フィリピン労働法:プロジェクト雇用契約と不当解雇の境界線 – マグカラス対NLRC事件

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固定期間付きの雇用契約でも正規雇用とみなされる場合とは?

G.R. No. 100333 (1997年3月13日判決)

フィリピンでは、多くの企業が労働者をプロジェクトごとに雇用する契約形態を採用しています。しかし、プロジェクト雇用契約が常に企業の意図通りに有効となるわけではありません。マグカラス対国家労働関係委員会(NLRC)事件は、一見プロジェクト雇用契約に見える雇用形態が、実際には正規雇用とみなされ、解雇が不当解雇となるケースがあることを明確に示しています。本判決は、企業がプロジェクト雇用契約を利用する際に注意すべき重要な教訓を提供し、労働者の権利保護の観点からも重要な意義を持ちます。

プロジェクト雇用契約とは? 正規雇用との違い

フィリピン労働法では、雇用形態は大きく正規雇用と非正規雇用に分けられます。正規雇用は、期間の定めのない雇用であり、解雇は正当な理由と適正な手続きに基づいてのみ認められます。一方、非正規雇用の一つであるプロジェクト雇用契約は、特定のプロジェクトの完了を雇用期間とする契約です。プロジェクト雇用契約の場合、プロジェクトの完了とともに雇用契約も終了するため、原則として解雇手当は不要とされています。

しかし、労働法第280条は、書面による契約内容にかかわらず、従業員が「通常、事業主の通常の事業または取引において必要または望ましい活動」を行うために雇用されている場合、正規雇用とみなされると規定しています。ただし、「特定のプロジェクトまたは事業のために雇用期間が固定されており、従業員の雇用時に完了時期が確定している場合」は例外とされます。この例外規定が、プロジェクト雇用契約の根拠となっています。

重要なのは、雇用契約の名称ではなく、実際の業務内容と雇用期間の継続性です。たとえ契約書に「プロジェクト雇用」と記載されていても、業務内容が企業の通常業務に不可欠であり、雇用が継続的に反復されている場合、裁判所は正規雇用と判断する可能性があります。

マグカラス事件の概要:事実関係と裁判所の判断

マグカラス事件の petitioners(原告)らは、Koppel, Inc. (respondent, 被告) という空調・冷凍設備の製造・設置会社に雇用されていた労働者たちです。彼らは、リードマン、板金工、作業助手、事務員など様々な職種で、最長8年にわたり継続的に勤務していました。Koppel社は、アジア開発銀行(ADB)やインターバンクなどのプロジェクトで空調設備の設置工事を受注し、petitionersらをこれらのプロジェクトに「プロジェクト従業員」として雇用しました。雇用契約書には、雇用期間はプロジェクト完了までと明記されていました。

しかし、petitionersらは、実際にはADBやインターバンクのプロジェクト以外にも、PNB、MIA (現NAIA)、PICC、サンミゲル複合施設など、Koppel社の様々なプロジェクト現場に配置され、継続的に勤務していました。そして、1988年8月30日、Koppel社はpetitionersらを一方的に解雇しました。解雇の理由は「プロジェクトの完了」でしたが、petitionersらは、解雇は不当解雇であるとして、NLRCに訴えを起こしました。

労働仲裁官は、petitionersらの訴えを認め、Koppel社に復職と未払い賃金の支払いを命じました。しかし、NLRCは労働仲裁官の決定を覆し、Koppel社に解雇手当の支払いを命じるにとどめました。petitionersらはNLRCの決定を不服として、最高裁判所に certiorari petition(職権訴訟)を提起しました。

最高裁判所は、NLRCの決定を破棄し、労働仲裁官の決定を支持しました。最高裁判所は、以下の点を重視しました。

  • 継続的な雇用: petitionersらは、ADBやインターバンクのプロジェクトだけでなく、他の多くのプロジェクト現場やKoppel社の工場で継続的に勤務しており、雇用が断続的ではなかった。
  • 業務の必要性: petitionersらの業務は、Koppel社の主要な事業である空調・冷凍設備の設置・修理に不可欠なものであり、一時的なプロジェクトに限られたものではなかった。
  • 証拠の不十分性: Koppel社は、petitionersらがプロジェクト雇用契約であったことを証明する十分な証拠を提示できなかった。特に、プロジェクトごとに雇用契約が終了し、新たなプロジェクトごとに再雇用されていた事実を示す証拠はなかった。

最高裁判所は、判決の中で、重要な判例であるALU-TUCP対NLRC事件(G.R. No. 109902, 1994年8月2日判決)を引用し、プロジェクト雇用の定義を改めて確認しました。最高裁判所は、ALU-TUCP事件において、プロジェクト雇用とは、「雇用主企業の通常の事業の範囲内にある特定の仕事または事業であり、他の事業とは明確かつ分離可能であり、開始時期と終了時期が決定または決定可能なもの」と定義されていることを指摘しました。そして、マグカラス事件のpetitionersらの雇用は、この定義に当てはまらないと判断しました。

最高裁判所は、判決文の中で次のように述べています。

「(労働仲裁官が認定した)原告らの継続的な雇用という圧倒的な事実は、原告らが正規雇用者であったことを必然的に示している。一方、我々は、被告らがプロジェクト雇用者であったという原告らの主張を裏付ける実質的な証拠、適用法規、判例法が存在しないことを認める。」

さらに、最高裁判所は、労働法における原則である「疑わしい場合は労働者に有利に解釈する」という原則を改めて強調しました。そして、不当解雇訴訟においては、雇用主が解雇の正当性を証明する責任を負うことを指摘し、Koppel社はその責任を果たせなかったと結論付けました。

企業が学ぶべき教訓と実務上の注意点

マグカラス事件は、企業がプロジェクト雇用契約を利用する際に、以下の点に注意すべきであることを示唆しています。

  • 雇用契約の名称だけでなく実態を重視する: 雇用契約書に「プロジェクト雇用」と記載するだけでは不十分です。実際の業務内容、雇用期間の継続性、他のプロジェクトへの異動状況などを総合的に考慮し、雇用形態を判断する必要があります。
  • 正規雇用とプロジェクト雇用の区別を明確にする: プロジェクト雇用契約を有効とするためには、プロジェクトの範囲、期間、従業員の役割などを明確に定め、雇用契約書に明記する必要があります。また、プロジェクトが終了するごとに雇用契約を終了し、新たなプロジェクトごとに再雇用する手続きを厳格に守る必要があります。
  • 継続的な雇用は正規雇用とみなされるリスクがある: 従業員を複数のプロジェクトに継続的に異動させ、長期間雇用している場合、裁判所は正規雇用と判断する可能性が高くなります。プロジェクト雇用契約を利用する場合は、雇用の継続性を避けるように配慮する必要があります。
  • 証拠を十分に準備する: 不当解雇訴訟に備え、プロジェクト雇用契約の有効性を証明するための証拠(雇用契約書、プロジェクトの範囲・期間を証明する書類、プロジェクトごとの雇用契約終了・再雇用の記録など)を十分に準備しておく必要があります。

重要なポイント

  • 雇用形態の判断基準: 雇用契約の名称ではなく、業務内容と雇用期間の継続性で判断される。
  • プロジェクト雇用の要件: プロジェクトの範囲、期間、従業員の役割を明確に定める必要がある。
  • 継続雇用のリスク: 継続的な雇用は正規雇用とみなされる可能性が高い。
  • 企業の実務対応: 雇用契約書の見直し、雇用管理体制の整備、証拠の準備が重要。

よくある質問 (FAQ)

Q1: プロジェクト雇用契約で雇用した従業員を、プロジェクト終了後に別のプロジェクトに異動させることはできますか?

A1: 原則として、プロジェクト雇用契約は特定のプロジェクトに限定された雇用形態であるため、プロジェクト終了後に別のプロジェクトに異動させることは、プロジェクト雇用の趣旨に反する可能性があります。別のプロジェクトに異動させる場合、雇用契約を改めて締結するか、正規雇用への転換を検討する必要があります。

Q2: プロジェクト雇用契約の従業員を解雇する場合、解雇手当は必要ですか?

A2: プロジェクト雇用契約が有効に成立している場合、プロジェクトの完了に伴う雇用契約の終了は解雇とはみなされないため、原則として解雇手当は不要です。ただし、プロジェクト雇用契約が無効と判断された場合や、解雇に正当な理由がない場合は、不当解雇として解雇手当や復職命令が下される可能性があります。

Q3: 試用期間付きのプロジェクト雇用契約は有効ですか?

A3: 試用期間は、通常、正規雇用を前提とした雇用契約に適用されるものです。プロジェクト雇用契約は、特定のプロジェクトの完了を雇用期間とする契約であるため、試用期間を設けることは、その性質に矛盾する可能性があります。試用期間付きのプロジェクト雇用契約の有効性については、個別のケースごとに判断が必要となります。

Q4: 口頭でのプロジェクト雇用契約は有効ですか?

A4: 労働法は、雇用契約の形式について特に規定していませんが、プロジェクト雇用契約の有効性を明確にするためには、書面による契約書を作成することが望ましいです。口頭での契約は、契約内容の証明が困難になる場合があり、紛争の原因となる可能性があります。

Q5: プロジェクト雇用契約の従業員にも、正規雇用者と同様の福利厚生を与える必要がありますか?

A5: 労働法は、プロジェクト雇用契約の従業員に対する福利厚生について、正規雇用者との差別を明確に禁止しているわけではありません。しかし、企業の規模や業種、労働組合との協定などによっては、プロジェクト雇用契約の従業員にも、一部または全部の福利厚生を与えることが求められる場合があります。また、同一労働同一賃金の原則の観点からも、業務内容が同等であれば、福利厚生についても差を設けることは適切ではないと考えられます。


マグカラス対NLRC事件は、プロジェクト雇用契約の適法性に関する重要な判例であり、企業は本判決の教訓を踏まえ、雇用契約の運用を見直す必要があります。ASG Lawは、フィリピン労働法に関する豊富な知識と経験を有しており、企業の雇用管理体制の構築や、労働紛争の予防・解決をサポートいたします。雇用契約、不当解雇、その他労働問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。

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