フィリピン国内で事業を行っていない外国企業は、フィリピンの裁判所の管轄に服さない
G.R. No. 97642, 1997年8月29日
外国企業がフィリピンで訴訟を起こされた場合、フィリピンの裁判所はどこまで管轄権を行使できるのでしょうか? エイボン保険株式会社対控訴裁判所事件は、この重要な問題を扱った最高裁判所の判決です。本判決は、フィリピン国内で事業を行っていない外国企業は、原則としてフィリピンの裁判所の管轄に服さないことを明確にしました。この原則は、国際的なビジネス取引を行う企業にとって非常に重要な意味を持ちます。
外国企業の裁判管轄に関する法的背景
フィリピンの民事訴訟規則第14条は、外国企業に対する訴状および召喚状の送達方法を規定しています。同規則第14条第14項によれば、フィリピン国内で事業を行う外国企業に対しては、登録された代理人、政府指定の職員、または国内の役員や代理人に送達することができます。しかし、フィリピン国内で事業を行っていない外国企業に対する送達については、同規則第14条第17項が準拠法となります。同項は、フィリピン国内に財産を有する非居住者に対する訴訟や、フィリピン国民の地位に関する訴訟など、限定的な場合にのみ管轄権を認めています。
関連する法律として、1987年総合投資法第44条は、「事業を行う」という用語を定義しています。同条項によれば、「事業を行う」とは、注文の勧誘、購入、サービス契約、事務所の開設(連絡事務所または支店)、フィリピンに居住する、または暦年で合計180日以上フィリピンに滞在する代表者または販売代理人の任命、フィリピン国内の事業会社、団体、または企業の経営、監督、または管理への参加、および商業的取引または取り決めの継続性を示唆し、商業的利益または事業組織の目的および目標の進展のために通常付随する行為または業務の遂行、または機能の一部を行使することを意図するその他の行為を包含します。
最高裁判所は、過去の判例(Communication Materials and Design, Inc. 対 控訴裁判所事件、Mentholatum Co. Inc. 対 Mangaliman事件など)において、「事業を行う」とは、単なる一時的または偶発的な行為ではなく、商業的取引の継続性と、事業目的の継続的な遂行を意味すると解釈してきました。単一の取引であっても、「事業を行う」とみなされる場合もありますが、それはその行為が単に偶発的または一時的なものではなく、フィリピン国内で事業を行う意図を示す場合に限られます(Far East International Import and Export Corporation 対 Nankai Kogyo Co.事件)。
エイボン保険事件の経緯
本件は、日本の綿紡績会社であるユパンコ・コットン・ミルズ(以下「ユパンコ」)が、海外の再保険会社であるエイボン保険株式会社ら(以下「 petitioners」)を相手取り、再保険契約に基づく保険金支払いを求めた訴訟です。ユパンコは、ワールドワイド・シュアティ&インシュアランス社(以下「ワールドワイド」)との間で火災保険契約を締結していました。ワールドワイドは、 petitionersとの間で再保険契約を締結しており、ユパンコの保険契約を再保険していました。
ユパンコの工場で火災が発生し、ワールドワイドは保険金を一部支払いましたが、残額が未払いとなりました。ワールドワイドは、ユパンコに対し、 petitionersからの再保険金債権を譲渡しました。ユパンコは、債権譲渡に基づき、 petitionersに対して保険金支払いを求めて提訴しました。 petitionersは、フィリピン国内に事務所や代理店を持たない外国企業であり、フィリピン国内で事業を行っていないとして、フィリピンの裁判所の管轄権を争いました。
第一審の地方裁判所は、 petitionersの管轄権不存在の申立てを認めず、 petitionersに答弁書の提出を命じました。 petitionersは、答弁書を提出すると管轄権の争いを放棄することになるとして、控訴裁判所に certiorari 訴訟を提起しました。控訴裁判所は、 petitionersの certiorari 訴訟を棄却し、 petitionersは最高裁判所に上告しました。
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を破棄し、 petitionersの訴えを認めました。最高裁判所は、 petitionersがフィリピン国内で事業を行っていないと認定し、フィリピンの裁判所は petitionersに対して管轄権を有しないと判断しました。最高裁判所は、 petitionersが管轄権不存在の申立てを棄却された後も、一貫して管轄権を争ってきたことを重視し、 petitionersが裁判所の管轄に服することを黙認したとは言えないとしました。
最高裁判所の判決理由の中で、特に重要な点は以下の通りです。
- 「記録には、 petitionersがフィリピン国内で事業活動を行っていたことを示す十分な根拠はない。具体的には、 petitionersがこの国で事業活動に従事していたという私的回答者の主張を裏付けるものは何もない。」
- 「再保険契約は、原保険契約とは一般的に別個かつ独立した契約であり、その契約リスクは再保険契約で保険されている。したがって、原保険契約者は一般的に再保険契約に関心がない。」
- 「外国企業は、他の州の法律によってその存在を負っているものであり、一般的に、それが外国である州内には法的存在を有しない。」
実務上の影響
エイボン保険事件の判決は、外国企業がフィリピンで訴訟を起こされるリスクを評価する上で重要な指針となります。特に、フィリピン国内に拠点を設けず、事業活動も行っていない外国企業は、フィリピンの裁判所の管轄権が及ばない可能性が高いことを認識しておく必要があります。フィリピン企業と取引を行う外国企業は、契約書に準拠法条項と紛争解決条項(仲裁条項など)を盛り込むことで、訴訟リスクをコントロールすることができます。
一方、フィリピン企業は、外国企業との取引を行う際に、相手方企業の事業活動の実態を十分に調査し、訴訟になった場合の管轄権の問題を検討する必要があります。外国企業がフィリピン国内で事業を行っていない場合、フィリピンの裁判所で訴訟を提起しても、管轄権が認められない可能性があります。このような場合、フィリピン企業は、外国の裁判所で訴訟を提起するか、仲裁などの代替的な紛争解決手段を検討する必要があります。
主な教訓
- フィリピン国内で事業を行っていない外国企業は、原則としてフィリピンの裁判所の管轄に服さない。
- 「事業を行う」とは、商業的取引の継続性と、事業目的の継続的な遂行を意味する。単一の取引であっても、「事業を行う」とみなされる場合もあるが、それは限定的な場合に限られる。
- 外国企業との取引を行う際は、契約書に準拠法条項と紛争解決条項を盛り込むことが重要である。
- フィリピン企業は、外国企業との取引を行う際に、相手方企業の事業活動の実態を十分に調査し、訴訟になった場合の管轄権の問題を検討する必要がある。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:フィリピン国内で事業を行っていない外国企業とは、具体的にどのような企業ですか?
回答:フィリピン国内に事務所、支店、代理店などを設けず、フィリピン国内で営業活動、販売活動、製造活動などを行っていない外国企業を指します。ただし、「事業を行う」の定義はケースバイケースで判断されるため、具体的な状況に応じて専門家にご相談ください。
- 質問2:外国企業がフィリピン国内で事業を行っているかどうかは、どのように判断されるのですか?
回答:裁判所は、外国企業の事業活動の内容、継続性、目的などを総合的に考慮して判断します。注文の勧誘、契約締結、事務所の開設、代理店の設置、経営への参加などが、「事業を行う」と判断される要素となります。
- 質問3:フィリピンの裁判所が外国企業に対して管轄権を行使できる例外的な場合はありますか?
回答:はい、例外的に認められる場合があります。例えば、外国企業がフィリピン国内に財産を有する場合や、訴訟がフィリピン国民の地位に関するものである場合などです。ただし、これらの例外は限定的に解釈されます。
- 質問4:外国企業との契約書に準拠法条項や紛争解決条項がない場合、どうなりますか?
回答:準拠法条項がない場合、裁判所は国際私法の原則に従って準拠法を決定します。紛争解決条項がない場合、訴訟による解決が原則となりますが、管轄権の問題が複雑になる可能性があります。
- 質問5:外国企業との紛争を未然に防ぐためには、どのような対策を講じるべきですか?
回答:契約締結前に相手方企業の信用調査を十分に行い、契約書の内容を慎重に検討することが重要です。特に、準拠法条項、紛争解決条項、責任範囲、支払い条件などを明確に定めることが重要です。また、弁護士などの専門家にご相談いただくことをお勧めします。
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