入札参加はフィリピンにおける外国企業の事業活動とみなされるか?訴訟能力の重要な判断基準
[G.R. No. 131367, 2000年8月31日]
外国企業がフィリピンで事業を行う場合、事業許可を取得する必要があることはよく知られています。しかし、どのような行為が「事業活動」に該当するのか、その線引きは必ずしも明確ではありません。本稿では、フィリピン最高裁判所の Hutchison Ports Philippines Limited v. Subic Bay Metropolitan Authority 事件(G.R. No. 131367)を基に、この重要な法的問題について解説します。本判決は、外国企業がフィリピン国内のプロジェクト入札に参加する行為が、事業許可取得の要否を判断する上で「事業活動」に該当するかどうかを判断した重要な先例となります。
事業活動の定義と外国企業のライセンス
フィリピン法において、外国企業がフィリピン国内で「事業活動を行う(doing business)」ためには、原則として事業許可(ライセンス)を取得する必要があります。これは、外国企業がフィリピンの法規制に従い、フィリピンの裁判管轄に服することを確保するための措置です。事業許可なく事業活動を行う外国企業は、フィリピンの裁判所に訴訟を提起する能力を欠くとされています(フィリピン会社法第144条)。
しかし、「事業活動」の定義は法律で明確に定められているわけではなく、個々の事例に即して判断される必要があります。過去の判例では、「事業活動」とは、企業の設立目的を達成するため、または組織された機能の一部を行使するために行う行為と定義されています。単一の行為であっても、それが一時的または偶発的なものではなく、フィリピンで事業を行う意図を示すものであれば、「事業活動」とみなされることがあります。
関連法規として、外国投資法(Republic Act No. 7042)も重要です。同法は、外国投資の促進と規制を目的としており、外国企業のフィリピンにおける事業活動についても規定しています。また、スービック経済特別区法(Republic Act No. 7227)は、スービック湾首都圏庁(SBMA)の権限と役割を定めており、本件の背景となる法律です。
事件の経緯:スービック港コンテナターミナル開発プロジェクト
本件は、スービック湾首都圏庁(SBMA)が実施したスービック港コンテナターミナル開発・運営プロジェクトの入札を巡る紛争です。SBMAは国際入札を実施し、複数の企業が応札しました。その中で、ハチソン・ポーツ・フィリピン(HPPL)を含むコンソーシアムが、当初SBMAによって落札者に選定されました。しかし、その後、SBMAは入札の再実施を決定し、HPPLはこれに異議を唱え、裁判所に差止命令を求めました。
入札プロセスでは、まずSBMA技術評価委員会が事前資格審査を行い、国際コンテナターミナルサービス(ICTSI)、ロイヤルポートサービス(RPSI)とHPPLのコンソーシアムが適格 bidder とされました。その後、SBMAは国際コンサルタントを雇い、各社の事業計画を評価しました。コンサルタントはHPPLの事業計画を最も優れていると評価しましたが、RPSIはICTSIが既存のマニラ港運営者であることを理由に異議を唱えました。SBMA入札委員会はICTSIの入札を却下し、HPPLを落札者としましたが、ICTSIはSBMA理事会と大統領府に上訴しました。
大統領府法律顧問の勧告に基づき、SBMA理事会は再評価を行い、再度HPPLを落札者としました。しかし、その後、大統領府長官が再入札を勧告し、大統領府がSBMAに再入札の実施を指示しました。HPPLは、SBMAの再入札実施の動きを阻止するため、地方裁判所に特定履行請求訴訟を提起するとともに、差止命令を求めましたが、地方裁判所はこれを認めませんでした。そのため、HPPLは最高裁判所に直接上訴しました。
最高裁は、HPPLの差止請求を認めず、再入札の実施を容認しました。その理由として、最高裁は、HPPLがフィリピンで事業を行うためのライセンスを取得していない外国企業であり、入札参加は「事業活動」に該当するため、HPPLはフィリピンの裁判所に訴訟を提起する資格がないと判断しました。さらに、SBMAは政府機関であり、大統領の監督下にあるため、大統領府の再入札指示は適法であるとしました。
最高裁判所の判断:入札参加は事業活動
最高裁判所は、本判決において、外国企業がフィリピンのプロジェクト入札に参加する行為は、「事業活動」に該当すると明確に判断しました。裁判所は、以下の点を重視しました。
- 入札参加は、企業の設立目的を達成するための行為である。
- 入札に成功した場合、外国企業はフィリピンで継続的な事業活動を行うことが予定されている。
- 入札プロセスは、単なる一時的な行為ではなく、フィリピン市場への参入意図を示すものである。
裁判所は、判決の中で次のように述べています。「入札プロセスへの参加は、『事業活動を行う』ことに該当する。なぜなら、それは外国企業がここで事業に従事する意図を示すものだからである。コンセッション契約の入札は、まさに企業の設立または存在理由の行使なのである。」
この判断は、外国企業がフィリピンで事業機会を追求する上で、事業許可取得の重要性を改めて強調するものです。入札参加の段階から「事業活動」とみなされるため、外国企業は入札参加前に事業許可を取得しておくことが望ましいと言えます。
実務上の影響と教訓
本判決は、外国企業がフィリピンで事業を行う際の法務戦略に重要な影響を与えます。特に、入札案件に関わる外国企業は、以下の点に留意する必要があります。
- 入札参加前の事業許可取得:フィリピンでのプロジェクト入札に参加する前に、事業許可の取得を検討すべきです。これにより、落札後の契約締結や事業運営が円滑に進むだけでなく、万が一紛争が発生した場合の訴訟能力も確保できます。
- 事業活動の定義の再確認:「事業活動」の定義は広範囲に及ぶ可能性があるため、自社のフィリピンにおける活動が「事業活動」に該当するかどうか、専門家(フィリピン弁護士など)に相談して慎重に判断することが重要です。
- 政府機関との契約における注意点:SBMAのような政府機関との契約においては、大統領府の監督権限が及ぶことを念頭に置く必要があります。入札プロセスや契約条件について、透明性を確保し、関係当局との良好なコミュニケーションを維持することが重要です。
重要な教訓
- 外国企業はフィリピンで事業を行う前に事業許可を取得する必要がある。
- フィリピンのプロジェクト入札への参加は「事業活動」とみなされる。
- 事業許可を持たない外国企業はフィリピンの裁判所に訴訟を提起する資格がない。
- 政府機関の決定は大統領府の監督下にある。
- 法務デューデリジェンスと専門家への相談を怠らないこと。
よくある質問(FAQ)
Q1: フィリピンで事業許可が必要な「事業活動」とは具体的にどのような行為ですか?
A1: 「事業活動」の定義はケースバイケースで判断されますが、一般的には、企業の設立目的を達成するため、または組織された機能の一部を行使するために行う行為を指します。具体的には、商品の販売、サービスの提供、製造、建設工事、資源開発、金融取引などが該当する可能性があります。入札参加も「事業活動」に含まれると解釈されています。
Q2: 事業許可を取得せずにフィリピンで事業活動を行った場合、どのようなリスクがありますか?
A2: 事業許可なく事業活動を行った場合、フィリピンの裁判所に訴訟を提起する能力を欠くという重大なリスクがあります。また、違法な事業活動として、罰金や事業停止命令などの行政処分を受ける可能性もあります。
Q3: 外国企業がフィリピンで訴訟を提起するためには、どのような条件を満たす必要がありますか?
A3: 外国企業がフィリピンで訴訟を提起するためには、原則としてフィリピンで事業許可を取得している必要があります。ただし、単発の取引(isolated transaction)に該当する場合は、事業許可がなくても訴訟能力が認められる場合があります。しかし、入札参加は単発の取引とはみなされない可能性が高いです。
Q4: SBMAのような経済特区内の企業も、フィリピンの法律や裁判所の管轄に服するのですか?
A4: はい、スービック経済特別区もフィリピンの主権下にあり、SBMAもフィリピン政府機関です。経済特区内の企業であっても、フィリピンの法律を遵守する必要があり、フィリピンの裁判所の管轄に服します。ただし、経済特区法や関連法規により、一部の規制が緩和されている場合があります。
Q5: 大統領府はSBMAの決定をどの程度まで覆すことができるのですか?
A5: 最高裁判所の判決によれば、SBMAは政府機関であり、大統領の監督下にあるため、大統領府はSBMAの決定を広範囲に覆す権限を持つと解釈できます。特に、国家的に重要なプロジェクトや、多額の予算が伴う契約については、大統領府の関与が強まる傾向にあります。
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