車両事故における使用者責任:過失責任と不法行為責任の選択
G.R. No. 127934, August 23, 2000
車両事故は、時に深刻な人身被害をもたらし、被害者やその家族に大きな経済的負担と精神的苦痛を与えます。フィリピン法では、このような事故が発生した場合、加害者本人だけでなく、使用者である企業も損害賠償責任を負う場合があります。本稿では、最高裁判所の判例であるACE HAULERS CORPORATION対控訴裁判所事件(G.R. No. 127934, August 23, 2000)を基に、車両事故における使用者責任の法的根拠と、被害者が損害賠償請求を行う際の重要なポイントを解説します。特に、過失責任(culpa criminal)と不法行為責任(culpa aquiliana)の選択、二重賠償の禁止、そして使用者の使用者責任の範囲について焦点を当て、実務的な観点から検討します。
使用者責任の法的根拠:民法2180条と2176条
フィリピン民法は、不法行為によって損害を受けた者に賠償を求める権利を認めています。特に、民法2180条は、使用者が被用者の職務遂行中の行為によって生じた損害について責任を負う使用者責任を規定しています。これは、企業が事業活動を行う上で、従業員の行為が第三者に損害を与えるリスクを内包しているため、企業にも一定の責任を負わせるという考えに基づいています。
民法2180条:「使用者は、その被用者及び家事使用人が、その職務の遂行中に与えた損害について責任を負う。」
一方、民法2176条は、過失または怠慢によって他人に損害を与えた者は、その損害を賠償する義務を負うと定めており、これが不法行為責任(準不法行為責任)の根拠となります。車両事故の場合、運転手の過失が認められれば、運転手自身がこの規定に基づく責任を負うのはもちろんのこと、使用者もまた民法2180条に基づき責任を負う可能性があります。
民法2176条:「過失又は怠慢によって他人に損害を与えた者は、その損害を賠償する義務を負う。そのような過失又は怠慢が、当事者間に既存の契約関係がない場合、準不法行為と呼ばれる。」
重要なのは、被害者は、運転手の過失責任(刑事責任に基づく民事責任)と使用者の不法行為責任(準不法行為責任)のいずれかを選択して損害賠償を請求できるという点です。ただし、同一の過失行為に対して二重に賠償を受けることは認められていません(民法2177条)。
ACE HAULERS CORPORATION事件の概要:事実関係と裁判所の判断
本事件は、ACE HAULERS CORPORATION(以下「 petitioner」という。)が所有するトラックの運転手であるヘスス・デラ・クルス(Jesus dela Cruz)の運転するトラックと、イサベリト・リベラ(Isabelito Rivera)が所有するジープニーが衝突し、その巻き添えでバイクに乗っていたフィデル・アビバ(Fidel Abiva)が死亡したという痛ましい交通事故に関するものです。
事件の経緯は以下の通りです。
- 1984年6月1日:交通事故発生。フィデル・アビバが死亡。
- 1984年7月27日:運転手デラ・クルスとジープニーの運転手パルマ(Parma)が重過失致死罪で刑事訴追。
- 1985年3月11日:被害者の妻であるエダーリンダ・アビバ(Ederlinda Abiva、以下「 respondent」という。)が、刑事訴訟とは別に、運転手らと使用者であるpetitionerらを被告として、損害賠償請求訴訟を提起。
- 1986年2月28日:第一審裁判所は、刑事訴訟が係属中であることを理由に、民事訴訟を却下。
- 控訴裁判所は、第一審の却下命令を取り消し。
- 最高裁判所もpetitionerらの上訴を棄却し、民事訴訟は第一審に差し戻される。
- 記録が火災で焼失するなどの紆余曲折を経て、民事訴訟は再開。
- 刑事訴訟では、運転手らに重過失致死罪で有罪判決が下され、損害賠償命令も出される。
- 民事訴訟では、petitionerが準備審問期日に欠席したため、petitionerは欠席判決を受ける。
- 第一審裁判所は、respondentの請求をほぼ全面的に認め、petitionerに損害賠償を命じる判決を下す。
- 控訴裁判所は、第一審判決をほぼ支持し、petitionerの控訴を棄却。
最高裁判所は、控訴裁判所の判断を支持し、petitionerの上訴を棄却しました。最高裁判所は、判決の中で以下の点を明確にしました。
- 被害者は、過失責任(刑事責任に基づく民事責任)と不法行為責任(準不法行為責任)のいずれかを選択して損害賠償を請求できる。
- 二重賠償は認められないが、本件では、respondentが刑事訴訟における損害賠償を実際に受領した事実は確認されておらず、民事訴訟における損害賠償請求は妨げられない。
- petitionerが準備審問期日に欠席したことによる欠席判決は適法である。
- 第一審裁判所が認めた実損害賠償は証拠に基づいているが、慰謝料は認められない。弁護士費用は減額されるべきである。
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を一部修正し、慰謝料の請求を認めず、弁護士費用を減額しましたが、その他の点については控訴裁判所の判断を支持しました。
「過失事件において、被害者(またはその相続人)は、改正刑法第100条に基づく過失責任(culpa criminal)に基づく民事責任の履行訴訟と、民法第2176条に基づく準不法行為責任(culpa aquiliana)に基づく損害賠償請求訴訟のいずれかを選択することができる。(中略)しかし、民法第2177条は、同一の過失行為または不作為に対して二重に損害賠償を請求することを禁じている。」
「したがって、本件において、respondentは、いずれの賠償を選択するかを選択する権利を有する。当然、彼女はより高額な賠償を選択すると予想される。彼女が刑事訴訟における賠償を受領した事実は示されておらず、したがって、彼女は民事訴訟においてpetitionerから賠償を受けることができることに疑いの余地はない。」
実務上の教訓:企業が留意すべき使用者責任のリスクと対策
本判例は、企業が事業活動を行う上で、従業員の不法行為によって第三者に損害を与えた場合、使用者責任を問われるリスクがあることを改めて示しています。特に、車両を事業に用いる企業にとっては、交通事故は常に起こりうるリスクであり、使用者責任を意識した対策が不可欠です。
企業が使用者責任を回避、または軽減するために講じるべき対策としては、主に以下の点が挙げられます。
- 運転手の適切な選任と教育:採用時に運転手の運転技能や適性を十分に評価し、定期的な安全運転講習を実施することで、運転手の安全意識と技能を高める。
- 車両の適切な maintenance:車両の日常点検や定期的なメンテナンスを徹底し、車両の安全性を確保する。
- 安全運転に関する社内規定の整備と遵守:速度制限、休憩時間の確保、飲酒運転の禁止など、具体的な安全運転に関する社内規定を整備し、従業員に周知徹底する。また、規定の遵守状況を定期的に monitoring する体制を構築する。
- 万が一の事故に備えた保険加入:自動車保険(対人・対物賠償保険)に加入することで、事故発生時の経済的リスクを軽減する。
- 事故発生時の適切な対応:事故発生時には、被害者の救護を最優先とし、速やかに警察への通報、保険会社への連絡を行う。また、社内調査を行い、事故原因を究明し、再発防止策を講じる。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:運転手が業務時間外に起こした事故でも、会社は責任を負うのでしょうか?
回答1:一般的に、業務時間外や職務遂行とは関係のない私的な行為によって生じた事故については、使用者責任は問われません。ただし、業務時間外であっても、会社の車両を使用していた場合や、会社の指示によって行動していた場合など、例外的に使用者責任が認められるケースもあります。 - 質問2:運転手が下請け業者の従業員の場合、責任を負うのは誰ですか?
回答2:下請け契約の内容や、事故の状況によって判断が異なります。一般的には、運転手を直接指揮監督していた下請け業者が使用者責任を負うと考えられますが、元請業者にも一定の責任が及ぶ場合もあります。 - 質問3:損害賠償請求訴訟を起こされた場合、会社としてどのように対応すべきですか?
回答3:まずは、弁護士に相談し、訴訟への対応を依頼することが重要です。弁護士は、訴状の内容を分析し、証拠収集や答弁書の作成、裁判所への出廷など、訴訟活動全般をサポートします。 - 質問4:民事訴訟と刑事訴訟の両方が提起された場合、どのように対応すべきですか?
回答4:民事訴訟と刑事訴訟は、それぞれ独立した手続きですが、密接に関連しています。刑事訴訟の結果が民事訴訟に影響を与えることもあります。弁護士と連携し、両訴訟の状況を総合的に勘案しながら、適切な対応を検討する必要があります。 - 質問5:使用者責任保険とはどのような保険ですか?
回答5:使用者責任保険は、企業が従業員の業務上の行為によって第三者に損害を与え、法律上の損害賠償責任を負った場合に、その損害賠償金や訴訟費用などを補償する保険です。使用者責任リスクに備える上で有効な手段の一つです。
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ASG Law – マカティ、BGC、フィリピンの法律事務所
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