が認められなかった場合、行為の内容に応じて、殺人罪、傷害罪などの罪に問われる可能性があります。今回の判例では、被告は殺人罪で有罪判決を受け、終身刑を宣告されました。

ASG Lawは、フィリピン法、特に刑法分野において豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。正当防衛に関するご相談、その他法的問題でお困りの際は、お気軽にご連絡ください。
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