フィリピン 殺人罪における共謀の証明責任:単なる同席や同時行為では共謀は成立しない – アビナ対フィリピン国事件

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共謀の証明責任:殺人罪における共同正犯の成立要件

G.R. No. 129891, 1998年10月27日 – 人民対アビナ事件

イントロダクション

刑事事件、特に重大犯罪である殺人罪においては、共謀の有無が量刑を大きく左右します。共謀が認められれば、実行行為者だけでなく、共謀者も同等の罪に問われる可能性があります。しかし、共謀の認定は容易ではありません。単に事件現場に居合わせた、あるいは同時期に何らかの行為を行ったというだけでは、共謀があったとは断定できないのです。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例であるアビナ対フィリピン国事件(People of the Philippines vs. Abina)を基に、殺人罪における共謀の証明責任と、その判断基準について解説します。本判決は、共謀の立証には単なる状況証拠だけでは不十分であり、明確な意思の疎通と目的の共有が必要であることを示唆しています。この判例を理解することは、刑事弁護における共謀の抗弁、そして共謀罪に関する法的な理解を深める上で非常に重要です。

法的背景:共謀罪と証明責任

フィリピン刑法典第8条は、共謀を「犯罪実行の決意が2人以上によって合意されたときに存在する」と定義しています。共謀罪が成立するためには、以下の要素が満たされる必要があります。

  • 合意の存在:2人以上の者が犯罪を実行する意思で合意していること。この合意は明示的である必要はなく、黙示的な合意でも構いませんが、単なる推測や疑念では不十分です。
  • 共通の犯罪目的:合意された犯罪が具体的に特定されていること。
  • 実行行為との関連性:共謀者の行為が、実行行為者の犯罪遂行を容易にしている、または助長していること。

共謀罪の証明責任は検察官にあり、共謀の存在を合理的な疑いを容れない程度に証明する必要があります。重要なのは、共謀は単なる同席や同時行為とは異なるということです。最高裁判所は、過去の判例において、「共謀は、犯罪の実行における目的と実行の一致を必要とする」と判示しています(People vs. Jorge, 231 SCRA 693, 698)。つまり、共謀を立証するためには、被告人らが共通の犯罪目的を持ち、それを達成するために互いに協力し合ったという明確な証拠が必要となります。状況証拠のみに依拠する場合、その証拠は共謀の存在を合理的に推認できるものでなければなりません。もし状況証拠が、共謀の存在と不存在の両方を合理的に推認できる場合、被告人の利益に解釈されるべきであり、無罪となる可能性が高まります。

事件の概要:人民対アビナ事件

1986年6月24日、レイテ州ドゥラグのビーチで、洗礼者ヨハネの祝祭が行われていました。そこで、被害者エウラリオ・ペリノ(当時PC軍曹)が、ロドリゴ・カルーソによって刺殺される事件が発生しました。検察は、アレハンドロ・アビナとロメオ・アビナの兄弟、ロドルフォ・エスカランテ、ロドリゴ・カルーソ、ナティビダッド・アビナ(逃亡中)の5名を共謀共同正犯として殺人罪で起訴しました。起訴状によれば、被告人らは共謀の上、優越的地位を利用し、凶器を用いて被害者を襲撃し、致命傷を負わせたとされています。

地方裁判所は、検察側の証拠を重視し、アレハンドロとロメオのアビナ兄弟を有罪としました。裁判所は、証人たちの証言から、アビナ兄弟が被害者を地面に押さえつけ、その間にカルーソが刺したと認定しました。しかし、控訴裁判所は、量刑を再検討し、一転して終身刑を宣告しました。そして、事件は自動的に最高裁判所に上告されました。

最高裁判所では、共謀の証明が争点となりました。検察側の証拠は、アビナ兄弟が被害者を拘束していた状況を示唆するものでしたが、それはカルーソの犯行を幇助するための共謀の一部であったのか、あるいは単に被害者の武器使用を阻止するための偶発的な行為であったのか、明確ではありませんでした。最高裁判所は、状況証拠を詳細に検討した結果、アビナ兄弟とカルーソの間に、殺人という共通の犯罪目的があったことを合理的な疑いを容れない程度に証明するには至っていないと判断しました。

最高裁判所の判断:共謀の不存在と無罪判決

最高裁判所は、一審および控訴審の判決を破棄し、アビナ兄弟に無罪判決を言い渡しました。判決理由の中で、最高裁判所は以下の点を強調しました。

  • 共謀の証明責任:共謀は、犯罪そのものの証明と同じ程度に確固たる証拠によって証明されなければならない。
  • 単なる同席や同時行為:共謀を立証するには不十分。意識的な計画と共通の目的が必要である。
  • 状況証拠の解釈:状況証拠が複数に解釈できる場合、被告人に有利な解釈を採用すべきである。

判決文から、最高裁判所の重要な判断理由を引用します。

「本件において、検察が裁判所に示した事実は、被告人らが妹とともに、ロドリゴ・カルーソが致命的な一突きを加えた際に、エウラリオを押さえつけていたというものであった。犯罪行為を実行するための協調的な行動を示すものは他に何も示されていない。しかし、同時性だけでは、特に本件のように突発的に事件が発生した場合、2人以上の個人の共同責任の根拠となりうる意思の一致や行動と目的の一致を示すには十分ではない。共謀においては、犯罪を実行するという意識的な計画が存在しなければならない。」

最高裁判所は、アビナ兄弟が被害者を拘束した行為は、カルーソによる刺殺を容易にするためではなく、むしろ被害者が銃を乱射するのを防ぐためのものであった可能性を指摘しました。また、アビナ兄弟がピサオ(フィリピンの短刀)を所持していたにもかかわらず、被害者に危害を加えなかった点も、殺意の欠如を示す証拠として考慮されました。さらに、事件後、アビナ兄弟がカルーソの追跡に加わらず、その場から離れたことも、共謀の意図がなかったことを裏付ける間接的な証拠となりました。

実務上の教訓:共謀罪における弁護戦略と注意点

アビナ対フィリピン国事件は、共謀罪における証明責任の重要性と、弁護戦略の方向性を示唆する上で非常に有益な判例です。弁護士は、共謀罪で起訴された場合、以下の点に注意して弁護活動を行うべきです。

  • 共謀の合意の不存在:被告人が他の被告人と犯罪実行の合意をしていなかったことを主張立証する。
  • 共通の犯罪目的の欠如:たとえ被告人が事件に関与していたとしても、殺人という共通の犯罪目的を持っていなかったことを主張する。
  • 偶発的な行為:被告人の行為が、共謀に基づく計画的なものではなく、偶発的、または状況に即したものであったことを主張する。
  • 状況証拠の反証:検察側の状況証拠が、共謀の存在を合理的に推認できない、または複数に解釈できることを指摘し、被告人に有利な解釈を求める。

重要な教訓

  • 共謀の立証は厳格:共謀罪の立証は、単なる状況証拠や推測では不十分であり、明確な証拠が必要である。
  • 同時行為≠共謀:事件現場での同席や同時行為だけでは、共謀があったとは言えない。
  • 弁護戦略の重要性:共謀罪で起訴された場合、弁護士は共謀の不存在、共通目的の欠如、偶発的な行為などを積極的に主張すべきである。

よくある質問(FAQ)

  1. Q: 共謀罪とは具体的にどのような罪ですか?
    A: 共謀罪とは、2人以上が犯罪を実行する目的で合意した場合に成立する罪です。フィリピン刑法典第8条に定義されており、殺人、強盗、詐欺など、様々な犯罪に適用される可能性があります。
  2. Q: 共謀罪で起訴された場合、どのような弁護戦略が考えられますか?
    A: 共謀罪で起訴された場合、主な弁護戦略としては、共謀の合意の不存在、共通の犯罪目的の欠如、被告人の行為が偶発的であったことなどを主張することが考えられます。また、検察側の証拠の不十分性を指摘し、状況証拠の多義性を主張することも有効です。
  3. Q: 共謀罪と正犯、共犯の違いは何ですか?
    A: 正犯は、自ら犯罪を実行した者、または他人を利用して犯罪を実行した者を指します。共犯は、正犯の犯罪実行を幇助した者を指します。共謀者は、犯罪実行の合意をした者を指し、共謀が認められれば正犯と同等の罪に問われることがあります。
  4. Q: アビナ対フィリピン国事件の判決は、今後の共謀罪の裁判にどのような影響を与えますか?
    A: アビナ対フィリピン国事件の判決は、共謀罪の立証には厳格な証明が必要であることを改めて確認したものであり、今後の共謀罪の裁判においても、検察官は共謀の存在を合理的な疑いを容れない程度に証明する責任を負うことになります。弁護側は、本判決を根拠に、共謀の不存在を積極的に主張することが可能になります。
  5. Q: もし自分が共謀罪で不当に起訴されたと感じたら、どうすれば良いですか?
    A: もし共謀罪で不当に起訴されたと感じたら、直ちに刑事事件に強い弁護士にご相談ください。弁護士は、あなたの言い分を丁寧にヒアリングし、証拠を精査し、適切な弁護戦略を立ててくれます。早期に弁護士に相談することが、事態の悪化を防ぎ、最善の結果を得るための第一歩です。

共謀罪に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。当事務所は、刑事事件、特に共謀罪における豊富な経験と専門知識を有しており、お客様の権利擁護のために尽力いたします。まずはお気軽にご連絡ください。

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Source: Supreme Court E-Library

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