被告死亡による刑事責任と民事責任の消滅:フィリピン最高裁判所アブンガン事件判例解説

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被告の死亡は刑事責任と犯罪に基づく民事責任を消滅させる

[G.R. No. 136843, 2000年9月28日]

刑事裁判中に被告が死亡した場合、何が起こるのでしょうか?多くの人々にとって、刑事責任が消滅することは直感的に理解できるかもしれません。しかし、犯罪によって生じた被害者への賠償責任、つまり民事責任はどうなるのでしょうか?この重要な疑問に答えるのが、今回解説するフィリピン最高裁判所の判例、PEOPLE OF THE PHILIPPINES, APPELLEE, VS. PEDRO ABUNGAN ALIAS “PEDRING,” RANDY PASCUA AND ERNESTO RAGONTON JR., ACCUSED; PEDRO ABUNGAN ALIAS “PEDRING,” APPELLANT (G.R. No. 136843, 2000年9月28日) 、通称アブンガン事件です。

事件の概要と法的問題

この事件は、ペドロ・アブンガンが殺人罪で有罪判決を受け、控訴中に死亡したという事実に基づいています。地方裁判所はアブンガンに対し、終身刑と被害者遺族への賠償金5万ペソの支払いを命じました。アブンガンはこれを不服として控訴しましたが、最高裁判所での審理中に死亡しました。この状況下で、最高裁判所はアブンガンの死亡が刑事責任と民事責任にどのような影響を与えるかを判断する必要がありました。

法的背景:刑事責任と民事責任の消滅

フィリピンの刑法である改正刑法第89条第1項は、刑事責任が完全に消滅する場合を定めています。その一つが「有罪判決を受けた者の死亡」です。ただし、財産刑については、判決確定前に死亡した場合にのみ責任が消滅するとされています。この条項は、刑事責任が個人的なものであり、被告人の死亡によってその目的を失うという考えに基づいています。

改正刑法第89条第1項の条文は以下の通りです。

「第89条 刑事責任が完全に消滅する場合。
1. 有罪判決を受けた者の死亡。ただし、人身刑については完全に消滅し、財産刑については、判決確定前に死亡した場合にのみ責任が消滅する。」

最高裁判所は、この条項の解釈について、過去の判例、特に重要なPeople v. Bayotas事件(G.R. No. 102936, 1994年9月2日)を引用しました。バヨタス事件において、最高裁は、被告の控訴中の死亡は、刑事責任だけでなく、犯罪のみに直接基づく民事責任(不法行為に基づく狭義の民事責任、すなわちex delictoの民事責任)も消滅させると判示しました。しかし、犯罪行為が不法行為以外の債務原因(法律、契約、準契約、準不法行為など)にも基づく場合、民事責任は相続人に承継される可能性があるとしました。

重要な判例であるバヨタス事件では、以下の点が明確にされました。

  1. 被告の有罪判決に対する控訴中の死亡は、刑事責任と、もっぱらそれに基づく民事責任を消滅させる。
  2. 犯罪に起因する民事責任が、不法行為以外の債務原因にも基づく場合、その民事責任は消滅しない。
  3. 民事責任が消滅しない場合、被害者は別途民事訴訟を提起し、被告の遺産から回収することができる。
  4. 刑事訴訟中に民事訴訟を併合した場合、民事責任の消滅時効は刑事訴訟の係属中に中断される。

アブンガン事件の判決内容

アブンガン事件において、最高裁判所はバヨタス判例を適用し、アブンガンの死亡が刑事責任を消滅させると判断しました。さらに、アブンガンは控訴審中に死亡したため、有罪判決は確定しておらず、犯罪に起因する民事責任(ex delictoの民事責任)も消滅するとしました。ただし、最高裁は、民事責任が不法行為以外の債務原因に基づく可能性があることを指摘し、被害者遺族がアブンガンの遺産に対して別途民事訴訟を提起する権利を留保しました。

最高裁判所は判決理由の中で、次のように述べています。

「本件において、バヨタス事件における上記の議論に従えば、被控訴人アブンガンの死亡は、彼の刑事責任を消滅させたことは明らかである。さらに、彼が控訴審係属中に、かつ彼に対する判決確定前に死亡したため、犯罪または不法行為(ex delictoに基づく民事責任)から生じる彼の民事責任も消滅した。」

そして、最終的に最高裁判所は、アブンガンに対する刑事事件そのものを却下する判決を下しました。地方裁判所の有罪判決と賠償命令は効力を失い、事件は完全に終結しました。

判決の結論部分(WHEREFORE)は以下の通りです。

「よって、ペドロ・アブンガンに対する刑事事件(パンガシナン州ビラシスRTC、事件番号V-0447)は、ここに却下され、控訴された判決は破棄される。訴訟費用は職権とする。

SO ORDERED。」

実務上の意義と教訓

アブンガン事件の判決は、フィリピン法における刑事責任と民事責任の関係、特に被告の死亡が事件に与える影響について、重要な指針を示しています。この判例から得られる実務上の意義と教訓は以下の通りです。

  • 刑事責任の個人性:刑事責任は、あくまでも被告人個人に帰属するものであり、被告人の死亡によって消滅します。これは、刑事責任が刑罰権の行使を目的とするものであり、死亡した者に対して刑罰を科すことが不可能になるためです。
  • 民事責任の区別:犯罪行為によって生じる民事責任には、ex delictoの民事責任と、それ以外の債務原因に基づく民事責任があります。Ex delictoの民事責任は刑事責任と運命を共にし、被告の死亡によって消滅しますが、その他の民事責任は消滅しません。
  • 被害者救済の可能性:Ex delictoの民事責任が消滅しても、被害者遺族は、不法行為以外の債務原因(例えば、不法行為責任、使用者責任など)に基づいて、被告の遺産に対して別途民事訴訟を提起することで、損害賠償を求めることができます。
  • 控訴の重要性:判決が確定する前に被告が死亡した場合と、確定後に死亡した場合では、法的効果が大きく異なります。判決確定前に死亡すれば、刑事責任とex delictoの民事責任は消滅しますが、判決確定後に死亡した場合は、財産刑や民事責任は相続人に承継されます。控訴は、判決の確定を阻止し、被告に有利な法的効果をもたらす重要な手続きです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 被告が控訴中に死亡した場合、刑事事件はどうなりますか?

A1. 刑事事件は却下され、終結します。裁判所は、被告に対する有罪判決を取り消し、事件そのものを終わらせる判決を下します。

Q2. 民事責任はどうなりますか?

A2. 犯罪のみに直接基づく民事責任(ex delictoの民事責任)は消滅します。しかし、犯罪行為が不法行為以外の債務原因にも基づく場合、その民事責任は消滅せず、相続人に承継される可能性があります。

Q3. 被害者遺族は損害賠償を請求できなくなりますか?

A3. Ex delictoの民事責任は消滅しますが、被害者遺族は、被告の遺産に対して別途民事訴訟を提起し、不法行為責任などの債務原因に基づいて損害賠償を請求することができます。

Q4. 判決が確定する前に被告が死亡した場合と、確定後に死亡した場合で違いはありますか?

A4. 大きな違いがあります。判決確定前に死亡した場合、刑事責任とex delictoの民事責任は消滅しますが、判決確定後に死亡した場合は、財産刑や民事責任は相続人に承継されます。

Q5. 民事訴訟はいつまでに提起する必要がありますか?

A5. 民事訴訟の提起には時効があります。時効期間は債務原因によって異なりますが、不法行為責任の場合は通常4年です。刑事訴訟中に民事訴訟を併合していた場合、時効は刑事訴訟の係属中に中断されます。


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