名誉の防衛は殺人に対する正当な弁護となるか?
フィリピン最高裁判所 G.R. No. 108491
フィリピンにおいて、配偶者の不貞現場を目撃した際に激情に駆られて相手を殺害した場合、殺人罪の責任を免れることはできるのでしょうか?
この問いは、単に法律の条文を解釈するだけでなく、文化、道徳、そして人間の感情が複雑に絡み合う問題です。
本稿では、フィリピン最高裁判所の判例 People v. Amamangpang (G.R. No. 108491) を詳細に分析し、名誉の防衛が殺人罪の正当な弁護となり得るのか、また、どのような場合に刑が軽減されるのかについて、わかりやすく解説します。
この判例は、刑法第247条「例外的な状況下での傷害または死亡」の適用範囲、正当防衛の要件、そして激情による犯罪における量刑判断の基準を示す重要な指針となります。
弁護士や法律専門家だけでなく、一般の方々にも理解できるよう、事例の概要、法的根拠、裁判所の判断、そして実務上の影響を丁寧に解説します。
事件の背景と法的問題
1991年11月8日未明、ボホール州カルメンの被告人セルジオ・アママンパンの自宅で、警察官プラシド・フローレスが、被告人によって鎌で斬られ、さらに.38口径のリボルバーで射殺されるという事件が発生しました。
被告人は殺人罪で起訴され、裁判では、妻の不貞現場を目撃したことによる激情が犯行の動機であると主張し、名誉の防衛または刑法第247条の適用を求めました。
本件の主要な争点は、被告人の行為が正当防衛または刑法第247条に該当するか否か、そして、殺人罪の成立、特に計画性と背信性の有無でした。
裁判所は、被告人の主張をどのように評価し、どのような法的判断を下したのでしょうか。
関連法規と判例:正当防衛、名誉の防衛、激情犯罪
フィリピン刑法は、正当防衛を犯罪責任を免れる正当化事由の一つとして認めています。刑法第11条は、自己または近親者の権利を防衛するための要件を定めており、違法な侵害、防衛手段の相当性、挑発の欠如が求められます。
特に、配偶者の名誉を守るための防衛は、同条第2項に規定されています。
刑法第11条 正当化事由。
以下の者は、いかなる刑事責任も負わない。1. 自己または自己の権利を防衛する行為であって、以下の状況がすべて満たされる場合。
第一に、不法な侵害。
第二に、それを阻止または撃退するために用いられた手段の合理的な必要性。
第三に、防衛者による十分な挑発の欠如。2. 配偶者、尊属、卑属、嫡出子、非嫡出子、養子縁組による兄弟姉妹、または同等の姻族、および4親等以内の血族の者に対する防衛行為であって、前項に規定された第一および第二の要件が満たされ、かつ、攻撃された者によって挑発が行われた場合には、防衛者がその挑発に関与していないこと。
また、刑法第247条は、「例外的な状況下での傷害または死亡」を規定し、配偶者の不貞現場を目撃した者が、激情に駆られて相手を殺害または傷害した場合の刑を軽減または免除する特例を設けています。
刑法第247条 例外的な状況下で加えられた死亡または傷害。
法律上の婚姻関係にある者が、配偶者が他の者と性交を行っている現場に遭遇し、その場でまたは直後にいずれか一方または両方を殺害した場合、または重大な身体的傷害を負わせた場合は、国外追放の刑に処する。その他の種類の身体的傷害を負わせた場合は、処罰を免除される。
これらの条文は、名誉感情が絡む事件において、行為者の責任をどのように評価すべきかという難しい問題提起をしています。
過去の判例では、正当防衛の成立要件や、激情犯罪における刑の軽減の基準が詳細に検討されてきました。
本判例は、これらの既存の法的枠組みの中で、名誉の防衛と激情犯罪をどのように位置づけたのでしょうか。
事件の詳細と裁判所の判断
事件当日、被害者フローレスは、被告人アママンパンの妻シンフォリアナの誕生日を祝うために、被告人宅を訪問しました。
フローレスは、豚の丸焼きを手伝うために囚人を同伴していました。
事件は、被告人が自宅の寝室で、妻とフローレスが性行為に及んでいると誤認したことから始まりました。
被告人は鎌でフローレスを複数回斬りつけ、さらにフローレスから奪った拳銃で射殺しました。
**第一審裁判所**は、被告人の行為を殺人罪と認定し、背信性と夜間であることを加重事由として、終身刑を宣告しました。
裁判所は、被告人が被害者に銃弾を撃ち尽くした行為が背信的であると判断しました。
被告人はこれを不服として**上訴**しました。
被告人は、第一に、写真が改ざんされたと主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
第二に、検察側が証人として召喚しなかった捜査官とガラシオの証人尋問を求めましたが、これも裁判所の裁量により却下されました。
**最高裁判所**は、以下の点を検討しました。
- 名誉の防衛は正当な弁護となるか
- 刑法第247条の「例外的な状況下での死亡」に該当するか
- 夜間を罪の加重事由と認めるべきか
- 被告人が被害者に銃弾を撃ち尽くした行為は背信的か
- 殺人罪の成立と終身刑の適用は妥当か
最高裁判所は、正当防衛の主張を認めませんでした。
裁判所は、被告人の証言の矛盾点、被害者の傷の状況、現場写真の分析から、被告人の主張が事実と異なると判断しました。
特に、被告人の証言と、検察側証人ノキュランの証言、医師の鑑定結果、現場写真との間に矛盾があることを指摘しました。
例えば、血痕の位置、被害者の傷の数、銃弾の軌跡などが、被告人の主張と一致しませんでした。
裁判所は、背信性についても否定しました。
目撃者ノキュランが事件の一部始終を目撃していなかったため、最初の攻撃が不意打ちであったかどうかを立証できなかったからです。
しかし、裁判所は、第一審裁判所が夜間を罪の加重事由とした点を誤りであるとしました。
夜間が犯罪の実行を容易にするため、または逮捕を免れるために意図的に利用されたという証拠がないからです。
また、裁判所は、被告人が自首したことを情状酌量事由として認めました。
警察官アリポロスが、被告人が自発的に警察署に出頭し、犯行を自供したと証言したからです。
最高裁判所は、以上の検討を踏まえ、殺人罪の成立は認めましたが、背信性を否定し、夜間の加重を認めず、自首を情状酌量事由として考慮しました。
その結果、**原判決を一部変更し、被告人を故殺罪で有罪とし、量刑を終身刑から懲役刑に減刑**しました。
裁判所は判決理由の中で、重要な法的原則を再度強調しました。
「背信性は、犯罪の実行において、犯人が被害者の防御から生じる危険を冒すことなく、犯罪の実行を直接的かつ特別に確実にする手段、方法、形態を用いる場合に成立する。
背信性の本質は、被害者によるわずかな挑発もなく、迅速かつ予期せぬ攻撃を加えることである。
本件において、被害者は22箇所の刺創を負った可能性があるが、攻撃がどのように行われたか、または彼女の死に至る刺傷がどのように始まり、発展したかについての証拠はない。
背信性の存在は、単なる推測から確立することはできず、犯行の前後に存在した状況から推測することもできない。
それは、殺害そのものと同じくらい明確かつ説得力のある証拠によって証明されなければならない。
背信性が十分に証明されていない場合、被告人は故殺罪でのみ有罪となる。」
この判決は、背信性の認定には厳格な証明が必要であることを改めて確認しました。
実務への影響と教訓
本判例は、フィリピンにおける名誉の防衛と激情犯罪に関する重要な法的解釈を示しました。
特に、刑法第247条の適用範囲、正当防衛の要件、そして量刑判断における情状酌量事由の考慮について、実務上の指針となるでしょう。
**実務上の教訓**としては、以下の点が挙げられます。
- 名誉の防衛は、殺人罪に対する正当な弁護となり得る場合があるが、厳格な要件を満たす必要がある。
- 刑法第247条は、配偶者の不貞現場を目撃した激情による犯罪について、刑の軽減または免除を認める特例であるが、適用範囲は限定的である。
- 背信性の認定には厳格な証明が必要であり、単なる推測や状況証拠だけでは不十分である。
- 自首は情状酌量事由として量刑判断に影響を与える。
本判例は、激情に駆られた犯罪であっても、法の下では冷静かつ客観的な判断が求められることを示唆しています。
名誉感情が絡む事件においては、法的リスクを十分に理解し、弁護士に相談することが不可欠です。
よくある質問 (FAQ)
Q1: 名誉の防衛は、どのような場合に殺人罪の正当な弁護となりますか?
A1: 名誉の防衛が正当防衛として認められるには、不法な侵害が存在し、それを阻止するために合理的に必要な手段を用いた場合に限られます。単なる名誉感情の侵害だけでは正当防衛は成立しません。生命に対する具体的な脅威や攻撃が存在することが必要です。
Q2: 刑法第247条は、どのような場合に適用されますか?
A2: 刑法第247条は、法律上の婚姻関係にある者が、配偶者の不貞現場に遭遇し、激情に駆られてその場でまたは直後に相手を殺害または傷害した場合に適用されます。この条項は、激情による犯罪に対する刑の軽減または免除を認めるものであり、計画的な犯罪には適用されません。
Q3: 背信性(treachery)とは、具体的にどのような状況を指しますか?
A3: 背信性とは、相手に防御の機会を与えずに、不意打ちで攻撃を加えることを指します。例えば、背後から襲いかかる、油断している隙を突く、など、被害者が抵抗できない状況を作り出して攻撃する場合に認められます。背信性が認められると、殺人罪が成立し、刑が重くなります。
Q4: 自首は量刑にどのように影響しますか?
A4: 自首は、裁判所によって情状酌量事由として考慮されます。自発的に警察に出頭し、犯行を認めることは、反省の態度を示すものとして評価され、量刑を減軽する要因となります。ただし、自首したからといって必ず刑が大幅に減軽されるわけではありません。
Q5: フィリピンで刑事事件に巻き込まれた場合、誰に相談すれば良いですか?
A5: フィリピンで刑事事件に巻き込まれた場合は、直ちに弁護士にご相談ください。特に外国人の方は、言語や文化の違いから不利益を被る可能性が高いため、早めに専門家のサポートを得ることが重要です。ASG Lawは、刑事事件に精通した弁護士が在籍しており、日本語での相談も可能です。お気軽にご連絡ください。
名誉の防衛、激情犯罪、そして刑事事件に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。経験豊富な弁護士が、お客様の状況を丁寧にヒアリングし、最善の解決策をご提案いたします。
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Source: Supreme Court E-Library
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