検察官の裁量権と義務履行命令(マンドゥムス)の限界:不当な不起訴処分に対抗するための重要な教訓
G.R. No. 173081, 2010年12月15日
序論
刑事告訴をしたものの、検察官がなかなか起訴してくれず、進展が見られない。そのような状況に直面し、法的手段を行使したいと考える方は少なくないでしょう。しかし、検察官の判断は高度な裁量に委ねられており、その決定を覆すことは容易ではありません。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、エルネスト・マルセロ・ジュニア対ラファエル・R・ビリョルドン事件(G.R. No. 173081)を基に、検察官の不起訴処分に対する義務履行命令(マンドゥムス)の可否について解説します。この判例は、検察官の裁量権の範囲と、義務履行命令という法的救済手段の限界を明確に示しており、同様の状況に直面している方々にとって重要な指針となるでしょう。
本件は、未払い賃金を巡る刑事告訴が発端となりました。告訴人らは、検察官が訴訟を遅延させているとして、義務履行命令を求めたものの、裁判所はこれを認めませんでした。最高裁判所も、検察官の判断は裁量行為であり、義務履行命令の対象とはならないと判断しました。この判決は、検察官の裁量権の広さを改めて認識させるとともに、義務履行命令という手段を用いる際の注意点を示唆しています。
法的背景:義務履行命令(マンドゥムス)とは
義務履行命令(マンドゥムス)とは、公的機関や公務員が、法律で義務付けられた行為を怠っている場合に、その履行を命じる裁判所命令です。フィリピンの民事訴訟規則第65条第3項に規定されており、正当な理由なく義務を怠っている場合に、裁判所がその履行を強制するものです。しかし、義務履行命令が認められるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
まず、対象となる行為が「法律で明確に義務付けられた行為」であることが必要です。つまり、公務員の裁量に委ねられた行為ではなく、法律によって具体的な内容が定められた義務でなければなりません。次に、「他に適切かつ迅速な救済手段がない」ことも要件となります。義務履行命令は、他の法的手段では救済が困難な場合に、最後の手段として用いられるべきものです。
刑事訴訟においては、予備的審問(Preliminary Investigation)という手続きが存在します。これは、起訴の前に、犯罪の嫌疑と被告人の有罪性について、十分な根拠があるかどうかを判断する手続きです。フィリピン刑事訴訟規則第112条第1項には、「予備的審問とは、犯罪が犯されたという確固たる信念を生じさせ、被告訴人がその罪を犯した蓋然性が高く、裁判にかけられるべきかどうかを判断するための調査または手続きである。」と定義されています。
そして、同規則第112条第2項は、予備的審問を行う権限を持つ者を定めており、市検察官およびその補佐官が含まれています。検察官は、予備的審問の結果に基づき、起訴するか不起訴にするかの判断を行います。この判断は、検察官の裁量に委ねられており、高度な専門性と判断能力が求められます。
事件の概要:マルセロ対ビリョルドン事件
本件の告訴人であるエルネスト・マルセロ・ジュニアとラウロ・リャメスらは、元雇用主であるエドゥアルド・R・ディー・シニアに対し、未払い賃金を求めて刑事告訴を行いました。担当検察官であるラファエル・R・ビリョルドンは、当初、ディーに出頭を命じる召喚状を発行しましたが、ディーはこれに応じませんでした。その後、ビリョルドンは事件を解決済みとしましたが、ディーは異議を申し立て、事件は再審理されることになりました。
しかし、再審理でもディーは出頭せず、告訴人らは検察官の対応の遅さに不満を募らせました。そして、ついに義務履行命令を求めて地方裁判所に訴えを提起しました。告訴人らは、検察官が不当に起訴を遅らせていると主張し、精神的損害賠償や懲罰的損害賠償なども請求しました。
地方裁判所は、告訴人らの訴えを退けました。裁判所は、告訴人らが検察官の上司である首席検察官にまず訴えるべきであり、行政上の救済手続きを尽くしていないと指摘しました。また、告訴人らがオンブズマンにも同様の訴えを提起していることを問題視しました。裁判所は、「行政上の救済手続きの原則は絶対的なものではないが、本件は例外に該当するとは言えない」と述べ、義務履行命令の必要性を否定しました。
最高裁判所も、地方裁判所の判断を支持し、告訴人らの上訴を棄却しました。最高裁判所は、義務履行命令は、公務員が法律で明確に義務付けられた行為を怠っている場合にのみ認められると改めて強調しました。そして、検察官の起訴・不起訴の判断は裁量行為であり、義務履行命令の対象とはならないと判断しました。最高裁判所は判決の中で、次のように述べています。
「起訴するか否かの決定は検察官の特権である。義務履行命令は、公務員に裁量的義務ではなく、職務上の義務として法律が具体的に命じている行為の履行を強制する場合にのみ認められる。」
さらに、最高裁判所は、検察官が事件解決のために追加の証拠を検討する必要がある可能性を指摘し、告訴人らが返答書面を提出することで、検察官の判断を助けることができたはずだと述べました。つまり、告訴人らは義務履行命令に訴える前に、検察手続きの中で可能な手段を尽くすべきだったということです。
実務上の教訓:同様のケースに直面した場合の対処法
本判決は、検察官の不起訴処分に対して義務履行命令を求めることの難しさを示しています。しかし、不当な不起訴処分を諦めるしかないわけではありません。本判決から得られる教訓として、以下の点が挙げられます。
- 行政上の救済手続きを尽くす:まず、検察官の上司である首席検察官に訴え、内部的な是正を求めることが重要です。
- 検察手続きに協力する:検察官が求める証拠や情報には積極的に協力し、事件の解明に貢献する姿勢を示すことが大切です。
- 他の法的手段を検討する:義務履行命令以外にも、再審請求や、オンブズマンへの訴えなど、状況に応じて検討すべき法的手段があります。
重要なポイント
- 検察官の起訴・不起訴の判断は裁量行為であり、義務履行命令の対象とはなりにくい。
- 義務履行命令は、他の法的救済手段がない場合の最後の手段である。
- 不当な不起訴処分に対抗するためには、行政上の救済手続きを尽くし、検察手続きに協力することが重要である。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:検察官がいつまでも起訴してくれない場合、どうすればいいですか?
回答:まず、検察官に事件の進捗状況を確認し、遅延の理由を尋ねてみましょう。それでも改善が見られない場合は、首席検察官に相談することを検討してください。それでも解決しない場合は、弁護士に相談し、法的手段を検討することになります。
- 質問2:義務履行命令はどのような場合に認められますか?
回答:義務履行命令は、公務員が法律で明確に義務付けられた行為を怠っている場合にのみ認められます。検察官の起訴・不起訴の判断は裁量行為であり、義務履行命令の対象とはなりにくいです。
- 質問3:検察官の不起訴処分に不服がある場合、どうすればいいですか?
回答:検察審査会への申し立てや、再審請求などの制度があります。弁護士に相談し、具体的な状況に応じて適切な手段を検討しましょう。
- 質問4:義務履行命令を弁護士なしで自分で申し立てることはできますか?
回答:義務履行命令の申し立ては、法的な専門知識が必要となるため、弁護士に依頼することをお勧めします。手続きや書類作成など、弁護士のサポートを受けることで、よりスムーズに進めることができます。
- 質問5:義務履行命令以外に、検察官の不起訴処分に対抗する手段はありますか?
回答:はい、検察審査会への申し立てや、再審請求、オンブズマンへの訴えなど、複数の手段が考えられます。弁護士にご相談いただければ、個別のケースに最適な対応策をご提案できます。
刑事事件、特に検察官の不起訴処分に関する問題でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、フィリピン法に精通した弁護士が、お客様の権利擁護のために尽力いたします。konnichiwa@asglawpartners.com までお気軽にご連絡ください。また、お問い合わせページからもお問い合わせいただけます。ASG Lawは、マカティ、BGC、そしてフィリピン全土のお客様をサポートする法律事務所です。専門知識と経験豊富な弁護士が、皆様の法的ニーズにお応えします。


Source: Supreme Court E-Library
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