職務遂行中の警察官による殺人:管轄権、正当防衛、共謀の要件
[G.R. No. 117970, July 28, 1998]
フィリピン最高裁判所の画期的な判決である人民対カワリン事件は、公務員、特に警察官が殺人罪で起訴された場合の管轄権の範囲を明確にしました。この判決は、正当防衛と職務遂行の抗弁、共謀の概念、そして刑事事件における証拠の評価に関する重要な原則も強調しています。この判決は、法曹関係者だけでなく、法制度における説明責任と正義の追求に関心のある一般市民にとっても重要な意義を持ちます。
事件の概要
この事件は、当時のサンホセ市長であるユリシーズ・M・カワリンと、警察官のエルネスト・トゥンバガハン、リカルド・デロス・サントス、ヒラリオ・カヒロが、ロニー・イリサン殺害の罪で起訴されたことに端を発します。事件は1982年12月4日に発生し、被告らは共謀して被害者を射殺したとされています。被告らは無罪を主張し、正当防衛と職務遂行を主張しました。
管轄権:地方裁判所対サンディガンバヤン
被告らは、この事件はサンディガンバヤンの管轄であるべきであり、地方裁判所が管轄権を誤って行使したと主張しました。被告らは、事件当時公務員であったため、サンディガンバヤンが管轄権を持つと主張しました。しかし、最高裁判所は、事件が提起された時点での法律に基づいて管轄権が決定されると裁定しました。当時施行されていた法律では、公務員が職務に関連して犯した犯罪であっても、殺人罪は地方裁判所の管轄であると定められていました。最高裁判所は、殺人罪は本質的に公務員のみが犯しうる犯罪ではなく、私人も犯しうる犯罪であると指摘しました。したがって、殺人罪そのものはサンディガンバヤンの管轄には該当しません。
最高裁判所は、PD 1606、PD 1850、BP 129などの関連法令を詳細に分析し、事件が地方裁判所の管轄下にあることを明確にしました。裁判所は、訴状または告発状の記述に基づいて管轄権が決定されると強調しました。本件の告発状には、被告が職務に関連して犯罪を犯したという記述がないため、地方裁判所が管轄権を持つことになります。
二重処罰の禁止:行政処分対刑事訴追
被告らは、すでに国家警察委員会(NAPOLCOM)による行政事件で処分を受けているため、二重処罰の禁止に違反するとも主張しました。しかし、最高裁判所はこの主張も退けました。裁判所は、二重処罰の禁止が適用されるためには、いくつかの要件が満たされる必要があると説明しました。その要件とは、(1)最初の危険負担が2回目の危険負担に先行していること、(2)最初の危険負担が有効に終了していること、(3)2回目の危険負担が最初の危険負担と同じ罪状であることです。
最高裁判所は、行政事件と刑事事件は性質が異なり、NAPOLCOMでの行政処分は刑事訴追を妨げるものではないと判断しました。さらに、被告らは刑事事件で正式に起訴、罪状認否、裁判を受けたという証拠を提出できませんでした。したがって、二重処罰の禁止は適用されませんでした。
正当防衛と職務遂行:立証責任
被告らは、正当防衛と職務遂行を抗弁として主張しました。被告らは、被害者が銃を発砲し、脅迫的な言葉を発したため、これに対応したと主張しました。しかし、最高裁判所は、被告らの主張を信用できないと判断しました。裁判所は、検察側の証人が事件の状況を詳細かつ一貫して証言し、被告らを犯人として特定したことを重視しました。
最高裁判所は、正当防衛を主張する被告は、その抗弁を立証する責任を負うと改めて述べました。被告は、不法な侵害、防衛手段の合理的な必要性、挑発の欠如という正当防衛の3つの要件をすべて立証する必要があります。本件では、被告らは被害者からの不法な侵害を立証できず、むしろ被告らが被害者を追いかけ射殺したことが明らかになりました。また、裁判所は、被告らが過剰な防衛手段を用いたとも指摘しました。被告らは武装しており、被害者を容易に制圧できたはずですが、そうせずに射殺しました。
同様に、職務遂行の抗弁も認められませんでした。最高裁判所は、警察官の職務遂行には殺人は含まれないと明言しました。被害者がトラブルメーカーであったとしても、殺人を正当化する理由にはなりません。警察官は、平和と秩序を維持し、人々の生命を守る義務を負っていますが、本件の被告らの行為は明らかにその義務に反するものでした。
共謀:状況証拠からの推認
最高裁判所は、地方裁判所が共謀の存在を適切に認定したことを支持しました。共謀は、犯罪の実行に関する合意であり、直接的な証拠が rarely 発見されます。しかし、共謀は、犯罪の実行方法や、共同の目的、計画、協調的な行動、意図の共通性を示す行為から推認することができます。本件では、被告らが共謀して被害者を追いかけ、包囲し、射殺したことが状況証拠から明らかになりました。誰が致命傷を与えたかは問題ではなく、一人の行為は全員の行為とみなされ、全員が同じ刑事責任を負います。
判決と量刑
最高裁判所は、地方裁判所の有罪判決を支持しましたが、損害賠償の算定方法を一部修正しました。裁判所は、民事賠償金5万ペソ、逸失利益92万8千ペソを認定しましたが、実損害賠償金6千ペソは証拠不十分として取り消しました。裁判所は、背信行為が殺人を重罪とする事情であると認定しましたが、優越的地位の濫用は背信行為に吸収されると判断しました。計画的犯行の立証は不十分であるとされました。被告らに有利となる酌量減軽事情は認められず、背信行為のみが重罪とする事情として考慮された結果、量刑は懲役終身刑となりました。
実務上の意義
人民対カワリン事件は、フィリピンの刑事司法制度において重要な先例となりました。この判決から得られる主な教訓は以下のとおりです。
- 管轄権の明確化: 公務員が殺人罪で起訴された場合、原則として地方裁判所が管轄権を持つことが確認されました。
- 正当防衛と職務遂行の抗弁の厳格な審査: 正当防衛と職務遂行を抗弁として主張する場合、被告は厳しい立証責任を負うことが強調されました。
- 共謀の立証: 共謀は状況証拠から推認できることが改めて確認されました。
- 証拠の評価における裁判所の裁量: 裁判所は、証拠の信用性を評価する上で広範な裁量権を持つことが示されました。
この判決は、警察官を含む公務員に対し、職務遂行における法的境界を明確に示すとともに、違法行為に対する責任を明確にするものです。また、一般市民に対しては、司法制度が正義の実現と説明責任の追及に努めていることを再確認させるものとなります。
よくある質問 (FAQ)
Q: 公務員が殺人罪で起訴された場合、どの裁判所が管轄権を持つのか?
A: 原則として、地方裁判所が管轄権を持ちます。ただし、汚職関連犯罪など、サンディガンバヤンの管轄に明確に定められている犯罪は除きます。
Q: 二重処罰の禁止とは何か?
A: 二重処罰の禁止とは、同一の犯罪について二度処罰されないという権利です。ただし、行政処分と刑事訴追は性質が異なるため、行政処分を受けた後でも刑事訴追される可能性があります。
Q: 正当防衛が認められるための要件は?
A: 正当防衛が認められるためには、(1)不法な侵害、(2)防衛手段の合理的な必要性、(3)挑発の欠如という3つの要件をすべて満たす必要があります。
Q: 職務遂行が抗弁として認められるのはどのような場合か?
A: 職務遂行が抗弁として認められるためには、(1)職務の遂行として行為したこと、(2)傷害または犯罪が職務の正当な遂行の必然的な結果であることが必要です。
Q: 共謀はどのように立証されるのか?
A: 共謀は、直接的な証拠が rarely 発見されますが、状況証拠から推認することができます。裁判所は、犯罪の実行方法や、共同の目的、計画、協調的な行動、意図の共通性を示す行為を総合的に判断します。
Q: 本判決は今後の刑事事件にどのような影響を与えるか?
A: 本判決は、公務員、特に警察官が関与する刑事事件における管轄権、正当防衛、共謀の原則を明確にし、今後の同様の事件の判断基準となります。
Q: 損害賠償はどのように算定されるのか?
A: 損害賠償は、民事賠償金、実損害賠償金、逸失利益などから構成されます。逸失利益は、被害者の年齢、収入、生活費などを考慮して算定されます。
Q: 最高裁判所の判決は最終的なものか?
A: はい、最高裁判所の判決は最終的なものであり、原則として不服申立てはできません。
Q: 法的なアドバイスが必要な場合はどうすればよいか?
A: ASG Lawは、フィリピン法、特に刑事事件を専門とする法律事務所です。今回の事件のような複雑な法的問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。経験豊富な弁護士がお客様の状況を丁寧にヒアリングし、最適な法的解決策をご提案いたします。ご相談は、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からお気軽にご連絡ください。
免責事項:本記事は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。具体的な法的問題については、必ず専門の弁護士にご相談ください。
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