不当逮捕は許されない:令状なし逮捕の要件と限界
G.R. No. 131492, 2000年9月29日
はじめに
フィリピンでは、警察による逮捕は原則として裁判所が発行する逮捕状に基づいて行われる必要があります。しかし、例外的に令状なしで逮捕が許される場合があります。本稿では、最高裁判所が示した重要な判例、ポサダス対オンブズマン事件(G.R. No. 131492)を基に、令状なし逮捕の要件と限界、そして関連する職務執行妨害罪について解説します。この事件は、令状なし逮捕の適法性、そして違法な逮捕を阻止しようとした行為が職務執行妨害に当たるのか否かという重要な問題を提起しました。不当な逮捕は個人の自由を侵害する重大な人権侵害です。本稿を通じて、令状主義の重要性と、違法な逮捕から身を守るための法的知識を深めていきましょう。
法的背景:令状主義と令状なし逮捕の例外
フィリピン憲法第3条第2項は、個人の身体、家、書類、財産に対する不当な捜索および押収からの保護を保障しており、逮捕状は裁判官が、申立人とその証人を審査し、逮捕される者が犯罪を犯したと信じるに足る相当な理由があると判断した場合にのみ発行されると規定しています。これは令状主義の原則を定めたものです。
ただし、刑事訴訟規則第113条第5項には、令状なし逮捕が許容される例外的な状況が定められています。具体的には以下の3つの場合です。
- 現行犯逮捕:逮捕者が、逮捕対象者が目の前で犯罪を犯している、まさに犯している、または犯そうとしている場合。
- 追跡逮捕:犯罪がまさに発生したばかりであり、逮捕者が逮捕対象者が犯人であることを示す事実を個人的に知っている場合。
- 脱走犯逮捕:逮捕対象者が、最終判決を受けて刑務所に収監されている者、または事件係属中に一時的に拘禁されている場所から逃亡した囚人である場合。
これらの例外は限定的に解釈されるべきであり、令状主義の原則を逸脱する場合には厳格な要件が求められます。特に、追跡逮捕の要件である「個人的な知識」は、単なる噂や伝聞ではなく、逮捕者が直接体験した事実に基づいている必要があります。最高裁判所は、この「個人的な知識」を「相当な理由」に基づいていなければならないと解釈しており、「相当な理由」とは、「逮捕者が実際に信じているか、合理的な疑念を抱く根拠」を意味します。
関連法令として、本件で問題となった大統領令1829号は、犯罪者の逮捕、捜査、訴追を妨害する行為を処罰する法律です。第1条(c)項は、逮捕、訴追、有罪判決を妨げる目的で、犯罪を犯したと知りながら、または合理的な根拠をもって信じたり疑ったりしている者を匿ったり、隠したり、逃亡を容易にしたりする行為を犯罪としています。
事件の経緯:大学構内での逮捕未遂と職務執行妨害罪
事件は、1994年12月8日、フィリピン大学ディリマン校で発生したフラタニティ間の乱闘事件に端を発します。この乱闘で学生が死亡した事件を受け、当時の大学学長であったロジャー・ポサダス氏らは、国家捜査局(NBI)に捜査協力を依頼しました。NBIの Orlando V. Dizon 率いる捜査官らは、目撃者とされる人物の証言に基づき、フラタニティ「Scintilla Juris」のメンバーである学生2名の逮捕を試みました。しかし、逮捕状を持っていなかったNBI捜査官に対し、ポサダス学長らは逮捕状の提示を求め、学生の身柄をNBIに引き渡すことを拒否しました。その後、NBIはポサダス学長らを大統領令1829号違反(職務執行妨害罪)で告発しました。
オンブズマン(監察官)は当初、特別検察官事務所の不起訴勧告を覆し、ポサダス氏らを職務執行妨害罪で起訴するよう指示しました。これに対し、ポサダス氏らは、オンブズマンの決定は違法な逮捕を容認するものであり、憲法違反であるとして、最高裁判所に certiorari および prohibition の申立を行いました。
最高裁判所は、本件における争点を以下の2点に整理しました。
- NBI捜査官による学生の逮捕未遂は、令状なしで適法に行われたか?
- ポサダス氏らを大統領令1829号違反で訴追する相当な理由(probable cause)はあったか?
最高裁判所の判断:違法な逮捕未遂と職務執行妨害罪の不成立
最高裁判所は、まず令状なし逮捕の適法性について判断しました。裁判所は、NBI捜査官による逮捕未遂は、刑事訴訟規則第113条第5項のいずれの例外にも該当しないと判断しました。特に、追跡逮捕の要件である「個人的な知識」について、NBI捜査官は犯罪現場に居合わせておらず、逮捕しようとした学生が犯罪を犯したという事実を個人的に知っていたわけではないと指摘しました。目撃者の証言は、逮捕状請求のための「相当な理由」となりうるものの、令状なし逮捕を正当化する「個人的な知識」には当たらないと判断されました。
裁判所は判決の中で、重要な一節を引用しています。
「『個人的な知識』は、『相当な理由』に基づいている必要があり、それは『逮捕者が実際に信じているか、合理的な疑念を抱く根拠』を意味する。合理的な疑念は、逮捕官が実際に信じていない場合でも、逮捕される者が犯罪を犯した可能性が高いという疑念が、実際の事実、すなわち、逮捕される者の有罪の相当な理由を生み出すのに十分なほど強力な状況によって裏付けられている場合に合理的となる。したがって、合理的な疑念は、逮捕を行う平和執行官の誠意と相まって、相当な理由に基づいている必要がある。」
次に、職務執行妨害罪の成否について、裁判所は、違法な逮捕を阻止しようとしたポサダス氏らの行為は、大統領令1829号第1条(c)項の構成要件に該当しないと判断しました。裁判所は、ポサダス氏らには違法な逮捕を阻止する権利があり、彼らの行為は正当な権利行使であると認めました。また、ポサダス学長自身がNBIに捜査協力を依頼していた事実を指摘し、彼らが犯罪者の訴追を妨害する意図を持っていたとは認められないとしました。オンブズマンが、ポサダス氏らの行為によって学生容疑者が逃亡したと主張した点についても、裁判所は、そもそもNBI捜査官による逮捕未遂が違法であった以上、その責任をポサダス氏らに負わせることはできないとしました。
以上の判断から、最高裁判所は、オンブズマンによるポサダス氏らの職務執行妨害罪での起訴命令を違法とし、起訴手続きの差し止めと、サンドゥガンバヤン(背任裁判所)に係属中の刑事事件の却下を命じました。
実務への影響:令状主義の再確認と個人の権利保護
ポサダス対オンブズマン事件の判決は、フィリピンにおける令状主義の重要性を改めて確認し、違法な逮捕から個人の権利を保護するための重要な判例となりました。この判決は、警察等の捜査機関に対し、令状なし逮捕の要件を厳格に遵守することを求めるとともに、市民が違法な逮捕を拒否する権利を明確に認めました。
企業や個人のための実務的アドバイス
- 逮捕状の確認:警察官から逮捕を求められた場合、まず逮捕状の提示を求めることが重要です。逮捕状がない場合は、令状なし逮捕の要件を満たしているか確認する必要があります。
- 令状なし逮捕の要件の確認:令状なし逮捕が主張された場合、それが刑事訴訟規則第113条第5項の例外に該当するかどうかを慎重に検討する必要があります。特に、追跡逮捕の場合は、警察官が「個人的な知識」をどのように得たのか、その根拠を明確に説明させるべきです。
- 弁護士への相談:逮捕の適法性について疑問がある場合や、不当な逮捕を受けた場合は、速やかに弁護士に相談し、法的助言を求めることが不可欠です。
- 権利の行使:違法な逮捕に対しては、黙って従うのではなく、明確に異議を唱え、権利を主張することが重要です。
主要な教訓
- 令状主義は、個人の自由を保障するための重要な原則であり、警察による逮捕は原則として逮捕状に基づいて行われるべきである。
- 令状なし逮捕は例外的な場合に限られ、その要件は厳格に解釈される。特に、追跡逮捕の要件である「個人的な知識」は、逮捕者が直接体験した事実に根拠を持つ必要がある。
- 市民は、違法な逮捕を拒否する権利を有しており、違法な逮捕を阻止しようとする行為は、正当な権利行使として保護される。
- 不当な逮捕を受けた場合や、逮捕の適法性に疑問がある場合は、速やかに弁護士に相談し、法的助言を求めるべきである。
よくある質問(FAQ)
- Q: 警察官に職務質問されたら、必ず答えなければいけませんか?
A: いいえ、必ずしも答える必要はありません。ただし、警察官は職務質問の目的、氏名、所属を告げる義務があります。不審な点があれば、警察手帳の提示を求めることができます。 - Q: 令状なしで逮捕されるのはどんな場合ですか?
A: 現行犯逮捕、追跡逮捕、脱走犯逮捕の場合です。ただし、追跡逮捕は犯罪がまさに発生した直後であり、警察官が犯人を特定できる「個人的な知識」を持っている場合に限られます。 - Q: 逮捕状がないのに逮捕されそうになったらどうすればいいですか?
A: まず警察官に逮捕状の提示を求めてください。逮捕状がない場合は、令状なし逮捕の要件を満たしているか質問し、弁護士に連絡することを伝えてください。抵抗したり逃走したりするのではなく、冷静に対応することが重要です。 - Q: 違法な逮捕で不利益を被った場合、損害賠償請求できますか?
A: はい、違法な逮捕によって精神的苦痛やその他の損害を被った場合、国家賠償法に基づいて損害賠償請求が可能です。弁護士に相談して手続きを進めることをお勧めします。 - Q: 職務執行妨害罪とはどんな罪ですか?
A: 職務執行妨害罪(大統領令1829号)は、犯罪者の逮捕、捜査、訴追を妨害する行為を処罰する犯罪です。ただし、正当な権利行使や違法な職務執行に対する抵抗は、職務執行妨害罪には当たりません。
ASG Lawは、フィリピン法、特に刑事事件、人権問題に関する豊富な経験を持つ法律事務所です。不当逮捕、刑事事件、その他法的問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。専門の弁護士が、お客様の権利を守り、最善の解決策をご提案いたします。
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