フィリピン最高裁判所判例解説:殺人罪における背信行為とアリバイの抗弁の成否

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背信行為(トレチャ)が認められた殺人事件:アリバイの抗弁は証拠不十分で退けられる

G.R. No. 109578, August 27, 1997

フィリピンの法制度において、殺人罪は重大な犯罪であり、その立証には厳格な証拠が求められます。本稿では、最高裁判所の判例、People v. Fabro (G.R. No. 109578, August 27, 1997) を基に、殺人罪における背信行為(トレチャ)の認定と、被告が主張したアリバイの抗弁がどのように判断されたのかを解説します。この判例は、証人証言の重要性、背信行為の定義、そしてアリバイの抗弁の限界を明確に示しており、刑事事件における重要な教訓を含んでいます。

事件の概要

1991年9月22日午後、ケソン市のガラス市場で、被害者ビクター・ラミレスが複数の男に襲われ、28箇所もの刺し傷を受け死亡する事件が発生しました。加害者としてロナルド・ファブロ、ジョベル・カストロ、エルナンド・モラレス(本件の上告人)、そして身元不明の共犯者が殺人罪で起訴されました。ファブロとカストロは後に罪を認めましたが、モラレスは一貫して否認。裁判では、モラレスのアリバイの成否と、犯行における背信行為の有無が争点となりました。

法的背景:殺人罪と背信行為(トレチャ)

フィリピン刑法(Revised Penal Code)第248条は、殺人罪を「違法に人を殺害した場合」と定義しています。殺人罪を重罪とする加重事由の一つが「背信行為(treachery)」です。背信行為とは、攻撃が不意打ちであり、被害者が防御できない状況下で行われた場合に認められます。最高裁判所は、背信行為を「意識的かつ意図的に、攻撃を防御する手段を被害者に与えないように、またはリスクを冒すことなく攻撃を確実に行うために採用された攻撃方法」と定義しています(People v. Torres, 247 SCRA 212 (1995)など)。背信行為が認められると、通常の殺人罪よりも重い刑罰が科される可能性があります。

アリバイとは、被告が犯行時、犯行現場とは別の場所にいたため、犯行は不可能であると主張する抗弁です。しかし、アリバイの抗弁は、単に別の場所にいたことを証明するだけでは不十分であり、犯行現場に物理的に到達不可能であったことを立証する必要があります。また、アリバイを裏付ける証言は、確固たる信用性を持つ必要があります。最高裁判所は、アリバイの抗弁は「最も弱い抗弁の一つ」と位置付けており、明確かつ説得力のある証拠によってのみ認められるとしています(People v. Manero, Jr., 218 SCRA 85 (1993)など)。

最高裁判所の判断:証言の信用性と背信行為の認定

本件において、地方裁判所はモラレスを有罪としました。モラレスはこれを不服として上訴しましたが、最高裁判所は地方裁判所の判決を支持し、モラレスの上訴を棄却しました。最高裁判所は、検察側の証人である被害者の母親、継父、そして市場の同僚の証言を重視しました。これらの証人は、モラレスが最初に被害者に近づき、胸を刺したと一貫して証言しました。証人たちの証言には細部に若干の食い違いが見られたものの、最高裁判所はこれを「些細な不一致」と判断し、証言全体の信用性を損なうものではないとしました。むしろ、そのような不一致は、証言がリハーサルされたものではなく、真実に基づいていることを示唆すると解釈しました。

最高裁判所は判決文中で、証人の証言の信用性について、「証言の価値判断は、証人を直接観察した裁判官が最も適切に行える」という原則を強調しました。地方裁判所が証人たちの態度や表情を観察し、その証言を信用できると判断したことを尊重したのです。さらに、最高裁判所は、事件の詳細な状況に関する被害者の母親アンジェリーナ・オレゲニオの証言を引用し、背信行為の存在を認めました。

「…その人[上告人]が息子ビクターを呼ぶのを聞きました。息子がその人の方を向くと、胸を刺し、息子のポロシャツを脱がせて顔を覆い、再び刺しました。」

この証言から、最高裁判所は、被害者が不意打ちを受け、防御する機会を与えられなかったと判断しました。モラレスは、被害者が警戒していない状況を意図的に選び、攻撃を開始したと認定し、これは明らかに背信行為にあたると結論付けました。

アリバイの抗弁の否認

モラレスは、犯行時、ケソン市のラグロ地区の建設現場で働いていたと主張し、アリバイを抗弁しました。同僚の証人もこれを裏付けましたが、最高裁判所はアリバイの抗弁を退けました。その理由として、ラグロ地区とガラス市場はどちらもケソン市内にあり、公共交通機関で容易に行き来できる距離であることを指摘しました。つまり、モラレスが犯行時刻にガラス市場にいた可能性を排除できないと判断したのです。アリバイの抗弁が認められるためには、犯行現場への物理的な到達が不可能であったことを証明する必要があり、本件ではそれが満たされていませんでした。

本判例から得られる教訓と実務への影響

本判例は、フィリピンの刑事裁判において、以下の重要な教訓を示しています。

  • 証人証言の重要性:裁判所は、特に直接的な目撃証言を重視します。証言の細部に多少の不一致があっても、主要な部分が一致していれば、証言全体の信用性は認められます。
  • 背信行為(トレチャ)の定義と適用:背信行為は、単なる不意打ちではなく、被害者を防御不能な状態に陥らせ、リスクを冒さずに犯行を遂行するための意図的な攻撃方法であると理解する必要があります。
  • アリバイの抗弁の限界:アリバイの抗弁は、単に別の場所にいたことを示すだけでは不十分であり、犯行現場への物理的な到達が不可能であったことを立証する必要があります。また、アリバイを裏付ける証言は、高い信用性が求められます。

本判例は、今後の同様の事件においても、証人証言の評価、背信行為の認定、そしてアリバイの抗弁の判断に影響を与えると考えられます。特に、刑事事件の弁護士は、アリバイの抗弁を主張する際には、単に被告が別の場所にいたというだけでなく、犯行現場への到達が不可能であったことを具体的に立証する必要があることを認識すべきです。

よくある質問(FAQ)

Q1: 背信行為(トレチャ)が認められると、刑罰はどのように変わりますか?

A1: 背信行為は殺人罪の加重事由となるため、背信行為が認められると、通常の殺人罪よりも重い刑罰が科される可能性が高まります。具体的には、懲役刑の期間が長くなる、またはより重い刑の種類(終身刑など)が選択されることがあります。

Q2: 目撃証言に矛盾がある場合、証言全体の信用性は否定されるのですか?

A2: いいえ、必ずしもそうとは限りません。裁判所は、証言全体の整合性、主要な部分の一致、そして矛盾が些細な点であるかどうかを総合的に判断します。些細な矛盾は、証言が真実に基づいていることの証拠と解釈されることもあります。

Q3: アリバイの抗弁を成功させるためには、どのような証拠が必要ですか?

A3: アリバイの抗弁を成功させるためには、被告が犯行時、犯行現場とは物理的に離れた場所にいたことを明確に証明する必要があります。具体的には、客観的な証拠(監視カメラの映像、交通機関の記録など)や、信用性の高い証人の証言が求められます。単に「別の場所にいた」という証言だけでは不十分です。

Q4: フィリピンの刑事裁判で、被告は無罪を証明する必要があるのですか?

A4: いいえ、フィリピンの刑事裁判では、被告は無罪を証明する義務はありません。検察官が被告の有罪を合理的な疑いを超えて立証する責任を負います。被告は、検察側の証拠を覆すための証拠を提出したり、アリバイなどの抗弁を主張することができますが、無罪を積極的に証明する必要はありません。

Q5: もし冤罪の疑いがある場合、どのように対処すればよいですか?

A5: 冤罪の疑いがある場合は、直ちに弁護士に相談することが重要です。弁護士は、証拠の再検証、新たな証拠の収集、そして適切な法的措置を講じることで、冤罪を晴らすためのサポートを行います。ASG Lawのような専門的な法律事務所に相談することも有効な選択肢です。

ASG Lawは、フィリピン法に関する深い知識と豊富な経験を持つ法律事務所です。刑事事件、特に殺人事件における弁護活動においても、お客様の権利擁護のために尽力いたします。本件判例に関するご質問、または刑事事件に関するご相談は、お気軽にkonnichiwa@asglawpartners.comまでご連絡ください。お問い合わせページからもお問い合わせいただけます。冤罪でお悩みの方、刑事事件に関する法的支援が必要な方は、ASG Lawにお任せください。




Source: Supreme Court E-Library

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