過剰防衛とならないために:正当防衛の要件と限界
[G.R. No. 114265, July 08, 1997] フィリピン国 VS. グレゴリオ・マガリャネス
はじめに
日常生活において、不意の暴力に遭遇する可能性は誰にでもあります。そのような状況下で、自己を守るための行動はどこまで許されるのでしょうか。今回の最高裁判決事例は、正当防衛の成立要件と、それが認められない場合にどのような法的責任を負うことになるのかを明確に示しています。この事例を通じて、正当防衛の範囲を理解し、万が一の事態に適切に対処するための知識を深めましょう。
本件は、口論から始まった傷害事件が、最終的に殺人罪で起訴されたものの、最高裁で傷害致死罪(Homicide)に減刑された事例です。争点となったのは、被告人の行為が正当防衛と認められるか、そして殺人罪の成立要件である計画性(Treachery)があったかどうかでした。裁判所は、正当防衛の要件を満たさないと判断しつつも、計画性は認められないとして、量刑を減じる判断を下しました。
法的背景:正当防衛と計画性
フィリピン刑法では、正当防衛は犯罪行為とはみなされない正当な行為として認められています。正当防衛が成立するためには、以下の3つの要件を全て満たす必要があります。
- 不法な侵害行為の存在:被害者からの違法な攻撃が現に存在すること。過去の侵害や将来の侵害の恐れだけでは不十分です。
- 防衛行為の必要性:侵害を阻止または回避するために、防衛行為が合理的に必要であったこと。過剰な防衛行為は認められません。
- 挑発行為の欠如:防衛者自身に、侵害行為を引き起こすような十分な挑発行為がないこと。
これらの要件は累積的なものであり、一つでも欠けると正当防衛は成立しません。特に、侵害行為が既に終了している場合や、防衛の程度が過剰である場合は、正当防衛とは認められない可能性が高くなります。
一方、殺人罪を成立させる計画性(Treachery)とは、攻撃が、被害者が防御できない状況下で、意図的かつ不意打ちに行われた場合に認められる加重事由です。計画性が認められると、通常の殺人罪よりも重い刑罰が科せられます。計画性の有無は、事件の状況全体を考慮して判断されます。偶発的な遭遇による突発的な犯行の場合、計画性は否定される傾向にあります。
フィリピン刑法第14条16項は、計画性を以下のように定義しています。「犯罪者が、人に対する犯罪を実行するにあたり、被害者が防御する可能性から生じる危険を冒すことなく、その実行を直接的かつ特別に確実にする手段、方法、または形式を用いる場合。」
事件の経緯:口論から刺殺へ
事件は1991年9月29日午後3時頃、ボホール州サグバヤンの闘鶏場へ向かう途中で発生しました。被告人マガリャネスは、闘鶏の仲間のセムプロン、サルプシアルらと共に道を歩いていました。彼らが通りかかった道端の店で酒を飲んでいた被害者タパレスが、セムプロンに声をかけ、一緒に飲もうと誘いました。セムプロンが断ると、タパレスはマガリャネスに目を向け、シャツをつかんで殴り、首を絞めました。身の危険を感じたマガリャネスは、タパレスの腰にナイフが差してあるのを見て、自分のナイフを取り出し、タパレスの顔と首を切りつけました。タパレスは逃げ出しましたが、マガリャネスは追いかけ、転倒したタパレスをさらに数回刺し、「これで終わりだ」と言い放ちました。その後、マガリャネスはサルプシアルのバイクに乗って逃走し、後に警察に出頭しました。
マガリャネスは殺人罪で起訴され、第一審では有罪判決を受けました。彼は正当防衛を主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。また、計画性も認められ、通常の殺人罪よりも重い刑が科せられました。マガリャネスは判決を不服として上訴しました。
最高裁判所の判断:傷害致死罪への減刑
最高裁判所は、マガリャネスの正当防衛の主張を退けました。裁判所は、証人たちの証言から、タパレスが最初にマガリャネスに暴行を加えたものの、マガリャネスが反撃してタパレスが逃走を始めた時点で、最初の不法な侵害は既に終わっていたと認定しました。マガリャネスがその後、逃げるタパレスを追いかけて刺し続けた行為は、正当防衛の範囲を超えた過剰防衛であると判断されました。裁判所は判決文中で次のように述べています。「たとえ最初の侵害行為が被告人の主張どおり被害者から始まったとしても、我々は彼の正当防衛の訴えを支持することはできない。被告人の証言によれば、彼は被害者とナイフを奪い合い、それを手に入れることができた。この時点で、被告人が身を守るために被害者を刺す必要はもはやなかった。その後の、武器を持たない被害者を刺した行為は、自己保存のための行為とは言えず、単に殺意があったことを示している。」
さらに、裁判所は、被害者の体に7箇所もの刺し傷があったこと、特に致命傷となった首への刺し傷の存在を重視しました。これらの事実は、マガリャネスの殺意を強く示唆しており、正当防衛の主張を否定する根拠となりました。裁判所は、多数の傷跡は正当防衛を否定し、むしろ被害者を殺害しようとする断固たる意思を示すものであると指摘しました。
しかし、最高裁判所は、第一審が認めた計画性については否定しました。裁判所は、マガリャネスとタパレスの遭遇は偶然であり、犯行は衝動的に行われたと判断しました。計画性は、犯行の準備や方法、形式が事前に周到に計画されていた場合に認められるべきであり、本件のような突発的な事件には該当しないとしました。裁判所は判決文中で次のように述べています。「被告人と被害者の遭遇が偶発的であり、攻撃が衝動的に行われた場合、たとえ攻撃が突然で予期せぬものであり、被害者が被告人に背を向けて逃走中であったとしても、計画性はない。適切に観察されているように、被告人は攻撃の準備をすることができなかった。したがって、その手段、方法、形式は被告人によって考え出されたものではあり得ない。なぜなら、攻撃は衝動的に行われたからである。」
以上の理由から、最高裁判所は、マガリャネスの行為を殺人罪ではなく傷害致死罪と認定し、量刑を減刑しました。また、マガリャネスが自首したこと、および傷害致死罪について有罪を認めたことを酌量すべき事情として考慮し、刑期を4年2ヶ月1日から10年の懲役に減刑しました。
実務上の教訓:過剰防衛と量刑
本判決から得られる教訓は、正当防衛の成立要件を正確に理解し、自己防衛の範囲を逸脱しないように注意することの重要性です。特に、相手からの攻撃が止んだ後や、相手が逃走している状況下での追撃は、過剰防衛とみなされる可能性が高く、法的責任を問われることになります。
また、計画性の有無は量刑に大きく影響します。突発的な事件では計画性が否定されることが多いですが、事前に犯行を計画し、準備していた場合は、より重い罪に問われる可能性があります。本件では、計画性が否定されたことが減刑の重要な要素となりました。
主な教訓
- 正当防衛は、不法な侵害が継続している間のみ認められる。
- 過剰な防衛行為は正当防衛とは認められない。
- 計画性の有無は量刑を左右する重要な要素である。
- 偶発的な事件では計画性は否定されやすい。
- 自首や罪を認めることは量刑の減軽につながる。
よくある質問(FAQ)
Q1: 正当防衛が認められる具体的な状況は?
A1: 例えば、自宅に侵入してきた強盗に襲われた際に、抵抗して相手に怪我をさせた場合などが考えられます。ただし、この場合でも、抵抗が過剰でなかったか、必要最小限の行為であったかが問われます。
Q2: 相手が先に手を出した場合、どこまで反撃して良いのですか?
A2: 相手の攻撃と同程度の反撃であれば正当防衛が認められる可能性があります。しかし、相手の攻撃が止んだ後も攻撃を続けると、過剰防衛となる可能性があります。状況に応じて冷静な判断が必要です。
Q3: 今回の判例で、なぜ殺人罪から傷害致死罪に減刑されたのですか?
A3: 裁判所は、計画性が認められないと判断したためです。計画性は、殺人罪をより重くする要素であり、それが否定されたことで、より刑の軽い傷害致死罪が適用されました。
Q4: 自首した場合、刑は必ず軽くなるのですか?
A4: 自首は、刑を軽くする酌量すべき事情の一つとして考慮されます。しかし、必ず刑が軽くなるわけではありません。他の事情も総合的に判断されます。
Q5: もし不当な暴力に遭遇した場合、まず何をすべきですか?
A5: まずは身の安全を確保し、可能であれば警察に通報してください。その上で、弁護士に相談し、法的アドバイスを受けることをお勧めします。
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