過失責任からの解放:使用者が講じるべき従業員の選任・監督義務
G.R. No. 116617 & G.R. No. 126395. 1998年11月16日
はじめに
交通事故は、一瞬にして人生を大きく変える悲劇です。フィリピンでも、通勤・通学時間帯にはバスやジープニーが道路を埋め尽くし、交通事故が後を絶ちません。もし、従業員の運転する車両が事故を起こした場合、その責任は誰が負うのでしょうか?被害者救済の観点から、フィリピン民法は使用者に使用者責任を課しています。本稿では、最高裁判所の判例を基に、使用者責任の法的根拠、責任を免れるための要件、そして企業が日常業務で留意すべき点について解説します。
法的背景:使用者責任とは
フィリピン民法2180条は、使用者責任について次のように規定しています。「使用者は、その使用人及び家事使用人が、その任務遂行中に犯した不法行為によって生じた損害賠償責任を負う。たとえ使用者が事業又は産業に従事していなくても同様とする。」
この規定は、企業が事業活動を行う上で、従業員の不法行為によって第三者に損害を与えるリスクを内包しているという考えに基づいています。使用者責任が認められると、被害者は使用者に対して直接損害賠償を請求できます。これは、従業員の資力に関わらず、被害者救済を優先する法意と言えるでしょう。
重要なのは、使用者責任が「第一次的責任」であるという点です。つまり、使用者は従業員の過失によって損害が発生した場合、まず第一に責任を負う立場にあります。従業員が責任を免れないのは当然ですが、使用者の責任はそれとは独立して存在します。
最高裁判所の判断:MMTC事件
今回取り上げる最高裁判例、メトロ・マニラ・トランジット・コーポレーション(MMTC)対控訴院事件は、使用者責任の成否が争われた典型的な事例です。事案の概要は以下の通りです。
- MMTCは、マニラ首都圏でバスを運行する国営企業。
- ペドロ・ムサは、MMTCのバス運転手。
- ロサレス夫妻の娘、リザ・ロザリーは、高校生。
- 1986年8月9日午後1時過ぎ、ムサ運転のMMTCバスが、カティプナン通りを横断中のリザ・ロザリーを轢き死亡させた。
- ムサは、重過失致死罪で刑事訴追され、有罪判決を受けた。
- ロサレス夫妻は、MMTC、ムサ、およびMMTC幹部らを被告として、損害賠償を求める民事訴訟を提起した。
裁判の過程で、MMTC側は、運転手ムサの選任・監督に「善良な家長の注意義務」を尽くしていたと主張し、使用者責任を否定しようとしました。しかし、最高裁判所は、MMTCの主張を認めず、使用者責任を肯定しました。その理由として、以下の点を挙げています。
- MMTCは、運転手採用時に、運転免許証、職務経歴証明書、NBIクリアランスの提出、運転技能試験、適性検査、交通法規・車両整備・緊急時対応に関する研修を実施していると主張したが、これらを裏付ける客観的な証拠(記録、文書)を一切提出しなかった。
- MMTCは、日常的な運転手監督体制についても証言のみで立証しようとしたが、具体的な監督記録や違反者に対する処分記録などを提示しなかった。
- 最高裁は、過去の判例(Central Taxicab Corporation v. Ex-Meralco Employees Transportation Corporation)を引用し、使用者側が「善良な家長の注意義務」を尽くしたことを立証するためには、客観的な証拠の提出が不可欠であると改めて強調した。
最高裁は、MMTCの証拠不十分を理由に、使用者責任を認め、MMTCと運転手ムサに、死亡逸失利益を含む総額1,982,096.77ペソの損害賠償責任を連帯して命じました。
実務上の示唆:企業が講じるべき対策
MMTC事件の判決は、企業が使用者責任を回避するためには、単に「注意していた」と主張するだけでは不十分であり、具体的な証拠に基づいて「善良な家長の注意義務」を尽くしていたことを立証する必要があることを明確に示しています。企業が講じるべき具体的な対策としては、以下の点が挙げられます。
- 運転手採用時の厳格な審査:運転免許、職務経歴、運転記録、健康状態などを書面で確認するだけでなく、実技試験や適性検査を実施し、記録を保管する。
- 入社後の継続的な研修:交通法規、安全運転、緊急時対応などに関する定期的な研修を実施し、受講記録を保管する。
- 日常的な運転手監督体制の構築:運行前点検の義務付け、運行中の運転状況のモニタリング、安全運転に関する指導・教育、違反行為に対する適切な処分などを実施し、記録を残す。
- 安全運転マニュアルの作成・周知:安全運転に関する具体的なルールや手順をマニュアル化し、全運転手に周知徹底する。
- ドライブレコーダーの導入:事故発生時の状況把握や運転手の安全運転意識向上に役立つドライブレコーダーの導入を検討する。
これらの対策を講じることで、企業は従業員の不法行為による事故発生リスクを低減し、万が一事故が発生した場合でも、使用者責任を免れる可能性を高めることができます。
主要な教訓
- 使用者責任は、フィリピン民法上の重要な原則であり、企業は従業員の不法行為に対して責任を負う。
- 使用者責任を免れるためには、単なる主張だけでなく、客観的な証拠に基づいた立証が必要となる。
- 企業は、運転手の採用から日常的な監督まで、多岐にわたる安全対策を講じる必要がある。
- 安全対策の実施状況を記録として残すことが、法的責任を問われた際に重要な意味を持つ。
よくある質問(FAQ)
- 質問:運転手が会社の車で私用中に事故を起こした場合でも、会社は責任を負いますか?
回答:原則として、私用中の事故については使用者責任は問われません。ただし、業務と私用が混在している場合や、会社の黙示的な許可があったと認められる場合は、使用者責任が認められる可能性があります。 - 質問:運転手が過失を認めていない場合でも、会社は責任を負いますか?
回答:はい、運転手の過失が認められる限り、会社は使用者責任を負います。運転手が刑事責任を否定しても、民事上の責任は別個に判断されます。 - 質問:損害賠償額はどのように算定されますか?
回答:損害賠償額は、主に以下の項目から構成されます。死亡慰謝料(5万ペソ)、葬儀費用などの実損害、精神的損害賠償、逸失利益、弁護士費用などです。逸失利益は、被害者の年齢や収入などを基に算定されます。 - 質問:保険に加入していれば、会社は使用者責任を免れますか?
回答:いいえ、保険加入は損害賠償のリスクヘッジにはなりますが、使用者責任そのものを免れるわけではありません。ただし、保険会社が保険金支払い限度額内で被害者に直接賠償金を支払うことは可能です。 - 質問:使用者責任に関する相談はどこにすれば良いですか?
回答:使用者責任に関するご相談は、ASG Lawにお任せください。当事務所は、使用者責任に関する豊富な経験と専門知識を有しており、お客様の状況に応じた最適な法的アドバイスを提供いたします。
使用者責任に関するご相談は、konnichiwa@asglawpartners.comまでお気軽にお問い合わせください。お問い合わせページからもご連絡いただけます。ASG Lawは、マカティ、BGC、フィリピン全域で、使用者責任に関するリーガルサービスを提供しています。


Source: Supreme Court E-Library
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