労働協約における賃上げの遡及適用と賃上げ相殺の可否:ミンタール・ブローカレッジ・サービス事件の解説

, , ,

労働協約における賃上げ遡及適用の重要性:合意時期と法的根拠

G.R. No. 111809, 1997年5月5日

労働協約(CBA)交渉において、賃上げの遡及適用は労働者にとって非常に重要な関心事です。使用者側が将来の法定賃上げとの相殺を主張する場合、労働者の期待は大きく損なわれる可能性があります。本稿では、最高裁判所が下したミンタール・ブローカレッジ・サービス株式会社(MINDANAO TERMINAL AND BROKERAGE SERVICE, INC.)対労働雇用大臣事件の判決を基に、CBAにおける賃上げの遡及適用と相殺の可否について解説します。この判決は、CBA交渉における合意時期の重要性と、使用者が一方的に賃上げを相殺することの不当性を明確に示しており、企業と労働組合双方にとって重要な教訓を含んでいます。

法的背景:労働法第253条A項の解釈

フィリピン労働法第253条A項は、CBAの条項、特に賃金などの経済条項の再交渉について定めています。この条項によれば、CBAの経済条項は締結から3年以内に再交渉される必要があり、再交渉による合意が条項の有効期限満了後6ヶ月以内に行われた場合、その合意は有効期限の翌日に遡って適用されます。この「6ヶ月ルール」は、CBA交渉の遅延を防ぎ、労働者の権利保護を強化するために設けられました。

本件に関連する労働法第253条A項の条文は以下の通りです。

労働協約の条項。当事者が締結する労働協約は、代表権に関する限り、5年の期間とする。現行の交渉担当者の多数代表資格を争う申立ては受理されず、また、労働雇用省による認証選挙は、当該5年の労働協約期間の満了日の直前60日間以外には実施されないものとする。労働協約のその他のすべての条項は、その締結後3年以内に再交渉されなければならない。労働協約の当該その他の条項の期間満了日から6ヶ月以内に行われた労働協約の当該その他の条項に関する合意は、当該満了日の翌日に遡って適用されるものとする。6ヶ月を超えて合意が締結された場合、当事者はその遡及適用期間について合意しなければならない。労働協約の再交渉において行き詰まりが生じた場合、当事者は本法典に基づく権利を行使することができる。

この条項の解釈が本判決の重要なポイントとなります。特に、合意が「6ヶ月以内」に成立したとみなされる時期、そして遡及適用の範囲が争点となりました。

事件の経緯:交渉の行き詰まりと労働大臣の介入

ミンタール・ブローカレッジ・サービス株式会社(以下「会社」)と労働組合(以下「組合」)は、1989年8月1日から1994年7月31日までの5年間を期間とするCBAを締結していました。CBAの3年目にあたる1992年8月1日、両者は4年目と5年目の条項について再交渉を開始しましたが、賃金、休暇、病気休暇、病院費、任意退職金、13ヶ月給与、契約一時金などの主要な項目で意見が対立し、交渉は行き詰まりました。

1992年11月12日、組合は会社に対して正式な交渉決裂通知を送付し、不当労働行為を主張して1992年12月3日に全国調停仲裁委員会(NCMB)にストライキ予告通知を提出しました。しかし、NCMBの仲介により、1992年12月18日の会議で両者は賃上げ(4年目、5年目ともに日額3ペソ)、休暇・病気休暇、病院費、13ヶ月給与、契約一時金、勤続年数などの条項について合意に至りました。残る争点は退職金のみとなりましたが、1993年1月14日のNCMB会議で任意退職条項についても合意が成立し、メディエーターは「ストライキ予告によって提起された問題は解決され、ストライキ予告はこれにより終了する」と記録しました。

ところが、会社は合意後になって、合意した賃上げを将来の法定賃上げと相殺すべきであると主張し、さらに遡及適用にも反対しました。これに対し、組合は1993年1月28日に再度ストライキ予告通知を提出し、3月7日にストライキに突入しました。NCMBの調停も不調に終わり、会社は労働雇用大臣(以下「労働大臣」)に紛争の管轄権行使を請願しました。労働大臣は1993年3月10日に管轄権を行使し、両当事者にそれぞれの立場を表明する書面を提出するよう命じました。

労働大臣は、1993年5月14日の命令で、CBAの再交渉で合意したすべての改善点を既存のCBAに組み込むよう命じました。そして、4年目と5年目の賃上げは将来の法定賃上げと相殺できないと判断し、4年目の賃上げは1992年8月に遡って適用され、1993年7月31日まで実施されるべきであり、5年目の賃上げは1993年8月1日からCBAの満了日まで有効であるとしました。会社は再考を求めましたが、1993年7月7日に却下され、最高裁判所に上訴しました。

最高裁判所の判断:合意の成立時期と遡及適用の肯定

最高裁判所は、労働大臣の命令を支持し、会社の上訴を棄却しました。判決の主要な論点は以下の通りです。

  1. 合意の成立時期:最高裁は、当事者間の「合意」は書面による署名だけではなく、両者の意思の合致によって成立すると解釈しました。本件では、1993年1月14日のNCMB会議で全ての争点が解決され、両者の意思が合致したと認定しました。これは、CBAの再交渉期間満了後6ヶ月以内であり、労働法第253条A項の遡及適用の要件を満たすと判断されました。
  2. 遡及適用の範囲:最高裁は、労働大臣が4年目の賃上げを1992年8月1日に遡って適用することを認めた判断を支持しました。労働法第253条A項は、6ヶ月以内に合意が成立した場合、遡及適用を義務付けていると解釈されました。
  3. 賃上げの相殺の否定:最高裁は、会社がCBAで合意した賃上げを将来の法定賃上げと相殺することを認めませんでした。CBAによる賃上げは、法令による賃上げに加えて行われるべきものであり、相殺は原則として認められないとしました。最高裁は、会社が相殺を主張するのが遅すぎると指摘し、交渉初期に明確に留保すべきであったとしました。

判決の中で、最高裁判所は重要な理由として以下のように述べています。

労働協約の締結は、労働法第253条A項の趣旨における「労働協約の当該その他の条項の期間満了日から6ヶ月以内に行われた合意」であるか否かを決定するものではない。(中略)1993年1月14日の会議の記録において、メディエーターが「ストライキ予告によって提起された問題は解決され、ストライキ予告はこれにより終了する」と記録したように、その時点で当事者間の意思疎通は既に存在していたと思われる。それは、労働法第253条A項に規定された6ヶ月の期間の1993年2月までの期間内であった。

労働大臣は、「1993年1月14日という早い時期に、法律で定められた6ヶ月の期間内に、会社と組合は合意を完成させた」と判断した。請願者の反対の主張にもかかわらず、これは行政機関の判断であり、反対の証拠がない限り、肯定されなければならない。

これらの判決理由から、最高裁は合意の実質的な成立時期を重視し、形式的な署名の有無よりも、当事者間の意思疎通が完了した時点を基準としました。また、労働者の権利保護の観点から、CBAによる賃上げを最大限に尊重する姿勢を示しました。

実務上の教訓:CBA交渉における企業の注意点

本判決は、企業がCBA交渉を行う上で、以下の点に注意すべきであることを示唆しています。

  • 交渉の早期合意:CBAの再交渉は、期間満了後6ヶ月以内、できれば早期に合意を目指すべきです。6ヶ月を超えると遡及適用が保証されず、労働組合との関係が悪化する可能性があります。
  • 賃上げ相殺の明確化:CBAで合意する賃上げを将来の法定賃上げと相殺したい場合は、交渉の初期段階で明確にその旨を表明し、合意文書に明記する必要があります。後になって一方的に主張することは認められにくいでしょう。
  • 誠実な交渉:CBA交渉は誠実に行う必要があります。交渉を意図的に遅延させたり、合意内容を後から覆したりするような行為は、不当労働行為とみなされるリスクがあります。

主な教訓

  • CBAにおける賃上げの遡及適用は、合意がCBA再交渉期間満了後6ヶ月以内に成立した場合に認められる。
  • 合意の成立時期は、形式的な署名日ではなく、実質的な意思疎通が完了した時点と解釈される。
  • CBAによる賃上げは、原則として将来の法定賃上げと相殺できない。相殺を希望する場合は、交渉初期に明確に意思表示し、合意文書に明記する必要がある。
  • 企業はCBA交渉を誠実に行い、労働者の権利を尊重する姿勢が求められる。

よくある質問(FAQ)

  1. 質問:CBAの再交渉はいつから開始すべきですか?
    回答:CBAの経済条項は締結から3年以内に再交渉を開始する必要があります。期間満了の数ヶ月前から準備を始め、余裕をもって交渉に臨むことが望ましいです。
  2. 質問:CBA交渉が6ヶ月以内に合意に至らなかった場合、遡及適用は認められないのですか?
    回答:6ヶ月を超えて合意した場合でも、遡及適用自体が完全に否定されるわけではありません。ただし、遡及適用の範囲は当事者間の合意に委ねられます。合意がない場合は、遡及適用が認められない可能性が高まります。
  3. 質問:CBAで合意した賃上げを、後から法定賃上げと相殺できますか?
    回答:原則として、CBAで合意した賃上げを法定賃上げと相殺することはできません。相殺を希望する場合は、CBA交渉の初期段階で明確に意思表示し、合意文書に明記する必要があります。
  4. 質問:労働組合との交渉が難航した場合、どうすればよいですか?
    回答:交渉が難航した場合は、全国調停仲裁委員会(NCMB)などの第三者機関の仲介を求めることが有効です。また、労働法専門の弁護士に相談し、法的アドバイスを得ることも重要です。
  5. 質問:CBAの内容について法的解釈に疑義がある場合、誰に相談すべきですか?
    回答:CBAの内容に関する法的解釈については、労働法専門の弁護士にご相談ください。御社のご状況に合わせて、適切なアドバイスを提供いたします。

ASG Lawは、労働法分野における豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。CBA交渉、労働紛争、その他労働法に関するお悩み事がございましたら、お気軽にご相談ください。御社の事業運営を強力にサポートいたします。

ご相談はこちらまで:konnichiwa@asglawpartners.com

お問い合わせページ

Comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です